王子様、『白玉ぜんざい』を食す
そう言われてしまっては反論できない。あんまんはホカホカ、アツアツがウリだって言ったのは私だ。
黙っていたら、薬草茶を飲み終えたヘイルズ王子がキッチンカウンターの方を視線を動かす。
「あの文官のために試作品を作っていると言ったな?」
「デューゼ様も、ヘイルズ様と同じで、熱くないあんこが食べたいだそうです」
「なんだ、一緒かよっ」と、私に聞こえないくらい小さな声で文句を言う。
「はい?」
「なんでもない。それで、丸くて白い小石を作っていたのか?」
キッチンカウンターに白玉団子があるのに気がついていたんだ。でも、小石とは、想像力のないセリフだ。
「白玉団子です。もちもちっとしたお団子の一種で、美味しいですよ?」
「しら……しろい団子だから、白玉団子か。しかし、聞いたことがない名前だな。あんまんといい、あんバターパンケーキといい、白玉団子といい、……、私の知らないものばかり作る」
(この世界にない知識で作っているからね。たぶん、たいていの人は知らないと思う)
「白玉団子はどんな味がなんだろう? まあ、シャルロットが作ったものだから、甘くて美味しいんだろうとは想像できるが、実際に食べてみないことにはなんともいえないな……」
(小さな声でぶつぶつ言っているけど、要は食べたいって言っているよね?)
新しい食材が厨房に来ると、私を誘って見に行くくらい、ヘイルズ王子は昔から食いしん坊だった。だから、レビンを煮ている場面に出会えて、おばあちゃんのことを思い出せたんだけどね。
「……、食べてみますか?」
「いいのか? しかし、白玉団子はあの文官のために作っているものだし、……、いや、試作品だって言ったから、まだ、あいつに食べさせるために作っていないわけで……、しかし、……」
遠慮しているような口調だけど、相変わらず、全然遠慮してない。
「試作品を作るところなので、もしよかったら食べません? 私も感想をいただきたいし?」
「そうか、そうか!」とぱあっと明るい声をだして、ヘイルズ王子が口角をあげる。私が立ち上がると、当然のようにヘイルズ王子はついてくる。
二人でキッチンカウンターに立つと、私はガラスの器に白玉団子をのせた。ヘイルズ王子が興味深そうにそれを見ている。
「白玉団子はぷるん、ぷるんしているな。ジャガイモ団子のような見た目だが、ジャガイモ団子とちがって真っ白でツヤがある」
「白玉団子はコメを砕いてつくったもので、それだけでは味はあまりしません。だから、あんこやリンコウを添えて白玉ぜんざいにします」
「ぜんざい?」
「あんこを使った食べ物の名前の一つです」
「そうか…… ぜんざいか」
白玉団子のとなりにあんこをのせる。私の隣で、ヘイルズ王子が「ぜんざい、ぜんざい……、やはり聞いたことがないな。魔法の呪文に使う古代語にもない」と言いながら考えている。
(今なら話せるかも)
「…………、ヘイルズ王子は輪廻転生って信じますか?」
私の唐突な質問に、ヘイルズ王子は気にする風でもなく答える。
「人間は死ぬと、魂は青い月に逝き、そして、人間の時の業を清算して、またまっさらな魂になってこの地に戻ってくるってことか?」
「そうです」
「魔物は死ぬと魔法石になるが、人間は死んでも魔法石にはならない。個人的な考えだが、…………」というと、こほんと咳ばらいをして、声を小さくした。
「人間の魂が魔法石にならない理由は、月に行って、次の命になる準備をしているからじゃないかと思ってる。そうしないと、私のために死んでいった騎士達の命の重さを受けとめられないからな……」
そうだった。ヘイルズ王子は、誰に対しても優しい人だった。
「……、もし、私に前世の記憶があると言ったら?」
「そういうこともあるだろう。月の住人達も万能ではないから、たまに、記憶を持ったまま生まれてくる命もあるだろう。それに、魂に刻まれた記憶ならなんかの拍子に思い出すかもしれんしな」
ヘイルズ王子の言葉がすうっと体の中にはいっていく。私はリンコウを器にのせると、ヘイルズ王子の方をむいた。
「………、。あんまんも、あんバターパンケーキも、ぜんざいも、私の前世に、大好きなおばあちゃんと作った食べ物なんです」
