オーヴァレヌ伯爵邸

つむじ風、『白玉ぜんざい』をねだる

 ヘイルズ王子が、いつのまにか立ち上がって剣を構えている。


「あっ………、やば……」


 ヴィー様がヘイルズ王子と目が合って声をあげた。


(どうみてもこの状況、まずい)


 ヘイルズ王子の全身から殺気がみなぎっている。


 ヘイルズ王子はヴィー様から視線を外さず、「知り合いか?」と聞いてきた。慌てて立ち上がると、ヘイルズ王子にわかるように大きく頷く。


 ヘイルズ王子は黙って剣をしまったけど、ヴィー様の正体を見極めようと、睨みつけている。


「ふん! これだからランカルメのにんげんは……」


 ヴィー様がこれ見よがしに、羽をパタパタとさせて、部屋の中につむじ風をおこす。そんなヴィー様の挑発を無視して、ヘイルズ王子はじっとヴィー様を睨みつけている。私はただ、おろおろとして見ているしかできない。


 (ここで、ヴィー様の正体を言ったほうがいい? でも、四季を司る高貴な人々はめったなことで姿を現さないっていっていたし……)


「あの……ヴィー様?」


 恐る恐るヴィー様に声をかける。ヴィー様ははじかれた様に私の方をみると、ヘイルズ王子を無視すると、私の近くに走ってきた。


「ロッティがくれたリンコウのジャムね、あれさ、オーヴァレヌにとられちゃったんだよ! ジャムはロッティがヴィーにくれたからヴィーのものなのにぃ!! だいたいオーヴァレヌってさ、むっつりいじわるじゃん?? 

 ……、あ、それ、なに? なに? ねえ、それ、美味しい?」


 一気にまくしたてるように話した挙句、私が食べていた白玉ぜんざいに釘づけになってしまっていたヴィー様。


「ジャムはたくさん作ってあるので、すぐに用意できますよ」

「やったぁ!! じゃ、それは?」

「白玉ぜんざいといって、おだんごとあんこでできた食べ物です」

「おだんご? おだんご!! ヴィーも食べる!! ヴィーも食べたい!! ちょーだい!!」

「というと思いました。これは私の食べかけですから、今準備しますね。椅子に座って少し待っててもらえますか? そして、できるならヘイルズ様ともめないようにお願いします」


「うん!」と、とてもいい返事をしてヴィー様が席に座った。もちろん、ヘイルズ王子とはまったく違う席に。


「おい、魔物!」とヘイルズ王子が、ヴィー様のいる机まで歩いて行って声をかけた。


「まものじゃないもん!」

「魔物じゃなければなんだ? その羽、その耳、人間ではないだろ!」

「にんげんじゃなきゃ、まものよばわりするんだ。ほんと、ランカルメのにんげんは、むちだね」

「じゃ、なんだ?」

「ヴィーはヴィー!!」


「……さっぱり、わからん」とヘイルズ様が首をふる。


「ヴィー、ランカルメの人間とはなんだ?」

「ランカルメはランカルメだよ。ヴィーは、ヴィーにけんをむけたにんげんとははなしたくなーい」

「お前、オーヴァレヌ伯爵邸を出入りしているか?」

「…………」


 ヴィー様は口をぎゅっと閉じている。


「オーヴァレヌ伯爵を呼び捨てしていたが、どういう関係なんだ?」

「…………」


 ヴィー様はヘイルズ王子がいない方向を見て、口をぎゅぎゅっと閉じている。あひるみたいな口になっている。キッチンカウンターから見ていて、思わず笑いそうになる。ヘイルズ王子が思いついたように、口角をあげた。


「………、おい、私の食べていた白玉ぜんざいを食べたくないか?」


 今まで知らんぷりをしていたヴィー様がヘイルズ王子の方を見て、くしゃりと顔をほころばせる。羽がぱたぱたと動いている。


「うん!! 食べる!! ちょーだい!!」

「私はヘイルズだ」

「知ってる。やきリンコウ食べてた。……、あのやきリンコウ、ヴィーも食べたかった!! ほんとは、ヴィーのためにロッティがマロッサをやくやくそくをしていたんだよ?? なのに、オスマンサスが出ちゃダメだっていうから、がまんしていたのにさ。ぜんぶ食べちゃうんだもん。……、でも、しらたまぜんざいくれるならゆるしてやってもいい」

