オーヴァレヌ伯爵邸に行こう
「本当に、あんまんを持っていくの?」
「ああ。依頼の対価だからな」と、アランさんが蒸しあがったあんまんを詰めるよう、持っていた袋を差し出した。「冗談のつもりだったのに……」とヘイルズ王子はあきれ顔だ。
(私もそのつもりでした!)
「本当に、オーヴァレヌ伯爵邸にあんまんを持っていくの?」
「ああ。当然だ。報酬が先になってしまうが仕事はちゃんとする。例え、王子の身に危険がせまってもロッティを連れて逃げるから安心しろ」
にいっといい笑顔でアランさんが私を見る。
「そこは王子の身の安全じゃないの?」
「いや、冒険者である俺は、依頼を優先する。それに、王子も了承しているから、問題ない」
(いやいや、そこは問題でしょう?)
アランさんはあんまんが報酬だからと冗談交じりにいうけれど、あんまんを持っていくのは、きっと、今、喋ってしまうわけにはいかない理由があるに違いない。きっとそうだ。そうに違いない。決して、ただ単にアランさんが食い意地が張っているからではない……と信じたい。
私は自分に言い聞かせる。
私は蒸しあがっているあんまんを十個取り出すと袋に入れて、アランさんに手渡す。アランさんは、「それで、ヘイルズ王子。オーヴァレヌ伯爵邸にはどうやって行くつもりですか?」と、あんまんを詰めた袋の口をしばりながら、ヘイルズ王子に聞いた。
「そうだな。……、馬車を呼ぼう」というと、ヘイルズ王子は通信用の魔法石を取り出した。そして、あれこれ指示をだしている。
「アラン、ドレスを用意できるか?」
「誰が着るんですか?」とアランさんが疑い深く聞く。
(アランさんたら、さっきのヘイルズ王子の言葉をまだ気にしているのかしら?)
「もちろん、ロッティだよ」と、ふっと鼻で笑って、ヘイルズ王子が口角をあげる。
「少しでもロッティに危険が及ばないよう、ここは派手な演出をして、オーヴァレヌ伯爵邸に行こうじゃないか」
「……そういうことですか」とアランさんは理解したようでにやりと笑った。
(わからないのは私ばかりなんですけど?)
「そういう話なら、ギルドまで行って借りてきます」
「買い取ってきてくれ。……、この金貨で足りるだろう」
ヘイルズ王子が金貨を渡すと、アランさんは走って店を出た。
「どういうことですか?」
「ああ。さっきの辺境騎士団のやつらは、横柄だっただろう? あれは、選民意識が高いからだよ。だから、着飾れば、少しは無礼なことはしないんじゃないかと思ってね。ただそれだけだよ。それとも、髪を結ってドレスを着たかわいいシャルロットが見たいって言ったら、シャルロットは信じるかい?」
「もう、冗談はやめてください」
「即答されると、少し傷つくんだけど……?」
「じゃあ、信じますって言えばいいですか?」
「そう棒読みで言われても、全然嬉しくないなぁ……」
ヘイルズ王子に揶揄われていると、アランさんがモップルルの真っ赤な葉のような赤いドレスを持ってきた。
「ロッティ、支度をしておいで。……そうだな、髪は緩めに後ろで結ってくれ」
「はいはい」
私は二階の部屋に行って、ドレスに着替えた。木綿の布とはいえ、久しぶりに足首が隠れるドレスを着て、背筋がしゃんとする。ひらりとスカートのすそを広げてみる。
(奇麗な服を着ると、やっぱりテンションがあがるものなのね)
ヘイルズ王子の希望を聞いて、髪を後ろで結う。こんな風に結うのも久しぶり。
また、からかわれるのかしらと思いながら、階段を下りてお店の中にもどると、アランさんとヘイルズ王子が話し込んでいる。
(なんだ。アランさんと話す時間が欲しかっただけだったんだ)
「お待たせしました」と声をかける。ヘイルズ王子は目を細めたけど何も言わなかった。代わりにアランさんがにやりと笑った。
「どこぞのお貴族様かと思ったぜ?」
「そう?」
「では、行きますか。ロッティお嬢様」
「茶化さないでよ」
「ははは」
ヘイルズ王子が手配した馬車に乗り込むと、オーヴァレヌ伯爵邸へと向かった。もちろん、馬車の前後ろには、王都の騎士団の騎士たちとアランさんが、馬でつき添ってだ。
◇
「ここが、オーヴァレヌ伯爵邸だ」
ヘイルズ王子が用意した馬車が、少し大きめの城の城門の前で止まった。ヘイルズ王子は自ら扉を開ける。開けた扉の向こうには、オーヴァレヌ伯爵様をはじめ辺境騎士団の人たちが立っていた。オスマンサス様が扮しているデューゼ様や他の文官は見当たらない。
ヘイルズ王子は馬車から降ると、「気をつけて」と私に手をさしだした。
(この手を取って馬車を降りろと?)
