アランさんが『あんまん』推しの理由
「アランさんは常連さんですから……」
「そうか。催促したみたいで悪いな。しかし、何もなしというわけにもいかんから、………、そうだな、依頼を一つ引き受けよう」
「依頼を?」
パンケーキの対価が依頼だなんて、釣り合わない。アランさんのようなランクSの冒険者だったら、依頼に対する報酬は金貨が動くはず。
私が怪訝そうにアランさんを見ると、アランさんは「今すぐでなくてもいいぞ? 護衛でも、食材探しでも、魔物討伐でも、魔石採取でも、なんでもいいぞ?」と茶化すように言った。
「そうね。じゃ、お願いしたくなったらお願いするわ」
私も軽く言うと、さっき作ったパンケーキのタネをフライパンに流し込む。そして、火を弱火にしてプツプツと小さな泡立ってくるのをじっと待つ。
フライパンの中で少しずつ水分が抜けていくのを見ていると、さっきのアランさんの言葉が頭の中でリフレインする。
(もし、アランさんに夜逃げをしたいって言えば、引き受けてくれるのかな?)
プツプツっと泡が出たところで、えいっとひっくり返す。
(でも、もし頼むなら、ちゃんと話しなきゃだよね? だね)
パンケーキが返事をするように、ジュワー、プツプツと音を立てる。串をさして焼けているのを確認すると、パンケーキをお皿にのせ、あんことバターものせる。
「おまたせ、極上あんバターパンケーキです」
「あんことバターがパンケーキにのって、極上か。……、あんまんには負けるが、これはこれで旨そうだ」
(パンケーキを見ても、あんまんを引き合いに出すのかー。アランさんってブレないなぁ)
アランさんのあんまん好きに、思わず笑いそうになる。
「アランさん、ほんと、あんまん好きだよね」
「ああ」と言った後、すこし黙っていたアランさんが、小さく、「あんまんは、俺にとっては特別だからな……」とつぶやいた。
「特別って?」と思わず聞き返す。
アランさんはバターとあんこをパンケーキに挟むと、口の中に入れた。味わうように目を閉じて咀嚼して、ごくりと飲み込んだ。
「……、話するつもりはなかったのだが、……、ここに俺が来た日のことを覚えているか?」
「翠と風の若君の季節だったかしら? とにかく、土砂降りだったことは覚えているわ」
私は首を少し傾けて考える。
日付まではあやふやだけど、異常なほどぐっしょりと濡れたマントを着たアランさんが、店に飛び込んできたことは覚えている。炎のような真っ赤な髪がペタンコになって水滴がぽたぽたと落ちていた。どこか青ざめていたし。
それで、外見から、土砂降りの雨の中出かけていて、雨に濡れて冷えてしまっただろうって考えたんだ。それで、『あんまん』と温かいお茶をすすめたんだっけ。
「少し前にヒュドラ退治をして、その時、かなりの量の毒を浴びた。解毒はちゃんとしたんだが、それから何かの拍子に幻覚が現れるようになった」
「それって?」
「いろいろ調べたが、ヒュドラの毒にそんな作用があるとはどこにも書いてなくてな、もしかしたらヒュドラの呪いかもしれんな」
「そんな……」
「……、しかし、ランクSの冒険者が幻覚に怯えていると噂が立つわけにもいかなかったから、いつもは幻覚が治まるのをじっと待つしかなかった。あの時も、雨が引き金で、死んだ仲間が……」と言うと、その時のことを思い出したのか、アランさんがふるっと肩を震わせる。
でも、大きく息を吸うと、「お前、あの時、『あんまん』に祈りをこめただろう?」と言って、口角をあげた。
確かに、言われてみればそうかもしれない。『あんまん』を食べて身も心も温まりますように、そんなことを祈ったような気がする。アランさんが大きな体を小さくして、とても寒そうに震えていたんだもの。
「悪夢のような幻覚の中、なぜか、『あんまん』は旨そうに見えたんだ」
(それって、いつも、あんこを炊くときに『おいしくなあれ』っておまじないを唱えているから?)
「それで、恐る恐る『あんまん』を齧ると、心の奥がほんわかと温かくあってな。少しだが幻覚が消えたんだ。おまけに、『あんまん』をもっと食いたいと思った」
アランさんがお皿に残っていたあんこをフォークですくうと口の中に入れる。
「あんこは冷めても旨いな。……、おそらく幻覚のせいだろうが、あの頃の俺は、何を食べても泥を食っているようでまずかったし、食いたいという気持ちにもならなくてな。生きるためには携帯食のケークさえ食っていればいいと思っていた」
携帯食のケークは、ぱさぱさのパンみたいなもの。味はしないし、口の中はもさもさする。ただ、栄養価は高く、それさえ食べらば空腹を抑えられる。でも、それさえ食べていればいいだなんて……。
いつもあんまんを旨い、旨いと言って食べているアランさんからは想像もできない。
「しかし!」と大きな声で言うと、アランさんが真顔で、私を見た。
「今じゃあ、エールもパンケーキも旨い。すべては、『あんまん』のおかげだ。『あんまん』は俺の人生を取り戻してくれた。だから、俺は、お前の味方でありたいと思っている」
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