それは恩を仇でかえすっていうんですけど?
辺境騎士団の人たちは難しい顔をしたけれど、ヘイルズ王子にたてつけるはずもなく。
「……、わかりました。では、我々は先に、この証拠品を持って、オーヴァレヌ伯爵邸に戻ります。王子のお戻りをお待ちしております」
そう言って礼をすると、乱暴に扉を閉めて出ていった。
「何様のつもり!!」と思わず大きな独り言を言ってしまって、慌てて口をふさぐ。恐る恐るヘイルズ王子を見ると、ヘイルズ王子は難しい顔をして考えこんでいた。
「ヘイルズ王子?」
「ん? ああ……」
呼ばれたことに気がついてヘイルズ王子が私の方をみた。
「ごめん。考え事をしていた」と、少し困った表情を浮かべる。
「お茶でももらえるかい? 少し頭を整理したい」
「いいですよ。ミンティア茶を入れましょう」
私は、ガラスのポットにミンティアの葉を入れて、お湯を注いで蓋をした。すうっと青臭いけど、すっきりとした香りが鼻にとどく。ヘイルズ王子は青臭いのがちょっと苦手なように見えたから、カップにリンコウの輪切りを入れて、その上からミンティア茶を注ぐ。そして、それをヘイルズ王子の前に置いた。
「一度、カップから出ている湯気をゆっくりと吸いこんでください。ミンティアのすっきりとした香りが、気持ちを静めてくれます。そして、それから、ゆっくりとお茶を飲んでください。リンコウの甘い味とミンティアの青臭い味がからみあって、いい考えが浮かんでくると思います」
そういって、私はカップに手を当てて湯気を吸いこんだ。ヘイルズ王子も同じように目をつぶって湯気の中の香りに集中している。
すうっと鼻をぬける。ミンティアの香り。ミンティアには鎮静効果と緩和効果があると言われている。薬草にして使うくらいなのだから、香りだってその効果が期待できると思う。だって、香りは直接、脳に届くのだもの。緊張した気持ちをリラックスさせてくれるはず。
そっとヘイルズ王子を見ると、目元が少しだけ和らいでいる。「頭の中がすっきりしてきたぞ」と言ってミンティア茶を一口飲んだ。
私も一口飲む。
口の中に、リンコウの甘さとミンティアのすっきりした香りが広がる。ミンティアだけの青臭い感じは全然しない。ヘイルズ王子はどんどん飲み進めている。
(リンコウを入れて正解ね。ヘイルズ王子も気にいったみたいだし)
私はミンティア茶を飲み終わると、ヘイルズ王子の顔を見た。
「……、考え事って、私がオーヴァレヌ伯爵邸に行く理由ですか?」
「それもあるが……、さっき、人造魔法石だけを渡してしまってよかったのだろうか。不安になってきたんだ。昨日、アランが、狂鼠の件で少しわかったことがあると言っていただろう? あれは、狂鼠がいたあたりに、わずかに魔力残渣があったという報告だった」
昨日、アランさんが呼びに来た理由はあながち嘘じゃなかったんだ。
「魔力残渣?」
「ああ。今回の狂鼠による襲撃は、何年かに一度起こる天災ではなくて、誰かに仕組まれたものだという見解だ。その証拠がわずかに残った魔力残渣だ。この前の商人達が襲われた時はわからなかったが、森の中で狂鼠を倒したということもあって、魔力残渣があった」
「それが、人造魔法石にあると?」
「辺境騎士団とオーヴァレヌ伯が、人造魔法石を押収する理由だ。もし、同じ魔力が使われたものだとしたら、強い証拠になる。しかし、さっき見た限りでは、あれは、私が知っている人造魔法石と同じもので、気になるような魔力残渣はなかった……」
「じゃあ、大丈夫なんじゃ……?」
「いや、……そうとも言い切れない」
ヘイルズ王子が口のあたりに手をあてて考えている。
「辺境騎士団とオーヴァレヌ伯はジュードを容疑者だと考えている。だから、証拠集めをしている」
「そんなぁ。だいたい、ジュードさんが容疑者だなんてありえませんわ」
ジュードさんは人造魔法石を使って、雪鼠を狂鼠にして人を襲わせるなんてするとは絶対に思えない! 昨日だって、人造魔法石は人の役に立つ魔法石だって、アランさん達冒険者が危険な目に合わなくてすむかもしれないって、言っていたもの。第一、命の大切さを知っている人だもの。
