閑話
ジュード視点 雪鼠襲来
(時は少し戻り……。ジュードとアランが別行動になった理由)
◇
「ふーん。そうなんだ。じゃ、ロッティ、一緒に行こう!!」というシルビアの声が聞こえてくる。
「おい、ロッティが走って行ってしまったぞ?」
麻袋に重量操作の魔法石を結びつけていた僕に、アランが近寄ってきた。
「シルビアも一緒だし、大丈夫じゃないかな。行き先は僕もさっきリンコウの木の上から見たからわかっている」
「そうか」
「西にまっすぐだ。その先にはデューゼの木の高台がある」
「あそこか。なら安心だな。……、そのリンコウがいっぱいにはいっている袋、重たいだろう。俺が持つぞ」
アランが、麻袋を持とうと手をのばす。僕は首を振って断る。
「剣士のアランに頼めない。いざという時に遅れがでると困るし。それに、僕にはこれがある。問題ない」
袋に結びつけた灰茶色の重量操作の魔法石を見せる。
「見かけない魔法石だな」
「土の魔法石を改良した人造魔法石。仕事がら、重いものを持つ機会が多くてね。僕って非力だろ?」
僕は、笑いながら自分の腕をまくって、ちからこぶを作って見せる。
「そうか。……、人が作ったのか」
僕の言い方が癇にさわったのか、アランが一瞬眉をよせた。話題を変えた方がよさそうだと判断した僕は、今まで考えていたことを口にした。
「それより、さっき、ロッティが気にしていたコナの実を採りに行かないか?」
僕は、来た道を指さす。
「まあ、見たのは初めてだって言っていたからな。採って行ってやればものすごく喜ぶかもしれんな」
「ダメだって言ってしまったから、ずっと反省していたんだ。ロッティのことだから、一心不乱にレビンを採るだろうから、場所を移動するとは思えない。僕とアランで、ちゃちゃっと取ってくれば問題ないかなって」
「まあな。デューゼの木が見下ろす場所なら、この季節ならオスマンサス様の加護もある」
「それに、レビンは、悪魔祓いの
「だな」
僕とアランは、来た道を急いで白いコナの実を採りにもどった。
◇
「あ、あそこ!」
「ああ」
「やっぱ、登らなきゃだめか」
「そうだな」
思った以上に、コナの実は高いところにあった。登って取ろうと思うが、足場となる枝がない。おまけに、木肌がつるりとしている。どうやって登ればいいだろう。コナの木を下から見上げて考える。
「おい」と急にアランに腕を捕まれた。びっくりしてアランを見ると、アランは魔剣グラムを握りしめ、藪の中を睨んでいる。藪を見ろと顎をしゃくる。
ガサガサ ガサ………ガサ………
草が鳴る音がする。
(何だ?)
アランが、お前はそこにいろと目くばせを送ってくる。僕は小さく頷いて了解したと合図をおくる。アランがブンと魔剣グラムをふる。魔剣グラムの魔力をうけた草が、ぼわっと赤く光る。
ガサ………ガサ………ドサッ……。
青地に赤をさしたコートを着た人物が藪から現れると、どさりと倒れた。背中の紋章は、王国のもの。赤は血の色、青は第五王子が騎士団長の第三騎士団の色。
「おい!」
アランは魔剣グラムをしまうと、騎士に駆け寄り抱き上げる。僕も慌てて、そばにかけより、その手を握る。氷のように冷たい手。濡れた髪。冷えきった体。朦朧としている意識。僕も必死で呼びかける。自分の手を騎士に当てて血が止まるよう必死で祈る。しかし、僕の祈りをあざ笑うかのように手や足からでた血が地面にどんどん吸い込まれていく。
「おい! しっかりしろ!! 狂鼠にやられたのか!! おい!!」
アランが叫ぶ。朦朧としている騎士がわずかに目をあけた。
「………、助けて……、王子……」というと、また目をとじてしまった。
「おい!! ヘイルズ王子がいるのか?! おい!! しっかりしろ!! 」
アランが騎士の身体を大きくゆさぶる。意識が戻らなければ死だ。僕も大きな声で呼ぶ。
(死なないでくれ! お願いだから! 死なないでくれ!!)
騎士が目を閉じたまま、だらりと下げていた手を重たそうに持ち上げて、北の方角を指す。そして、その手は不自然に、力なく落ちた。
「「おい!! おい!! おい!!!!!!」」
アランが小さく首をふり、騎士を地面に横たえた。
(くそっ…………)
僕は泣きそうになりながら、世界樹の楽園に旅立った騎士の顔をふき、手を組ませ、祈りを捧げる。袋からリンコウをひとつ取り出すと、その胸にのせた。
僕が顔をあげると、北の方角を睨んでいるアランがいた。
「ジュード。俺はこれから、王子を助けに行く。お前はロッティのところに行って『ひつじぐも』にもどれ」
「…………わかった」
僕もアランと一緒にいて鼠をやっつけたいと思うけれど、それは無謀だ。
今日は、行き帰りは転移魔法陣で移動して、ロッティの好きな果物をとりに行くだけと思っていたから、魔法石をひとつも持ってこなかった。自分の準備不足を嘆いてみても始まらない。タラレバの後悔は無事に家に帰れたら思いっきりしようと心に誓う。
冒険者でも騎士でもない僕にできることは、逃げること。アランの足手まといにならないこと。
キキキ キシキシ キキキ
高音の耳障りな音が森の中に響き渡る。狂鼠がお互いを呼びあい、吹雪をおこす呪文だと言われている音だ。
キキキ キシキシ キキキ
粉雪が風に乗って、僕らの足元に落ちてきた。藪のせいで、鼠がどこにいるかわからない。ぞわりと背筋が寒くなる。
「ジュード、お前、剣は?」と、アランが騎士が持っていた剣を僕の方に差し出した。
僕はそれを受け取ると、騎士にむかって「リンコウと交換だね。剣の対価にしては安い? それなら、今度、君の刀は僕が作ってあげるよ。僕、ヴァルコイネンで刀鍛冶師をやっているんだ」と笑った。きっと、旅の途中の彼も笑っているに違いない。
鞘を放り投げて、ぶんと振ってみる。第三騎士団の剣だけあって、軽くて扱いやすい。いい刀鍛冶師に研がれて磨かれている剣だ。僕の命を預けるには十分。
「まあ、死にもの狂いで頑張ればなんとかなるっしょ。それよりも、王子に死なれては大変だ。だから、アランは王子を助けにいくべきだよ。僕は僕のできることをしてロッティのところに絶対に行くから心配するな」
僕はリンコウの袋を担ぐと、ロッティがいる方角を見た。
「わかった。幸運を祈る!!」
アランはそう言うと、魔剣グラムに炎をまとわせて藪の中に走り去っていった。
◇
アランと別れてから、雪がどんどん吹雪いてきて、鼠が飛びついてくる。それを斬り、僕は必死で走りに走った。意識が朦朧としていくけれど、足を動かし、手を動かし………もうだめだと思った瞬間、僕は、胸のポケットに手をあてて、古い言葉を口にしていた…………。
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