私が王都から逃げ出した理由


(私が話しやすいように、アランさんも自分の話をしてくれたんだろうな。でも、なんかふんぎりがつかないなぁ…)


 自分の話をどう切り出していいか迷っている私は、自分のためにいれたミンティアのお茶を口に入れた。すっきりとした香りが口の中に広がる。その香りに少しだけ背中を押してもらう。


「実は、私……、ヘイルズ王子とは小さなころからの知り合いなんです」


 リシュー家は男爵という爵位を持っているけれど、土地を持っていない宮廷貴族。中流も中流で、貴族年鑑でも名前しか載らないくらい。ただ、私の母様がヘイルズ王子の乳母に選ばれたから、王宮でヘイルズ王子と一緒に過ごしてきた。前世の言うところの幼なじみってやつ。王族でないことも知っていたし、まわりも乳母の子どもって扱いだったから、身の丈はわきまえていたけどね。


「そうか」


 アランさんは短くそう言うと、黙った。


(話を続けろってことだよね?)


「…………、え、えっと……、今年の、花と蝶の姫の季節に行われるランカルメ祭のことを覚えていますか?」

「見に行っていないが、話だけは聞いている。ヘイルズ王子が初代王ロロキトに選ばれたやつだろ?」


 何の話をするんだと言う顔をしてアランさんが私を見る。私はふうっと小さくため息をつく。


 ランカルメ祭では、毎年、十六歳になる男子が初代王ロロキト役に、その相方魔術師マーリン役に同じ年の女子が選ばれる。今年はヘイルズ王子が十六歳だから、家柄的にも選ばれるのは当然なことなんだけど、魔術師マーリン役はヘイルズ王子がどうしても私じゃなきゃ嫌だと王様に直談判した。どうして、そんな我儘を言ったのか、私も知りたいところだけど、聞けずじまいのままだわ。



「それがどうかしたか? ……、あっ……、確か、魔術師マーリン役の女に壇上で突き飛ばされて大けがをして、ランカルメ祭は急遽中止になった……」


 私はエプロンの裾をぎゅっと握りしめる。思い出しただけで心臓がぎゅっと掴まれたような苦しい気持ちになるけど、事実を言わなきゃ。


「…………、その、魔術師マーリン役の女が私です……」

「は?」


 さすがのアランさんも目を大きくして聞き返した。


「…………、あの時、私、気が動転してしまって……壇上から逃げ出そうとして、ヘイルズ王子の手を振り払ったんです。それで、ヘイルズ王子はバランスを崩して、壇上から落ちてしまって……」


 

 レビンの匂いを嗅いで、前世のことを思い出したのは、二年前。といっても、あんこを炊いている時のおばあちゃんとの会話や、おばあちゃんの家やそういうことが多くて、だから、思い出したって言ったって、世界を変えるようなことはなかったし、そんな能力もなかった。 


 でも、ランカルメ祭のあの時 ―――壇上にのぼりつめた私は、言われた通り勺を祭司長に渡すだけだったはずなのに。


 ヘイルズ王子と私を、祭壇がある壇上で待っていた祭司長が、私の耳元で『探したぞ』って言ったんだ。


 底知れない恐怖と背中に悪寒が走る。


 だって、その声が、前世の私を殺したあいつの声とそっくりだったから。


 おばあちゃんちに行く途中、黒いロングロープマントをかぶったあいつが襲ってきたときの恐怖がまざまざと蘇ってくる。走って逃げても執拗に追いかけてきて、私を刺したあいつ。


 怖い。怖い。熱い。怖い。痛い。怖い……。


 現実を、前世の恐怖が取って代わってしまい……、私は気が動転してしまい、………、気がついた時には、ヘイルズ王子の手を振り払っていて……。


 ――――。


 壇上には、祭司長とヘイルズ王子と私しかいなくて、観客席は壇上から遠くて、だから、見ていた人は、私がヘイルズ王子を突き飛ばしたように見えたかもしれない。


 前世で襲われたあいつの声のせいだなんて理由を言ったところで、誰が信じてくれると思う?


 それに、唯一の目撃者である祭司長が、『突然、魔術師マーリン役の女がヘイルズ王子を突き落とした』と証言した。どうしてそんな嘘をつくのか、理由はわからないけど、私の証言よりもずっと信頼できるって大人たちは思うよね?


 だから、ヘイルズ王子が寝込んでいる間に、どんどん私の罪は大きくなり、いくら説明しても誰も信じてくれないし、今まで優しかったカロリーナ妃(ヘイルズ王子のお母様。第四夫人)も侍女たちも手のひらを返したように冷たくなったし。

 

 しばらくして、起き上がれるようになったヘイルズ王子が『シャーロットは突き飛ばしていない』と証言してくれても、もう、王宮に私の居場所はなくなってしまった。だから、貴族であることを捨て、平民として生きていこうって決心して、王都から逃げ出したんだ。(父様も母様も宮廷貴族の身分を返上して、私と一緒に行くと言ったんだけど断った)


 ヴァルコイネンを選んだのは、月白の塔の分塔(支店みたいな場所)がないから。祭司長とあいつの声がそっくりな理由はわからないけど、もう二度と、その声を聞きたくないもの。


 でも、そんな話をしても、アランさんが信じてくれるかどうかわからない。だから、うまく説明できるかわからない。だから、脳内だけの説明にしておく。


「突き飛ばしていないけど、誰も信じてくれなくて、……、そして、誰も信じれなくなって、……、それで、王都から逃げてきたんです」


 



 「俺は、ロッティが突き飛ばしていないことを信じる」


 そう言ってくれたアランさんの言葉に、思わず涙がこぼれてしまったのは仕方ないよね。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る