自分の食べたいものを持ってこられても困るんですけど(2)

「ごめん。なんか僕……」


 ジュードさんは、持ってきた袋を入り口に一番近い机の上におくと、静かに扉を閉めて出ていった。


 (私も逃げ出したかったのに……)


 オスマンサス様とヘイルズ王子はお互いそっぽをむいて立っている。何が気に入らないのかさっぱりわからない。


 (こうなったら丁重におもてなしをして帰ってもらおう)


 そう決めて、私は二人に声をかけた。


「お茶とお菓子を用意しますので、お二人とも座りませんか?」

「「……ああ」」


 オスマンサス様とヘイルズ王子はそれぞれの机に座った。やっぱり、仲良く話をするつもりはないみたい。二人とも黙っている。


 見えないように、ため息をつくと、私も黙って、火の魔石をコンロに入れて、お湯を沸かし始めた。しゅんしゅんとお湯が沸く音だけが店に響き渡る。ガラスのポットにミンティアの葉を入れて、お湯を注いで蓋をする。透明なお湯が少しずつ色を変えていく。


 (この時間好きだなぁ。少しくらい現実逃避してもいいよね)


 かすかなミンティアの香りに気がついて、「ミンティアか?」とオスマンサス様が片方の眉をあげた。


「はい。翠と風の若君の季節に種をまいたんです。とても香りのいい葉がたくさん育ったので、摘んで、お茶にしてみました」


 王都にいるときも自分の屋敷でミンティアを育てていたんだけど、なんか、違うのよ。香りが濃いというか、葉が青いというか。


「ほう」とオスマンサス様が目を瞬かせる。


「やはり、翠と風の若君の季節に種を植えたのが正解ですね。翠と風の若君の季節にぐんぐんと成長して、豊と実りの王の季節の寒さでぐっと香りが凝縮されたような気がします。生のミンティアの香りは、市場に出回っている乾燥したミンティアの葉の香りと雲泥の差です。色も緑が濃くて爽やかな感じがします。これだけでお茶にして飲もうと思いますもの」

「そうか」

「ふふふ。つまり、生のミンティアの葉のお茶は、今の季節しか飲めない贅沢なお茶ということになりますね」

「ほほう。今の季節しか飲めないお茶か」


 『今の季節しか飲めない』と言われて、オスマンサス様は口角をあげて、嬉しそうな顔をした。 


「お菓子も用意しますから、少しの間、ミンティアのお茶を飲んで待っていてくださいね」


 ミンティアのお茶がはいったカップをオスマンサス様とヘイルズ王子の前に置く。ヘイルズ王子は不思議そうにお茶を見ている。


「黄緑色のお茶は、初めてだ。この色は、生のミンティアだから出る色なのか?」

「そうです。少し青臭いかもしれませんが、美味しいですよ?」

「そうか」


 嬉しそうな顔をしてミンティアのお茶を飲むオスマンサス様に対して、ヘイルズ王子は恐る恐るカップに口をつけている。


「確かに、いつも飲んでいるお茶とは違うが、……、これはこれで……いいな。豊と実りの王の季節にしか飲めないお茶か……」


 ヘイルズ王子が、何か考えるようにじっとカップを見ていた。



 二人がお茶を飲んでいる間にお菓子を作る。小さなパンケーキを焼き、あんことバターをのせる。極上あんバターパンケーキの出来上がり。


(あんことバターの組み合わせって最強だよね! あんこの優しい甘さとバターの塩気が混ざり合って、あんこだけ、バターだけの時とは違って、二倍にも三倍にも美味しくなるもの)


「これは?」

「パンケーキにあんことバターをのせました。今日は熱くないあんこです」


「ふむ」と言って、オスマンサス様は優雅にナイフでパンケーキを切って口の中に入れた。


「こ、これは!!」


 オスマンサス様の目が大きくなる。


「熱くないあんこはどのような味わいを奏でてくれるかと思っておったが……、私の想像をはるかに超える美味しさだ。熱いときは甘さが主張していたが、冷めるとレビン本来の優しさが感じられる。それに、あんこの甘さをバターの塩気が引き立ておる。ここは、一つ、歌をだな……。レビンから生まれた夜の宝石が、つばめに恋を―――「デューゼ様?」」


