和菓子にチャレンジ(1)
カランカランカラン
しんみりした雰囲気をかき消すように、お店の扉のドアベルが軽い音を立てて鳴る。扉を見たけど、誰もいない。代わりに、昨日、リンコウのジャムを入れてあった瓶が床に転がっていた。
「なんだ?」とアランさんが、扉まで歩いて行って、瓶を拾った。
「きっと、ヴィー様です。その瓶には昨日、リンコウのジャムを入れてプナイネンの森に持って行ったんです。ヴィー様がパンにつけて全部食べてしまいましたけど……」
「シルビアか。そういえば、ロッティを置いていったから、オスマンサス様に怒られたとかなんとか、ごにょごにょ言っていたな」
アランさんは少しの間、考えていたけれど、急ににやりと笑った。
「……、ははん。ロッティに会うのが気まずいな。自由気ままなあいつにしては珍しいこともあるものだ」
そして、瓶の中を覗いたアランさんが、「ぴかぴかだぞ? この瓶……」と驚いたような声をだした。
「瓶にパンを突っ込んで、食べてましたから……」
「あいつ、本当に、食いしん坊だな。もしかしたら、瓶を舐めていたかもしれんな」とアランさんが笑えば、「ですよねー」と私もくすくすと笑うことが出来た。
「……なあ……」と遠慮がちにアランさんが声をかける。
「ヘイルズ王子が嫌なら、ヘイルズ王子が知らない場所に逃げたらどうだ? 俺が匿ってもいいし、なんなら、オスマンサス様に頼んでもいい。お前のことを気に入っているんだ。いい場所を紹介してくれると思うぞ?」
確かに、さっきまでは夜逃げしておけばよかったと思ってた。でも、アランさんに話をして、「信じる」って言ってもらえて、気持ちが変わった。今まで、王都から逃げてきたことがばれたらどうしようって不安に思っていたけど、それって、私がまわりを信じていなかったからだんだ。みんな、私が思っている以上にいい人。
「……、その……、ヘイルズ王子のことが嫌なわけじゃないんです。ただ、みんなのいるところでは私の正体を知らないふりをしていたから、……、私がシャーロット==リシューだとバレるとダメなのかなと思っていただけで……」
「それはないだろう」とアランさんがきっぱりと否定する。
「ヘイルズ王子は、お前の今の生活を尊重しているだけだ。そうじゃなきゃ、ロッティに、昨日のお礼と言ってリンコウを持ってこない。もし、お前が責められるのなら、ヘイルズ王子はお前から距離をとるはずだ」
「……そうかもしれませんね。私、いろいろありすぎて、疑心暗鬼になっていたのかも……」
「そうだな。自分に秘密があると、人は疑い深くなるからな」
「そうですね。私、……、実は、アランさんのことも疑ってました。ごめんなさい」
私はぺこりと頭を下げる。
「それはまいったな」と全然、困った感じがしない声色でアランさんが答えた。そして、「ま、誤解は解けたようだから、よしとするか」と笑いながら言ってくれた。
「ええ。そうしてくださると嬉しいです」と私もにっこりと笑い返す。
「なら、逃げるのはなしか?」
アランさんが確認するように聞く。私は大きく頷く。
「ええ。せっかく『ひつじぐも』も軌道に乗り始めたところで、ここが、私の居場所ですから……。でも、もし、どうしても逃げなきゃいけなくなったら、その時はよろしくお願いします」
「そうか、わかった」とアランさんも満足そうに頷いた。
◇
私がフライパンや食べ終わったお皿やカップを洗い終わると、机に座っていたアランさんが立ち上がり、キッチンカウンターに近づいてきた。
「ロッティ、これから、どうする気だ?」
アランさんが少し心配そうに声をかける。
(もう、逃げ出さないって言ったのに、どうしたんだろう?)
「はい。オスマンサス様のご所望のものを作る研究をしようかと思っています。今日は、いろいろやることがあるので、それをしてしまおうと思っています」
「そうなると、あんまんはしばらくお預けか……」
(え? そこ?? アランさん、あんまんの心配をしてたの??)
私はブレないアランさんがおかしくて、笑いそうになる。『憤怒の赤熊』の異名を持つランクSの冒険者のアランさんだよね? 魔物だって退治するし、オスマンサス様にも対等に話すようなすごい人だよね?
(アランさんも食いしん坊なんだから……)
私はアランさんにばれないよう、小さく笑う。
「いいえ。あんまんは作りますよ。『ひつじぐも』はあんまんのお店ですからね! 今日は朝からバタバタしていたから臨時休業しますが、明日からはちゃんとお店を開けます。……、それに、新作はいろいろチャレンジしてみたいといけないから、すぐに完成するってわけでもないし……」
「そうなのか?」
「そうですよ。いろいろ、アイディアを考えたり、食材を探したりしなきゃいけなんです。そういえば、ヴァルコイネンには白玉粉ってあります?」
いつもなら、お父様に連絡して食材を送ってもらう。でも、そうなると、時間がかかりすぎる。このヴァルコイネンで手に入るのなら手に入れたい。
「白玉粉?」
「はい。お米を粉にしたものです」
「コメか。コメならラウルのところに行けば、分けてもらえる。しかし、粉にするなら…………、水車小屋かぁ」
アランさんが少し困った顔をした。
「ヴァルコイネンでも、粉にするには、水車小屋を使うんですか?」
「王都から小麦粉は水車小屋で粉にしろって言われている。水車小屋の使用料として挽いた粉を三分の一とる」
「三分の一も?」
王都では十分の一だというのに、使用料の高さにびっくりする。
「そうだ。……、まあ、なんとかしよう」
「私も一緒に行きますよ?」
「いや、ジュードと行ってくる。水車小屋のやつらはいろいろ面倒だからな。それに、ジュードならもっといい方法を知っているかもしれんしな」
「そうなんですか。じゃあ、今朝もらったリンコウとマロッサを少し、持って行ってください」
「ああ。それは助かる」
「私はその間に、レビンを乾燥させたり、マロッサを灰汁につけて魔力抜きをしたりしています」
アランさんは、リンコウとマロッサを十個ほど持って、『ひつじぐも』を後にした。私はレビンの袋を持ってお店の裏に回る。そして、大きな布をひろげて、さやを叩いて豆を取り出す。
来年は、レビンを自分で植えてみようかな。
なんて思ったり、
これを全部あんこにしたら、どのくらいの量ができるんだろう
なんて想像したり、
気の遠くなるような作業だけど、なんだか楽しい。
レビンの豆を取り出し終えると、今度は、魔力抜きのための灰汁にマロッサをどさっと入れる。これは、このまま明日まで待つしかない。灰汁に魔力が移ると淡い緑色の光を放つ。親だった魔木の魔力量がわからないから光が出なくなるまで、灰汁を取り換えながら何日もつけるしかない。まあ、ほっておけばいいから問題ない。
灰汁は大きな樽にためて、後でギルドに引き取ってもらおう。人間は魔力を持っていないから、魔力があるものは水でも石でも貴重なもの。マロッサの実から出る魔力がどのくらい価値があるのか知らないけど、貴重な魔力なんだもの、有効活用しなきゃだものね。
そうやって、あれこれしていると、アランさんとジュードさんがやってきた。手には石臼を持っている。
「やっぱ、水車小屋を使うのは難しいから、僕の知り合いの薬師から石臼をもらってきた。これで、自分で粉を作れるよ」
「ジュード、そんなに僕のって自己主張しなくてもいいだろう?」
「いや、ここははっきりさせておいた方がいいと思うよ? ただでさえ、僕、いろいろ不利だからさ」
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