私が引きつった顔でヘイルズ王子を見ると、ヘイルズ王子はにっこりと笑っている。
(さすが、王子様。エスコートはお手のものなんだわ)
私はおっかなびっくり、王子の手をとって馬車から降りる。降りた私の腰にヘイルズ王子が手を回して、私にむかってとろけるような笑顔を見せる。オーヴァレヌ伯爵様はじめ辺境騎士団の人たちが一瞬ひるむのがわかった。
「お待ちしておりました。ヘイルズ王子」と、オーヴァレヌ伯爵様が抑揚のない声で挨拶をすると、頭を下げた。
「先ほど、押収した人造魔法石から、今回の襲撃に使われた魔力と同じものが検出されました。刀鍛冶師ジュードが犯人である証拠として、提出いたします。そして、王子が連行してくださった『ひつじぐも』の店主をこちらに引き渡してください。重要参考人としての疑いがあります」
「それはできない。彼女は、私の命の恩人だ」
ヘイルズ王子が私をさらに引き寄せる。オーヴァレヌ伯爵様がこれ見よがしに大きなため息をつく。
「その女は、翠と風の若君の季節に、ヴァルコイネンにやってきた者です。信用がありません。お渡しください」
「……、私が気に入っているといってもか?」
ヘイルズ王子が私に今にも口づけしそうなくらい顔を近づけた。そんなヘイルズ王子の態度を見て、オーヴァレヌ伯爵様がぎろりと私を睨む。
「はぁぁぁぁ。ヘイルズ王子もお若い。その女は、保身のためにヘイルズ王子を騙しております。刀鍛冶師ジュードもその女に騙されて人造魔法石に手を染めたのでしょう。先日、人造魔法石を使って雪鼠を凶暴化させ、王都からの商人を襲い、流通を止めた。自分の店の商品を高く売りたいからという理由で!」
「そんなことを考えたこともないわ」
「ふん。ヴァルコイネンのリンコウの落果の原因もお前だろう。リンコウがとれなかったヴァルコイネンでは、お前が作った商品は高く売れるだろうな」
そう言うと、オーヴァレヌ伯爵様がヴィー様からとりあげたリンコウのジャムの瓶を、隣にいた辺境騎士団の人(さっき、店に来て横柄な態度をとった人!)から受け取ると見せた。
「あなたが――」と言いかけたところで、ヘイルズ王子が私の手をひいて、一歩前に出た。まるで私をかばっているような立ち位置になる。
「それ以上、ロッティを侮辱するのは許さない」とヘイルズ王子が強く言うと、騎士団の騎士たちが、鍔音を立てる。辺境騎士団の人たちも柄に手を当てる。
「オーヴァレヌ伯。 いくら王位継承権がないとはいえ、私は王子だぞ? お前は、王子である私が気に入っている女性を侮辱するのか?」
「い、いえ……、私は、王子に目を覚ましていただきたく……」
ヘイルズ王子の強気な発言に、オーヴァレヌ伯爵様がしどろもどろに答える。
「私の目はちゃんと開いているぞ。お前たちが、川の治水工事をおろそかにしたのが原因で翠と風の若君の季節の水害を引き起こしたというのに、その罪をか弱い女性になすりつけることも、雪鼠襲撃を引き起こした犯人を差し出せといわれて罪のない人を犯人に仕立て上げようとしていることも、私は知っている」
「それは誤解です」
オーヴァレヌ伯爵が力なく首を振る。
「…………、もし、私の言うことが間違っていると思われるのなら、その女を連れて、王都の方々と話し合われてはいかがですか?」
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