王子様、『あんまん』を食す

 氷冷箱からあんまんを二つ取り出す。

 ヘイルズ王子が席から立ちあがり、キッチンカウンターにいる私のそばに立った。


 相変わらず、人との距離感のない人だ。ちょっと動けば、お互いの手が触れそうな場所に立つんだから。


「それが、あんまんか。まるで、雪鼠みたいに真っ白な饅頭だな。……、蒸籠に入れたということは、温めるのか?」

「ええ。蒸籠で蒸すんです。あんまんは、ホカホカ、アツアツがウリの『ひつじぐも』の看板メニューなんです」


 私はあんまんを蒸籠にいれて砂時計をひっくり返す。さらさらさらっと細かい砂が落ちていく。


「そうか」と言うと、ヘイルズ王子は私から離れて、物珍しそうにお店の中を歩き始めた。


 そんなヘイルズ王子を横目でそっと盗み見る。さらりとした金色の髪、空の様に青い眼、すっと通った鼻すじ、少し上がった口角。


(ヘイルズ王子って顔もいいし、人懐っこい性格だし、結構、人気高かったんだよなぁ)

 

 魔術師マーリン役に私が決まった時は、伯爵や子爵のお嬢様たちから非難の手紙がたくさん届いた。


(私だって、選ばれた理由が知りたかったわよ。ヘイルズ王子は当然だろとしか言わなかったんだから)


 暗殺という容疑がかけられて部屋で謹慎していた時も、非難の手紙がたくさん届いた。脅迫めいた罵声に、呪いの言葉。蜘蛛や蛇、死んで詫びろとばかりに短剣が置いてあったこともある。


(私は悪くないのにってそればかり考えてたっけ。悪いのは嘘をついた祭司長だってずっと思っていた)


 ヘイルズ王子の証言があって謹慎が解けても、カロリーナ妃やカロリーナ妃の侍女たちの軽蔑したような冷たい視線は相変わらずで、もう嫌だーって思って逃げ出したんだった。


 その時のざらりとした嫌な思いがよみがえる。


 (殺すつもりなんてなかったし、怪我をさせるつもりもなかった。あれはヘイルズ王子が言うように事故だったのに)


 だから、私は、カロリーナ妃やカロリーナ妃の侍女たちにも誰にも謝らなかった。怪我をしているヘイルズ王子の寝室にも行かなかった。

 

 でも―――! それは間違いだって気がついた。少し冷静になれた今ならわかる。


 殺すつもりはなかったけど、ヘイルズ王子に怪我を負わせたのは事実。


 ヘイルズ王子が意識が戻ってすぐに「シャルロットは悪くない」って言ってくれたのに、私は、故意でなくても自分がヘイルズ王子に怪我を負わせたという事実を認める勇気がなかったんだ。自分の方が被害者みたいに思ってみんなのせいにして、逃げていたんだ。


(ちゃんと、謝らなきゃ……)


 ヘイルズ王子はそんな私の思いに気づかないのか、店の中をひとまわりすると、また私の隣に立って蒸籠をじっと見ている。シューシューと音を立てて白い蒸気が蓋の隙間からこぼれる。


「この蒸籠で蒸す白い饅頭が、どうしてあんまんなんだ?」

「白いお饅頭の中にあんこがはいっているからです」

「あんこ?」

「レビンを煮て作った甘い餡です」


 炊いたなんて言葉を使ったら、その言葉をどうして知っていると聞かれそうで、煮ると言う言葉をあえて使う。


「…………、昔からお前のことはよく知っていたつもりだが、饅頭が作れるとは思わなかった」とヘイルズ王子がつぶやいた。


 そうだ。ヘイルズ王子とは生まれた時からずっと一緒だったんだ。


 「前世の記憶がよみがえったから、あんまんを作ることができるようになりました」って言ったら、笑うかな。そんな勇気はなくて、「まあ、いろいろ勉強しましたから……」とあいまいに答える。


「勉強ねえ……」という疑い深い声色の言葉に、蒸籠から聞こえてくるシュー、シューという音が重なる。見れば、砂時計の中の砂がすべて落ちきっている。私は、蒸しあがったあんまんとエール用の大きなジョッキにいれた冷たい薬草茶を二セット用意してお盆にのせていると、ヘイルズ王子は席にもどっていた。


「蒸しあがったばかりだから、とても熱いです。すこし、冷ましてから食べることをお勧めします」

「ん? 二つセットあるぞ?」

「私も食べようと思って……」


「そうか」とヘイルズ王子が嬉しそうに笑った。そそくさと自分の座っている場所の隣をあける。小さなころは王宮の庭で二人で並んでお菓子を食べていたけど、もうそういう年齢ではない。


 (いや。隣にはすわらないから!)


