報酬はあんまん十個で成立した依頼?

「アランさん、ちょどいいところに……「すまない!!」」


私が声をかけようとしたところに、アランさんが頭を下げて謝った。


「すべて俺のせいだ。さっきも辺境騎士団のやつらがここに来たのも、オーヴァレヌ伯に呼ばれたのも」


顔をあげようともせず、頭を下げ続けている。私はアランさんの手をとって、頭をあげるように促す。


「私は問題ないわ。オーヴァレヌ伯爵邸に行くくらいなんでもないもの。だから、とりあえず、席に座ったら? アランさんのすきなあんまんと薬草茶を出すわ」

「いや、今はいい」


 アランさんはあんまんを断ると、席に座った。 


「じゃあ、今、私達が飲んでいるミンティア茶を出すわ。頭がすっきりするし、いい知恵が浮かぶかもしれない」

「……ならば、たのむ……」


 私がお茶を入れていると、ヘイルズ王子がアランさんのそばに座った。アランさんは、机に肘をついて手で頭を支えている。


 三人分のお茶をいれると、机に置いた。


「アランさん、どうしてジュードさんが捕まったのか知っている?」


 「…………ああ」というと、ヘイルズ王子の方に視線を動かした。ヘイルズ王子が頷いたのを確認して、話を続けた。


「プナイネンの森で採取した魔力残渣を詳しく調べて、自然界にはない魔力だということがわかった。枝や落ち葉についた魔力をかき集めてみると、濁った赤黒い色の魔法石になった」

「確かに、あれは、魔物が生み出す魔法石とは違う。魔物が死んでできる魔法石は輝いているからな」


 ヘイルズ王子も同意する。アランさんはその先の話を続けるのをためらうように、何度も唇を動かしていた。


「…………、昨日、…………、伯爵邸に行った時に、何気なく、人造魔法石も狂鼠も人間に作られたものだから、同じように濁った色をしているのかとつぶやいた。オーヴァレヌ伯に『人造魔法石とはなんだ? 誰が持っているんだ?』と聞かれて、思わずジュードの名前を口にしてしまった。あんときは、ジュードと言い争って、むしゃくしゃしていたからな。…………、俺が余計なことを言ったせいで、ジュードが……くそっ……」


 アランさんが、がりがりと自分の頭を掻く。


 対照的に、優雅にミンティア茶の香りをかいでいたヘイルズ王子がカップから顔を離して、アランさんの方を見た。


「それは違う。出来上がった人造魔法石をいくつも見てきたが、あの人造魔法石に変わったところはない。重力操作に特化した人造魔法石は灰茶色をしているものだ。おそらく、オーヴァレヌ伯も知っている。あの魔法石が出来た時には、王都で月……白の塔主催のお披露目会があったからな。たしか、今年の翠と風の若君季節だ」


 月白の塔という言葉をいう時に、一瞬、ヘイルズ王子が躊躇した。アランさんはそれに気づかない。がりがりと自分の頭を掻いたままだ。


「じゃ、なんで、あんとき、人造魔法石のことを知らないと言ったんだ?」とアランさんが、眉間にしわを寄せてつぶやく。


「オーヴァレヌ伯爵様は嘘をついたのでしょうか?」とたまらず、私はヘイルズ王子に聞いた。ヘイルズ王子は、「さあな」と言うと、ミンティア茶を飲んだ。


「リンコウ入りのミンティア茶は旨いな」とつぶやくと、「……それよりも、ジュードは魔法石を作ることが出来るほど魔法が得意なのか?」ヘイルズ王子がアランさんに聞く。アランさんが大きく首をふる。私も同意見だ。


「いや、刀鍛冶師としては生きていきたいから、魔法や魔法石の勉強をしていただけです。魔法使いになるには技量が足りないとも言っていました。………、それに、魔法石を作ろうとしているなんてことは聞いたことがありません」

