和菓子にチャレンジ(2)

「何が不利なの?」と声をかけると、ジュードさんが慌てて石臼を私の前に置いた。


「…………、ほら、僕って、アランと比べたら、ひ弱で頼りなさそうにみえるだろ?」としどろもどろになりながらジュードさんが答えた。アランさんはジュードさんの後ろで、肩を震わせている。


「え? ジュードさんって、こんなに重たい石臼を持ってこれるんだから、力持ちなんじゃ?」


 石臼ってかなりの重さがある。アランさんが持つならわかるけど、ここに運んできたのはジュードさんだ。私だったら数歩しか歩けないと思う。


「そう思ってくれていたなら嬉しいな」


 ジュードさんが恥ずかしそうに笑った。


「……、でもね、実を言うと、ちょっとだけずるをしてんだ」と言って、石臼に結び付けた結びつけた灰茶色の魔法石を見せてくれた。


「?」

「これはね、土の魔法石を改良した人造魔法石で、重さを半減してくれるんだ。だから、非力な僕でも重い石臼も持てるってわけ」

「そんな魔法石があるんですね。知らなかった」


 私は思わずうなった。そんな魔法石があったら、私も欲しい。


「……、でも、じんぞう魔法石って?」

「人造魔法石っていうのはね、人間の暮らしが便利になるように、月白の塔の祭司たちが開発した魔法石なんだって」

「月白の塔が? それは本当か?」


 アランさんが、急にジュードさんを掴む。


「なんだよ。アラン」


 ジュードさんがむっとした顔をして、アランさんを見る。


「月白の塔では、魔力を生み出すの研究もしているって聞いたよ。今みたいに、魔物を退治しないと魔法石が手に入らないっていうのは、いろいろ問題だからね」


(それって、アランさん達冒険者に依存しているのはよくないっていいたいの?)


「……、お前はそれでいいのか?」


 アランさんが、押し殺したような声で聞いた。


「アランはへんなところで真面目だなぁ。僕は魔物から生まれた魔法石も、人が作った魔法石でも、効果が変わらなければいいんじゃないかって思ってるよ? だってさああ……」


 ジュードさんがアランさんの腕を振り払う。


「もし、月白の塔がどんな魔法石でも作れるようになったら、アラン達、冒険者も危険な依頼を受けなくてよくなるだろ?」

「何言ってんだ?? 冒険者から依頼を取り上げたら、何も残らなくなってしまうだろが!」

「……、はああ……、アランは、冒険者という職業は死んでも仕方ないって思っているだろうけど、僕たち残されるものは違う。

 僕は、アランが依頼ででかけるたび、不安で夜も眠れない。帰ってくるよう祈るしかできないって、結構つらいだぜ?」

「そんなこと言われたって!」

「アランは生も死も自分のものだって思っているだろうけど、アランの生も死も僕のものでもあるんだ」

「??」

「人はひとりで生きていないってことさ。誰かとつながってんだよ。アランが怪我をすると、僕の整備が悪くて魔剣グラムがうまく機能しなかったんじゃなかったのかとか、もっと、魔力の高い魔法石をつければよかったって後悔ばかりしている。アランが無事で帰ってくればすごく嬉しい。……、本当のことを言うとね、できるなら危険な依頼には行ってほしくないんだ。たぶん、冒険者を家族や友達に持つものはみんなそう思っている……」

「……、俺はそうは思わない!」


 そう言うと、アランさんは手に持っていた袋をどさりとおいて出ていってしまった。ジュードさんと私は顔を見合わせる。


 ジュードさんの気持ちもわからなくもない。友達だもの。アランさんが無事でいてほしいって祈るしかできないのはつらいだろうと思う。アランさんの生死に自分が整備した魔剣グラムが関わっていたらなおさらだ。


 でも、冒険者であるアランさんの気持ちもわかる。ジュードさんの話は、下手したら、アランさん達冒険者の存在を否定しかねない。冒険者としての誇りや生きがいって、それは冒険者しかわからない……。


 アランさんが怒って出ていってしまったから、私とジュードさんは顔を見合わせ、なんとなく気まずい雰囲気になる。


「……、そ、そうそう、………、ロッティは石臼の使い方は知ってる?」


 困った顔をしたジュードさんが、コホンと咳ばらいをして、話題を切り替える。私もその話題にのる。


「見たことがあるから、知っているといえば知っている……? 上臼のここにある細い穴にコメを入れて棒を回せばいいんでしょ? そうすれば、上臼と下臼の間から粉が出てくる」

「まあ、そんな感じ。さっそくやってみる?」


 ジュードさんが石臼を指さす。


「そうしたいところだけど、コメを水に浸しておいて明日挽くことにするわ」


 私の言葉を聞いて、ジュードさんがあからさまに肩を落とした。


「そう? …………、でも、コメを水に浸しておいたら、コメが水を吸ってべちゃべちゃになってしまわない?」

「まあね。でも、せっかく石臼が手に入ったんだもの。水挽きして白玉粉を作ろうと思って……」

「しらたまこ?」

「うん。遠い国では、水挽きして、それを乾燥させて、粉々にしたものをそう呼ぶんだって。おばあちゃんに聞いたわ」


 おばあちゃんが昔、『白玉粉って言うのはねもち米を一晩漬けて、水挽きして、乾燥させて、作るんよ』って教えてくれた。まあ、市販の白玉粉で十分だったから、作ったことはないけどね。(前世の私のおばあちゃんの話だけどね。ここで、誰にとってのおばあちゃんなのかなんて話す必要はない。)


「そうなんだ。……、ロッティのおばあちゃんは物知りだね」

「うん。あんこもおばあちゃんに教わったんだ」


 (前世でね)


「そうなんだ。じゃあ、今日はここまで、なのかな?」


 ジュードさんがあたりを見回す。レビンはさやからだされて並べられているし、マロッサはあく抜きのためツボに入っている。さっき入れたばかりだというのに、もう淡い緑色がツボの上で光っている。


「そうだわ。リンコウをもらったの。お店の中にあるから、ジャムを作るわ。それをヴィー様に届けてくれる? また、遊びに来てほしいって伝えてほしいの」

「いいよ。……、でも、アランに連れまわされて、のどがカラカラなんだ。お茶を一杯もらえるかな?」

「もちろん! そうだわ。ジュードさん、さっき持ってきてくれた袋にベルが入っていたわ。鹿肉があるから、ベルで香りづけして焼くわ。いい?」

「僕、鹿肉は大好物だ。ロッティの手料理が食べられるなんて、幸せだな」


 ジュードさんが満面の笑みを浮かべた。


(よかった……)


 店に戻った私は、ベルをたっぷり乗せて鹿肉のステーキを焼き、パンケーキにのせた。そして、ヴィー様のためのリンコウのジャム作りにとりかかった。もちろん、今度は少し大きめの瓶にたっぷりと……ね!

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