 私は、ヘイルズ王子の真向かいに座った。ヘイルズ王子が、困ったように少しだけ眉を下げた。私は、自分の分のあんまんを二つに割る。中から、とろりとあんこがこぼれる。


「あっつっ。……、あんまんをこうやって二つに割って、それから、少しずつ食べます。いっぺんに食べると、上あごを火傷するから気をつけてください。特にあんこの部分はとても熱いです。食べるときは絶対に少しずつにしてください。一応、薬草茶には、火傷に効く成分が入っていますが、それでも注意してください。ほんと、火傷しますからね! 注意してくださいよ」


 ここまで言えば大丈夫だろう。オスマンサス様の時のような失敗はしたくないから、強く言う。


「ああ。熱いものを食べるのは不慣れだから、注意するよ」


 ヘイルズ王子がくすくす笑いながら、あんまんに口をつけた。


「あ、熱い!!」

「だから、あんこの部分はとても熱いから注意してくださいって言ったでしょう」


「ふふふ。ひさしぶりにシャルロットのお小言を聞いたよ。…………、知らない間にいなくなって、私がどれだけ、」と言いかけて、頭をふった。そして、「……、いや、もういい。こうやって、シャルロットが作ったあんまんを食べることができたんだ」と言うと、にっこりと笑って、あんまんを一口かじった。


「あつ……、本当に熱い。しかし、このあんまんはフォークやナイフを使わないで食べるのが正解なのか?」と言いながら、一口かじる。


(あんまんにフォークやナイフを使うだなんて発想は、それは、貴方が王族だからです)と心の中でつっこむ。


「熱いときは少し口をあけて、口の中の空気を冷やすといいですよ。口を開けて、口の周りを手で仰ぐと、口の中に空気が入って、気持ち、熱いのかなくなると思います。完全にマナー違反ですが、ここは王宮ではないし、私しかいないから、どうぞ」


 私に言われて、ヘイルズ王子が少し口を開けて、あんまんを持っていない方の手で口の周りをあおいだ。目が涙目になっている。


「……確かに……。少し熱さがやわらぐな」

「でしょう」


 私もハフハフしながらあんまんを口に運ぶ。食べるのをためらっているか、ヘイルズ王子はじっとあんこを見ている。


「……、この、茶色がかった赤紫の部分があんこというやつか。とろりと甘いが、白い生地と違って本当に熱い。熱いまま口の中にねっとりとまとわりつく。しかし、熱いのがわかっているのに、やめられん……」


 そう言って、一口あんこを齧る。


「あんこは、熱をためこむ性質がありますから」

「はふ……はふ、そ、そうなのか?」

「そうです。でも、そのうち冷めますから、少し食べるのを待ってみてはいかかでしょう?」

「ああ……。そうしたいのだが、やめられん……」


 ヘイルズ王子はそう言って、あついままのあんまんをハフハフしながら食べ続ける。そして食べ終えると、慌てて、薬草茶をごくごくごくっと一気に飲んでいく。


「冷たい薬草茶が口の中の熱さを奪っていくから、さっぱりとして口の中がもとに戻っていく気がする」

「それはよかったです」

「しかし、熱さに気を取られて、あんこの美味しさを堪能できなかった……」

「はあ…」

「このあんこは、シャルロットが作ったおススメなんだろう? ならば、もっとゆっくりと味わいたかった……」

「それなら冷めてから食べればよかったのに」

「いや、それでは、あんまんの美味しさを味わえない。あんまんはホカホカ、アツアツがウリの『ひつじぐも』の看板メニューなんだろう?」

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