あたらしいレシピは『白玉ぜんざい』

王子は焼きリンコウが食べたい

「火が見えたからだよ。体の芯まで冷えきっている我らも火にあたらせてくれないか? それにとても美味しそうな匂いがする」


 そう言ったのは、ぐっしょりと濡れた青い騎士服を着たヘイルズ王子。私は慌てて立ち上がって頭を下げた。


(どうしよう。どうしよう。どうしよう……)


 緊張で顔がこわばっていくのがわかる。


(そりゃ、その名前を聞いたときは、元気かなー とか 怪我治ったかなーとか思ったけど……、でも、正直、会いたくなかった。遠目で見かけるだけでよかったのになぁ……) 


 ドクン ドクン


(私のことばれてる? ばれてない?)


 耳元で鳴り響く心臓の音がどんどん早くなる。私は、動揺を隠すために強く手を握りしめて、ぎゅっと奥歯をかみしめる。


「だからダメだって言ったでしょう」と、アランさんが私をかばうように私の横に立った。そして、「大丈夫。緊急事態だし、恩を売るチャンスだから」とそっと耳打ちをする。


(恩を売るチャンス? そんな風に考えてもいいの?)


 アランさんが隣に立ってくれたおかげで、気持ちが少しずつ落ち着いてくる。心臓は相変わらずバクバクしているけど、考えられないほどじゃない。


(それに、ヘイルズ王子はあの時だって、私をかばってくれた。だから、もしもばれても大丈夫。きっとうまくいく)


 下を向いていた顔を少しずつあげる。顔が引きつったままだけど。


 目の前には、「あのまま救助を待つのも、ヴァルコイネンの街まで歩くのも嫌だったんだ」と、肩をすくめ、心底嫌そうな顔をしているヘイルズ王子が目の前に立っていた。


「じゃ、せめて俺がこいつらに説明するまで待ってほしかったです。……、急に王子が現れて、おびえているじゃありませんか。民間人からすると王子は畏れ多い存在なんですよ? わかっています?」


 アランさんが、私の引きつり顔を恐れ多くておびえていると表現してくれたおかげで、気持ちが楽になる。


「だって、こんなずぶ濡れなんだよ? はやく、暖かい火にあたりたいじゃないか」

 

 ぐっしょりと濡れた金色の髪を触りながら、話すヘイルズ王子。髪から水滴が落ちていく。


「…………ど、ど、どうぞ」と糸のような細い小さな私の声を拾ったヘイルズ王子がにこりと微笑む。


「そうかい? 助かるよ」

「い、い、いえ………、と、当然です」


 私は胸に手をあてて頭をさげる。


「そんなに恐縮しなくてもいいよ。王都からヴァルコイネンに行く途中に、雪鼠に遭遇してね。この季節の雪鼠は凶暴で、かなり苦戦していたんだ。そこに、アランが駆けつけてくれて、魔剣グラムの炎の竜が焼き払ってくれた。おかげで、九死に一生を得たよ」


(狂鼠! 討伐しきれていなかったんだ)


「いや、途中で、雨が降ったのが幸いしたんだ。俺一人の力じゃない」とアランさんが、耳打ちする。


(さっきの雨!! あれが雪を溶かしたんだ!)


「そうなんだ。雨は鼠の降らせた雪を溶かしてくれたのだが、我らもずぶ濡れになってしまってね。このままの恰好でいたら、せっかくアランに助けてもらった命を失うかもしれない。そんな我らに、君は暖かい場所を提供してくれるという。体の芯まで冷えきった我らにとっては、君も恩人だ。なあ、みんな」


 ヘイルズ王子が振り返り、茂みの方に声をかけた。「「おぅ!!」」といくつか声が重なる。ヘイルズ王子の護衛の騎士様達に違いない。


「だから、我らを怖がることはない」

「………あ、ありがとうございます。…………、お、王子様も騎士の皆様も暖かい場所で暖をお取りください」

「礼をいう。……、名は?」

「ロ、ロッティです」

「ロッティか。よい名だ。みんな、出てきて火にあたるといい。ロッティの許可がおりたぞ!」





 

 ヘイルズ王子が焚火のまわりにおいた串刺しのリンコウを指さした。


「それはリンコウだな?」

「はい」

「まじないの一種か?」

「いえ、食べようと思ってました」

「そうか。どうりで美味しそうな匂いがしていたわけだ」


 ヘイルズ王子が、リンコウの焼ける匂いを吸い込もうと、わざとらしく大きく息を吸う。

 

(この流れって、食べたいって言っているのよね。ここに現れた時も『美味しそうな匂いがする』って言っていたし)


「お食べになられますか?」


「いいのか?」と前のめりに聞いた割には、「いやいや、ロッティが食べようと焼いていたものを私がもらうのも……」と言う。


(全然、遠慮していないし。食べたいって言ってるし。アランさんをはじめ他の騎士様達も前のめりで私の方を見てるし)


「わかりました。リンコウはたくさん採ってきたので、みなさんも食べられるよう、焼きリンコウをたくさん作りましょう」


 私は、袋からリンコウを取り出すと、枝を串にして、リンコウをさして火にかざした。


パチパチパチ。火が爆ぜる。


 ヘイルズ王子も騎士様達も無言でじっと火を眺めている。


パチパチパチ。


 雨はやみ、デューゼの木から見上げた空には、雲一つない空が広がっていた。


 冷えきった体がほぐれてきたのか、ヘイルズ王子達は首を左右に動かしたり、五本の手の指を伸ばしたり曲げたりし始めた。


「もう、食べられると思いますから、おひとつ、お召し上がりください」

「ならば、俺が毒見を!」

「いや、僕が!」

「わたくしめに、その役目ぜひ!」


 がやがやがや。


「えええい。うるさい!」と言いそうになるのをぐっと抑え、「一人一つずつあります。おひとつずつどうぞお召し上がりください。王子の毒見は私がします」と叫んだ。


「その必要はない」とヘイルズ王子が笑って、一番近くにあった串を取り上げる。


「そうですか。では」と私も串をひとつ握りしめる。


がぶりっ。


 生のリンコウの皮はナイフで削がないといけないくらい硬かったけど、焼いたリンコウは歯をたてると、焼き芋の皮みたいにパリパリっとした食感に変わってリンコウの果肉から簡単に外れた。中から、熱い果汁がじゅわっとあふれて、手を伝わり、ぽたり、ぽたりと地面に落ちる。生のリンコウの果汁は薄い黄色だったのに、焼くとその色が橙色に近い黄色に変わっている。「あちっ」と声があちこちから上がる。


(あちっ。でも、もったいない!)


 慌てて、果汁が零れ落ちないよう口をあてる。


(あまーい!!! 甘さが凝縮されているじゃない!)


 シャリっとした食感はとろっとした食感に変わって、口の中にまとわりつく。


「旨い!!」

「生きててよかった!」

「あいつにも食わせたかったっ」


 がやがや


「焼いたリンコウをそのまま食べたことはなかったが、美味しいものだな」


 先に食べ終えたヘイルズ王子が焚火を見ながら。しみじみとつぶやいた。


「冷えきった体にはこの熱い果汁がちょうどいい。凝縮された甘さは疲れきった我らには最高の食事だ。忘れられない味になりそうだ」


 

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