「……そうか……。なんだ、どうりで知らない食べ物だったんだな」
ヘイルズ王子が納得したように笑った。
(私は何を心配していたんだろう)
もっと早く謝って、話をすればよかった。
「……、あの……、ランカルメ祭の時、司祭長の声が、……、前世の私が最期にきいた声にそっくりで、…………、それで、前世の自分の最期を思い出してしまって……」
「最期?」
「それで、怖くなってしまって……」
「…………」
「それで、……、ヘイルズ王子に大怪我をさせてしまって、……本当にごめんなさい!」
私は頭をさげて謝る。理由はどうあれ、ヘイルズ王子に大怪我をさせていまったんだ。ちゃんと謝罪しなきゃ。
「司祭長がシャルロットに何か囁いたから怯えたんだろうとは思っていたが、……」
ヘイルズ王子が、下げている私の頭を優しく撫ぜる。私は涙が止まらない。顔なんかあげられない。私は、肩を震わせ、両手で顔を覆う。
「ずっと後悔していたんだ。ランカルメ祭の時、魔術師マーリン役はシャルロットがいいと我儘を言ったために、司祭長によからぬことを言われたのかってね。司祭長は自分の養女を魔術師マーリン役にしたがっていたから……。だから、私が怪我をしている間に出ていってしまったんじゃないかって……。だから、ほら、頭をあげて……」
「違います。逃げ出したのは、ぐず……、私が弱かったから……です。ごめんなさい。もっと早くに、ちゃんと謝らなきゃいけなかったのに、……ぐず……逃げ出してしまって……本当にごめんなさい……ぐず……」
最後の方は、嗚咽が止まらなくて何をいっているかわからなくなってしまった。
ヘイルズ王子は「シャルロットの謝罪は受け入れるから、もう、いいから……」と私が泣き止むまで、ずっと頭を撫ぜ続けてくれた。
◇
「……それで、ぜんざいは食べてもいいのかな?」
泣きはらしている私の目をハンカチで優しく拭きながら、ヘイルズ王子が聞いた。
「…………、ぜんざいですか……」
「せっかくシャルロットが作ったんだ。さっきから食べたくてね」
ヘイルズ王子が口角をあげてちらちらと白玉ぜんざいの器を見る。
「美味しいものを食べれば、きっと気分が晴れる。白玉団子の白は再生の白、喜びの白だろ?」
「……そうですね」
私は、無理に口角をあげた。そうだ。美味しいものを食べよう。
(ここは、すっきりとしたのど越しの生ミンティア茶のだよね?)
ガラスのポットにミンティアの葉を入れて、お湯を注いで蓋をした。ヘイルズ王子はちゃっかりと席に座っている。私は、ガラスのポットとカップと白玉ぜんざいをお盆にのせて運ぶ。
「久しぶりに並んで食べないか?」
そそくさと自分の座っている場所の隣をあける。かわらないヘイルズ王子の優しさが嬉しくて、今度は抵抗なく隣に座れた。ヘイルズ王子が嬉しそうに目を細める。
「白玉団子にあんこをからめて食べてくださいね」
「ああ。今度は熱くないあんこだから堪能できそうだ。それに、今度はスプーンつきだ。かぶりつかなくていいのは助かる」
(やっぱり、かぶりつくのは抵抗があったんだ)
ヘイルズ王子がスプーンで、あんこを白玉団子にのせて口に運ぶ。顔がにへらと緩む。
「美味しい!! 団子のもっちりしているのにつるんとしたのど越し! 熱くないあんこは、思った以上に甘くなくてレビンの豆の味を感じることができる。これを団子につけると、団子の食感が変わって、なお、美味しい。しかし、リンコウ以外の果物もあると、見た目もよくなるかもしれんな」
「そうですね。白と茶色がかった赤紫とリンコウのオレンジだけでは少し物足りないかもしれませんね。マロッサの魔力抜きが終わったら、甘く煮てのせましょう」
「マロッサか。マロッサだったら、食感が変わって、なお美味しいだろうな」
「ふふ。楽しみになってきました」
と、その時だった。バタンと大きな音をたてて、お店の扉が開いた。びゆうっとつじ風の端っこがお店の中に入り込む。
「ロッティ、大変だよー!! 大変だよー!!」
そういって入り口に立っていたのは、背中には小さな羽が生えているヴィー様だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます