自分の食べたいものを持ってこられても困るんですけど(3)

(また来るって、どういうこと? 黙っていなくなったから罪が増えたの??)


 こんなことなら、昨日のうちに夜逃げしておけばよかった。


(でも、どうして、ヘイルズ王子は、オスマンサス様やみんながいるところでは、私の正体を知らないふりをしていてくれているんだろう? やはり、私がシャーロット=リシューだということはバレてはいけないの??)


 心臓がどきんと跳ねる。


 (どうしよう。王都に連れ戻されるのかなあ)


 ヘイルズ王子とちゃんと話せばよかったかもと思ってみたけど、今更、何を話せばいいのかもわからない。私は王都を、王宮を、あの場所を逃げ出したんだ。ヘイルズ王子は気にしないって言ったけど、私のせいで大けがをしたんだもの。


 両手で顔を覆っていろいろ悩んでいると、コホンと咳払いをする声が聞こえてきた。


(あちゃー。アランさんいたんだった)


 私は精一杯笑顔を作ると、アランさんの方をむいて、頭を下げた。


「アランさん、ありがとう。お陰で助かりました」

「それはよかった」


 アランさんがふくみ笑いをしながら、オスマンサス様が座っていた場所に座る。


「それにしても、人気者は大変だな」

「からかわないで下さい。本当に大変だったのですから」


 私はアランさんにもミンティアのお茶を出す。アランさんが「お、緑色のお茶か。珍しいな」と言いながら、お茶を口に入れた。


「そうか? あの二人を相手に、うまく対応していたように見えたぞ?」

「そんなことありませんよ。もう、何がなんだか……」と私は首を振る。


 朝起きたら、『ひつじぐも』の店内に、オスマンサス様とヘイルズ王子が立っていたんだ。びっくりしないはずがない。

 

「オスマンサス様のことか? オスマンサス様は、普段は、オーヴァレヌ伯爵に仕えている文官デューゼと名乗っている。季節を司る高貴な人々は、よほどのことがないと本当の

姿を現さない。


 だから、初めてこの店に来た時の様に、自分の身分を隠さないで現れたほうが珍しい」

「アランさんがオスマンサス様と普通に話しているから、ヴァルコイネンでは、おとぎ話の中の出来事が普通に存在するんだと思ってました」


 アランさんははははと笑う。


「ははは、ヴァルコイネンでも、オスマンサス様の名前を呼べるのは、数えるくらいしかいないぞ?」

「そうだったんですか……」

「ロッティは、オスマンサス様のお気に入りなんだぜ? 今朝も、ヘイルズ王子が『ひつじぐも』に行くために、朝早くプナイネンの森にリンコウを採りに行ったと知って、慌てて出ていったと伯爵が言ってたから」

「はい?」

「ヘイルズ王子に負けたくなかったんだろう」


 確かに、リンコウも、マロッサも袋いっぱいだ。貴族らしい偽善に満ちた笑顔を張りつけて、二人ともお互いやりこめようという感じだった。

 ヘイルズ王子は王都からの調査団のリーダーだから、オスマンサス様が目の敵にするのはわかる。


 (でも、どうして?)


 私が首をひねっているのに、アランさんはにやにやしている。


「昨日、デューゼの木の下で、焼きリンコウをヘイルズ王子達にあげただろ? あのせいだと思うぞ」

「あれは、なりゆき上、仕方なく……」

「リンコウを採りに行ったと聞いて、ヘイルズ王子が自分の好きなものを持っていくと思ったんだろう。そして、そのリンコウを使って美味しいものを作ってもらうんじゃないかと勘違いして、居ても立っても居られなくなったんじゃないか? 自分も作ってもらう約束をしているから、自分も食べたいものを持っていかなくてはと思ってさ。ほら、オスマンサス様って、ものすごい食いしん坊だから」と、アランさんが笑う。


「そんな理由で? だいたい、ヘイルズ王子は自分が食べたいものを持ってきたわけではないと思うんですが……」

「オスマンサス様の考えることは俺らとは違うからな。おそらく、そんなものだと思うぞ?」


「はあぁぁぁぁ」と私は気の抜けた大きなため息をついた。


「それに、ヘイルズ王子はヘイルズ王子で、オスマンサス様がロッティに想いをよせているとでも思ったのではないか?」


「はあぁぁぁぁぁ??」と、今度は、尻上がりな声を出してしまった。アランさんにもあんバターパンケーキを振る舞おうとフライパンを持っていた私は、危うくフライパンを落としそうになる。


(なんですか? その桃色な発想は!)


「お前の店に来る途中で、自分と同じように大きな袋を持って、店にむかってるのを見たんだ。オスマンサス様もお前を気にしていると思って、慌てたんだろうよ」

「はい?」


(その慌てる理由がわからないんですけど?)


「ジュードのやつ、店に入った時、目で殺されそうなくらい怖い顔で、ヘイルズ王子に睨まれたって言ってたからなあ〜」

「ジュードさん、来た途端、袋を置いて出て行ってしまったんです。お礼もいう暇もなかったです」


 ジュードさんが置いていった袋を見る。


「だろうな。相手が王位継承権を放棄した第五王子とはいえ、王子だからな。勝ち目がないと思ったんだろう」

「みなさん、何か勘違いしてません?? 私とヘイルズ王子と私の関係はそんなんじやありませんよ?」


「やはり、知り合いだったのか……」というアランさんの言葉に、自分からバラしてしまったと気がついて、私は口を両手で塞いだ。それを見て、アランさんが笑い出した。


「まあいい。人間誰でも秘密の一つや二つあるからな。……、そういえば、さっきからフライパンを持ったままだが、俺のために何か作ってくれるのか? さっきヘイルズ王子が食べていたのは、パンケーキのようだったな。俺は他のやつらと違って何も持ってこなかったが、作ってくれるのか?」






 





 


 

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