自分の食べたいものを持ってこられても困るんですけど(1)

「冷えきった体にはこの熱い果汁がちょうどいい。凝縮された甘さは疲れきった我らには最高の食事だ。忘れられない味になりそうだ」


「それは、よかったです」と言おうと口を開いた時、ざわざわざわっと茂みが揺れ、騎士たちが、警戒の色を強めて立ち上がった。でも、茂みから出てきたのは、オーヴァレヌ伯爵と辺境騎士団。


「思った以上に早かったな」とヘイルズ王子が言うと、「疾風はやて(足がとても速い足が八本の魔馬)が人も乗せずに、館に来たのですから、何かあったと思うでしょう? ……、ご無事でなによりです」と、オーヴァレヌ伯爵が、ちらりとデューゼの木を見てから、胸に手をあてて頭を下げた。


(オスマンサス様からここにいるって聞いたのかしら……)


 アランさんの方を見ると、指に手を当てて小さく頷いた。


(オスマンサス様達のことは内緒ってことね)


 私も小さく頷き返す。


 ヘイルズ王子は立ち上がると、「いや」と言った後に、少し唇を震わせ、「……優秀な騎士を三人失った……」と言葉を続けた。


『月への旅路が安らかであらんことを』


 その場にいたオーヴァレヌ伯爵はじめ騎士達も私も同じように、胸に手をあてて死者を悼む。


「……、プナイネンの森を出て……、報告にあった、ガルーダユーユ草原でヴァルコイネンにむかっていた商人のキャラバンが襲われた場所を見てみたいと疾風はやてを降りた。私が降りてみようと言わなければ、失われずにすんだ命だ」


 とても苦しそうな顔をして、ヘイルズ王子が言った。後悔してもしきれないという思いがひしひしと伝わってくる。


 ヘイルズ王子は大きく首をふると、高台からまわりを見渡した。目の前にはレビン畑が、その向こうには赤や黄色に染まった木々が見える。さわさわっと風が巻き上がりデューゼの木が揺れ、金色の花がひらひらと落ちてくる。ヴィー様がどこかにいそうな気配がするから、赤茶色のゆるくカーブした髪を探すけど見つからない。


「…………、これで、雪鼠の犠牲者は十七人になる。やはり、月白の塔の言う通り、街道だけでも月白の塔にある魔石で空を制御したほうがいいのだろうか」


 小さな声でヘイルズ王子がつぶやいた。オーヴァレヌ伯爵には聞こえたんじゃないかなっと思うのだけど、オーヴァレヌ伯爵は眉ひとつ動かさずに黙っている。


「…………、この景色は王都では見られない美しさだ。木々の色は多彩で、空は高くて青い。それに……、焚火で焼いたリンコウも美味しかったしな」


 そう言うと、ヘイルズ王子が私の方を見た。風がきゅるるっと落ちてきたデューゼの花を躍らせる。


(やっぱり、さっきからの風はヴィー様の起こした風だと思うんだけど、出てくるつもりはないのね)


「……、さて、ヴァルコイネンに行くとするか。オーヴァレヌ伯、私の疾風は?」

「連れてきております」

「ロッティ、行くぞ」


「私達は」と言いかけたところで、ヘイルズ王子がぐいっと私の腕をとった。いたずらっ子のような顔をして、私の耳元で囁いた。


「嫌とは言わせないぞ。シャルロット=リシュー」


 (ぎゃーと叫ばなかっただけ偉かったと明日の私よ、褒めて!!)


 それから、ヘイルズ王子に抱きかかえられるように疾風にのり、ヴァルコイネンに着いたみたいなんだけど、なにが起こったのかさっぱり覚えていない……。





 (昨日の私!! 何をした??)


 採ってきたレビンをさやから取り出して乾燥させようとウキウキした気持ちで階段を下りてきたと言うのに!


 (絶対に、褒めてなんかやんない。昨日の私!!)


 キッチンカウンターの前には、レビン、マロッサ、リンコウの袋が置いてある。どれもこれも袋一杯にはいっている。

 レビンは私が採ってきたものだからわかる。でも、リンコウは半分近く食べてしまったし、マロッサについては採ることもできなかったのにだ。


 極めつけは、ヘイルズ王子、オスマンサス様がキッチンカウンターの向こう側ににこやかに立っているじゃない!


 オスマンサス様はこの前の服装とは違って、オーヴァレヌ伯爵家の文官の服装を着ている。ヘイルズ王子も平服だ。二人とも身分を隠しているのが手に取るようにわかる。


(なぜ、二人揃って、にこやかに笑って、そこにいる??? だいたい、オスマンサス様―四季を司る高貴な人々は王都の人間の前には姿を現さないんじゃないの? だから、文官の服を着て人間に化けてるの? それほどまでして、なぜここにいる? ヘイルズ王子もヘイルズ王子だわ。私が王都から逃げ出した理由を知っててどうして関わりを持とうとする? )


 疑問と驚きでいっぱいだけど、それを口に出せず、私は固まるしかない。


(できるなら考えることを放棄したい! 誰か助けて!!)


「おはよう、ロッティ」

「昨日は楽しかったね、ロッティ」


 オスマンサス様とヘイルズ王子の声が重なる。私はそのまま踵をかえして二階にあがりたい。でも、逃げてもダメだってこともわかる。多分、二人は、わたしのことを問い詰めに来たのではなくて、自分が食べたいものを持ってきたに違いない。


(そういえば、ヘイルズ王子も、美味しいものには目がない人だった……)


「私との約束を覚えているかい? 一昨日交わした、マロッサで新しいお菓子を作ってくれるっていう約束。昨日いろいろ邪魔がはいって採りに行けなかったみたいだから、私が代わりに採ってきたんだよ。これで、作れるだろ?」

「これは、昨日のお礼だよ。朝早く、プナイネンの森まで行ってきたんだ。そうそう、この辺のリンコウは、今年は落果して採れなかったらしいね。だから、昨日、プナイネンの森まで採りに行ったんだと言っていたね? そんな貴重なリンコウを分けてくれるなんて、ロッティの心の広さに感動してしまってね」


 二人が、お互いを無視するように、同時に話す。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。お一人ずつお話していただけませんか? えっと……」


「デューゼだ」とオスマンサス様。

「ヘイルズで構わない」とヘイルズ王子。


「わ、わ、わかりました。デューゼ様とヘイルズ様。それでは、デューゼ様はマロッサを、ヘイルズ様はリンコウをお持ちくださったのですね。ありがとうございます。しかし、肝心のレビンはまださやに入っていまして、これから、これを乾燥させて、それから、ということになります」


「レビンをどうするんだい?」とヘイルズ王子が聞くと、オスマンサス様が勝ち誇ったかのように「君は、あんまんを知らないのかい? それは気の毒に」と言う。


「あんまん? なんだい、それは。ロッティが昔作ってくれたケーキみたいに美味しいものなのかい? 」とヘイルズ王子がにっこりと笑いながら言い返すと、「ロッティはケーキも作れるのかい? それは初耳だ」とオスマンサス様が目を大きくする。


(だめだ。食いしん坊が二人というこのカオスな状態……。しっかりしなきゃ。今日の私!!)


 この収拾がつかない状況をどうしようかと悩んでいたら、バタンと大きな音を立てて扉が開いた。そこには袋を持ったジュードさんが立っていた。


「おはよう! ロッティ!! 昨日、コナの実が欲しいって言っていただろ? だから、すねているシルビアを誘って採ってきたんだ。それにね、他にも教わった薬草を採ってきたよ。気に入ってもらえるかなぁ……」




 



 








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