 オスマンサス様の言葉を遮る。


「歌は………、また、次回にお願いしてもいいですか?」

「なぜだ?」と不思議そうな顔をする。


 仕方ないので、私はちらりとヘイルズ王子のほうを見る。ヘイルズ王子が怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。オスマンサス様もヘイルズ王子の存在を思い出して、コホンと咳ばらいをした。


「コホン……、そういえば、アランは、このあんバターパンケーキを食べたことがあるのか?」

「いえ、まだ、ふるまったことがないんです」

「ほお? そうか。アランも食していないのか。それは、いいことを聞いた。……それにしても、美味いな」


 美味しそうに食べているオスマンサス様に対して、ヘイルズ王子はナイフとフォークを握りしめて固まっている。


「これが、あんこか。まるで、泥のようだな」

「あんこは、レビンを炊いて作ったものです」

「炊いた?」

「煮たと同じような意味です」

「それで、茶色のか」

「そういってしまえばそうですが、甘くて美味しいですよ?」

 

 レビンを炊いて作ったあんこに対して、外見で拒否反応をする人は多い。ここで、『あんまん』を売り出した当初は、泥を食わせるなんてひどい奴だと、怒鳴られたこともある。だから、初めてあんこを見たヘイルズ王子の様子を見てもそんなに腹は立たない。食べ物の美味しさは半分は見た目だと思う。私だって青い食べ物とか内臓とかは躊躇するから。


「食べないのなら店から出ていけ」とオスマンサス様が、にやりと口角をあげる。ヘイルズ王子を追い出して、ヘイルズ王子が食べなかったあんバターパンケーキを食べる気だ。見れば、オスマンサス様の前に置かれたお皿には何ものっていない。


 ヘイルズ王子はぐっと眉を顰めてオスマンサス様を睨みつける。


「ロッティが美味しいと言うのだから、間違いない」と言うと、難しい顔をして、あんこがのったパンケーキを口に入れた。


「もぐ…………、………、あ、あまい、………、あまい……」

「ヘイルズ様。無理しなくても……」

「いや。確かに、甘くて美味しい」

「本当に?」

「ああ。………、泥だなんて言って悪かった」

「まあ、見た目が見た目ですから、そういわれることもあります。あまり気にしていません」

「そうか……」


 今度は、バターをあんこにのせ、それをパンケーキにのせ、口に運んだ。


「悔しいが、デューゼ殿が言うように、バターの塩気であんこの甘さが奥深くなるような気がするぞ」

「ふん。私は正しいのだ」

「そうだな。……歌を歌いたくなるくらい美味しいことは認めよう」

「そうか? ヘイルズがそういうなら、披露せざるを得ないな。コホン、……、レビンから生まれた夜の宝石がつばめに恋をした。つばめは空高く飛び歌をうたい――「デューゼ様も、ヘイルズ王子も、こんなところにいたのですか!!」」


 扉がバタンを開いて、今度は、アランさんが入ってきた。手には何も持っていない。


「せっかく、歌を披露していたところだというのに、アランは無粋なやつだな」


 オスマンサス様が眉を顰める。

 

「オーヴァレヌ伯爵が探していましたよ。文句なら、オーヴァレヌ伯爵に言ってください。俺はただの伝令ですからね! 狂鼠の件で、少しですが進捗があったようです」

「そうか。ならば館に行かねばならないな。ロッティ、今度はマロッサのお菓子を頼むぞ」


 オスマンサス様は立ち上がると、「わかりました」という私の返事も聞かずに、さっさと出ていった。


(ほんと、自由人なんだから……)


 一方、ヘイルズ王子は残りのパンケーキを食べ終えると、のろのろと立ち上がった。「また来る。今日はすまなかった」と言うと、ヘイルズ王子も私の言葉を聞かずに店を出ていった。



 

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