「ふむ。では、最初の商人のキャラバンを雪鼠が襲ったとき、ジュードはガルーダユーユ草原近くにいたのか?」

「そんなはずはありません。俺が雪鼠討伐に行くときも、帰ってきたときもギルドににいたはずです。それはギルドに問い合わせすればすぐにわかることです」

「そうか。……、ジュードは転移魔法が使えるか?」

「使えるはずがないでしょう。転移魔法を使うには、大きな魔法陣と魔法石が必要です。平民の稼ぎでは手に入れられません」

「じゃあ、どうやって、お前たちはプナイネンの森に行った?」

「俺が知り合いから、二回しか使えない転移魔法陣を借りました」


「誰に借りた?」


 ヘイルズ王子が少しだけ眉をあげて聞く。アランさんがヘイルズ王子の目を見て、「守秘義務があります」ときっぱりと言った。私は、オスマンサス様のことを言わなくてよかったと胸をなでおろす。でも、オスマンサス様のことを言わないせいで、ジュードさんが疑われているのなら、ちゃんと話すべきかしら? 私が悩んでいると、ヘイルズ王子が少しだけ口角をあげた。


「そうか。そいつは信用できるのか?」


「それは出来ます。四季を司る高貴な人々に誓って言えます」とアランさんが胸をはって、四季を司る高貴な人々に祈る仕草をする。この誓いは、嘘をついた場合、天罰が下るとも言われている。「そうか」と言うと、ヘイルズ王子はミンティア茶を飲んだ。


「…………、今年はオーヴァレヌ領は、翠と風の若君の季節から災害続きだ。水害の時はオーヴァレヌ伯の采配でよかったが、今回の雪鼠による襲撃には王都の商人が巻き込まれた。対策を打たなければならないのは、為政者の義務だ。

だから、空を管理するというのは妥当な案だと思わないか? そのための、根拠を探し、オーヴァレヌ伯を説得するつもりだった。せめて、ヴァルコイネンまでの道は確保したい、そこが譲歩できる限界だ。


 逆に、私がオーヴァレヌ伯だったらと考えてみた。


 文官のデューゼをはじめ多くが空の管理を王都に引き渡したくない。王都の人間にはさっさと帰ってほしい。ならば、雪鼠を操った人間がいてそいつを引き渡せば、とりあえず事がおさまるのではないかとな」

「そんなぁ。それじゃあ、ジュードさんは、オーヴァレヌ伯爵様達が王都から空を守るために濡れ衣を着せられるってことですか?」


 思わず、私は立ち上がって、ヘイルズ王子を睨んだ。アランさんも怒りをあらわにしてヘイルズ王子を睨んでいる。今にもヘイルズ王子の襟首をつかみそうだ。私はあわてて座ると、アランさんの手を抑える。ヘイルズ王子は涼しい顔をしている。


「……、しかし、ジュードに濡れ衣を着せるだけなら、シャ……ロッティを呼びつける理由がわからない。……私との交渉を有利に進めたいのか、それとも、ロッティにも濡れ衣を着せるつもりなのか……。どちらにしろ、オーヴァレヌ伯爵邸に行って、オーヴァレヌ伯と話さないわけにはいかないな」

「それに俺も連れて行ってください!!」


 アランさんが大声をあげた。


「そういうと思ったよ。お前を女装させてロッティの身代わりに連れていきたいが……」

「それは無理ですよ。ヘイルズ様。私、アランさんほど大きくないですもの。すぐばれてしまいます」

「そうか? 私はロッティを危険な目に合わせたくないんだ。アランでどうにかならないか?」

「無理ですって。見てください。手だってこんなにも違うんですよ? 胸だって、アランさんの方が大きいし!」

「ははは。そうだな。………、ということだ。アラン、ロッティの護衛を頼んだ。いざという時は、ロッティを連れて逃げること。この依頼をあんまん五つで頼まれてくれないか?」

「五つでは足りませんね。十はもらわないと!」


 思わず、顔を見合わせて、三人で笑った。




 








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