黙っていても私が怒っているのがわかったのか、ヘイルズ王子が小さく頭をさげた。
「……すまない。ジュードはシャルロットの友人だったんだな。しかし、状況的にはかなり不利だ」
「どうしてですか?」
ヘイルズ王子にあたるのもなんだなと思うのだけど、ついつい口調がきつくなる。
「オーヴァレヌ伯は早く今回の雪鼠襲撃の件を終わらせたがっている。そのために誰かを犯人に仕立て上げても構わないと考えているかもしれん。私から見ても、何を考えているかわからないからな。
王都側は、二つの要望、一つ目は今回の犯人を王都に引き渡すこと、二つ目は街道の空を王都が管理することを認めること、を突きつけている」
「?」
「昨日来た文官のデューゼをはじめ多くが二つ目を猛反対しているから、オーヴァレヌ伯は一つ目の要望だけでものみたいはずだ」
「デューゼという文官は何様なんだ? オーヴァレヌ伯が借りてきた猫の様にちいさくなっている。あれではどちらが主がわからないではないか」というヘイルズ王子の独り言のようなつぶやきは聞き流す。
「でも、それだけでは、ジュードさんが容疑者になる理由にはならないわ」
「あの時、シャルロットとジュード、二人とも、オーヴァレヌ伯はじめ辺境騎士団が到着した時にデューゼの木の下にいたよな?」
「ええ。一緒にプナイネンの森に出掛けていたんですけど、途中ではぐれてしまって……。それで、ジュードさんをデューゼの木の下で見つけた時は、氷の様に冷たく、耳も鼻の先も真っ赤に腫れていました。だから、暖めようと私は火を焚いたんです。そこにヘイルズ様達が来たんじゃありませんか」
ヘイルズ王子達が火にあたらせてほしいって言うから、一緒にいたんじゃない? ずぶ濡れだったから、かわいそうだって思ったのに、それがいけなかったというの?
なんだか、すごくムカムカしてくる。
「そうだ。シャルロットは好意で、我々に場所をゆずった。でも、オーヴァレヌ伯はそう考えていないのだろう。だいたい、リンコウを採りにプナイネンの森に軽装出かけるか?」
ヘイルズ王子が挑発的に言う。私は、「それは……」と言いかけて、言葉を飲み込む。
オスマンサス様から転移魔法陣を借りたとは言えない。ヘイルズ王子は私と一緒で王都育ち。私が四季を司る高貴な人々はおとぎ話の中の人物だって思っていたのと一緒で、ヘイルズ王子もその存在を知らない。だから、オスマンサス様自身が正体を現さない限り信じないだろう。オスマンサス様もデューゼって名乗っていたし、ここで正体をばらすわけにもいかない。でも、オーヴァレヌ伯は四季を司る高貴な人々のことを知っているはずだ。
「……、オーヴァレヌ伯は、私達が出かける方法を知っています。そうでなければ、デューゼの木の下まで迎えに来れないじゃありませんか?」
「そうか。知っているのか。ならば、もっと不利だな。下手したら、シャルロットも容疑者にされてしまう」
「え?」
全然理由がわからない。わからないのに、どきりとする。
「シャルロットのことは絶対に守って見せる。しかし、情報が足りない。……、シャルロットは、ジュードが人造魔法石を持っていたことはいつ知った?」
「昨日です。昨日、石臼を運んできたときに、教えてもらいました」
「じゃあ、プナイネンの森では知らなかったと?」
「ええ」
あの時、リンコウの袋を縛っているアランさんとジュードさんを置いて、私はヴィー様と走って行ったんだもの。
「そうか。あとはアランがいればいいのだが……、シャルロット、アランはどこにいるか知っているか?」
「昨日、人造魔法石が、人間の暮らしが便利になるように月白の塔の祭司たちが開発した魔法石だってジュードさんが言ったらアランさん怒っちゃって……、アランさんとジュードさん言い争ってしまいました」
「理由は?」
「わかりません」と言おうとしたら、カランカランと軽い音と一緒に店の扉が開いた。慌てて扉の方をみると、そこには青ざめたアランさんが立っていた。
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