「そうか」


 ヘイルズ王子は、自分の席に戻ると、今まで食べていた白玉ぜんざいを持ってヴィー様の席に戻った。もちろん、キッチンカウンターによって新しいスプーンを持って。

 ヘイルズ王子は、ヴィー様の手がぎりぎり届かない場所に白玉ぜんざいの器を置いた。ヴィー様が手を伸ばして取ろうとする。


「ヴィー、なぜ、私がデューゼの木の下にいたことを知ってる?」

「デューゼの木のところにいたからにきまってんじゃん!! ……、もう! それ、ちょうーだい!! ヘイルズのいじわる! ひきょうもの! ばか! しれもの! まぬけ! へなちょこ! 」


 ヘイルズ王子は、ため息をつくと白玉ぜんざいをヴィー様の前に置いた。ヴィー様は取り上げられないよう、器をがしっと持つと食べ始めた。


「とりあげないから、ゆっくり食べればいい」

「もぐ……、もぐ……、ほんとに? ……もぐ……」

「ああ」


 そう言うと、ヘイルズ王子はヴィー様の前に座って、ヴィー様が食べるのを黙ってみていた。





「お待たせしました。白玉ぜんざいです」


 ヴィー様の前に出来上がった白玉ぜんざいを置く。泡立た生クリームとリンコウのジャムも添えてだ。


「わああああ!!! くりーむもある! リンコウのジャムものってる! ちゃいろいのはあんこだぁ! あんこなのにあつくない!! ……もぐ、……もぐ……、おいしい、……もぐもぐ……、あまーい、……おいしい!! ……もぐ……、おだんご、もっちもちだぁ……もぐ、……もぐ……」

「気に入ったようでよかったです」

「うん!!」


 あっという間に食べ終えてしまった。ヴィー様は満足そうににこにこしている。


(いろいろご機嫌がなおって、よかった。店の中で渦巻いていたつむじ風もおさまったし……)


「でも、どうして、オーヴァレヌ伯爵にリンコウのジャムを取り上げられてしまったんですか?」

「ジュードがね、つかまるまえにヴィーに渡したからだって。しょーこ? しょーこだってさ」


 何気なくしゃべるヴィー様の言葉に動揺する。


「え? ジュードさんが捕まった? どうして?? 誰に? 」


 何が起こったのかわからず、矢継ぎ早にヴィー様を問いただす。私の焦りを理解しないヴィー様は白玉ぜんざいが入っていた器を指でぬぐって舐めている。


「しらなーい。なんか、じんなんとかまほうせき?」

「魔法石?」


 そうだ。ヴィー様に聞いてもだめだった。四季を司る人々は人間同士のいざこざには興味はない。そういったことはアランさんに聞かないと。


「ヘイルズ様。今、アランさんがどこにいるか知っていますか?」

「いや。知らない。冒険者では、会合にもでないから、オーヴァレヌ伯爵家にも顔を出さないからな」


 (ギルドにいるかしら? それなら、今からギルドに行ってみなきゃ。それとも、ジュードさんと一緒に捕まっている?)


 最悪のことを想像して、私は思わず自分の腕を抱きしめる。


「……、その捕まったというジュードという人間は、ロッティの知り合いなのか?」


 ヘイルズ王子が遠慮がちに聞いてきた。


「ええ。昨日、来た茶色い髪の背の低い男性です」

「入り口で荷物を置いて帰ったやつか?」

「そうです。でも、どうして? ……、昨日は、この白玉を作るために石臼をアランさんと持ってきてくれたくらいだし、そもそも、捕まるような悪いことをする人ではありません。刀鍛冶師としてギルドで働いている身元もしっかりした人です」

「そうか。ならば、魔法石に心当たりはあるのか?」


 私は首をふる。


「もし、捕まるのなら、おそらく、今回の雪鼠の件だろう。昨日の会合では、誰かが雪鼠を凶暴化させて、狂鼠にしたのだろうという話はあったが……。たしか、狂鼠に残された魔力残渣の結果が出たと聞いたが……、詳しいことはわからないから、一度、オーヴァレヌ伯 ――――」


 ヘイルズ王子が言い終わらないうちに、乱暴に扉を叩く音がして扉が開いた。


(なに?? どうして???)


 私は思わずヘイルズ王子を見る。ヘイルズ王子も驚いたような顔をしている。


 扉の向こうには、辺境騎士団の人たちが五人ほど。あの襟の部分の白いラインが二つ、ってことは、真ん中の人がリーダーで上級騎士。


 その上級騎士が、威嚇するような強い口調では話した。


「店主。ここに、ギルドに所属している刀鍛冶師ジュードから譲り受けた人造魔法石がないか?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る