デューゼの木の下で
デューゼの木の下にいたのは、泥だらけ、血だらけのジュードさんだった。リンコウのが入った袋に覆いかぶるように倒れこんでいる。
「ジュードさん!!!」
私は慌てて、ジュードさんに駆け寄る。
(ひゅあっ ……つ、冷たい!!)
ジュードさんの背中は思わず手を引っ込めてしまいそうなくらい冷たい。その茶色い髪も深い緑色のコートも氷の様に冷たい。慌てて、ジュードさんの肩に手を回して体の向きを変えようと力を入れる。でも、ジュードさんの重さに耐えれなくて、どさりとジュードさんを抱きかかえたまましりもちをついた。左腕にジュードさんの重みがずしりとくる。
(うう……、冷たすぎる! まるで氷をのせているみたい)
「……ぐふ…………」
寒さからか痛みからか、紫色になったジュードさんの唇がわずかに動く。あまりの重たさと冷たさに覚悟を決めていた私はほっと息をつく。
(よかった。生きている)
でも、ジュードさんの耳も鼻の先も真っ赤に腫れている。
(凍傷? どうして?? )
持っていたハンカチで力がはいらないよう気をつけながら、泥と血で汚れたジュードさんの顔を拭く。一瞬、さっきリンコウジャムだらけのヴィー様の口を拭いたことが頭をよぎったけど、それどころじゃない。
それから、怪我をしていないか、ジュードさんの足の方を見る。服はあちこち破れ、魔物の緑色の血と人間の赤い血がこびりついているけど、体を大きくえぐる傷はない。ただ、服にあちこち噛み傷のような小さな傷がある。
「ジュードさん」
「……あ゛……」
うっすらと目を開けたジュードさんが声を出すけど、うまく口が動かない。
(冷たすぎて、顔がこわばっているんだわ)
私は、運よく自分のそばに落ちていたバスケットに手を伸ばして、中から薬草茶の筒をとりだす。膝を使ってジュードさんの頭を少し起こすと、薬草茶の筒を口元に持っていく。
「ジュードさん。温かい薬草茶です。飲んでください」
ジュードさんの口がひくひくっとかすかに動くけれど、口元に持っていった薬草茶のほとんどがジュードさんの口の外にこぼれていく。
(飲むのはダメかぁ……)
私は薬草茶をハンカチに含ませて、ジュードさんの頬にあてる。温かいお茶だから、ジュードさんの冷え切った顔を温めてくれることを祈りながら……。
真っ白だったジュードさんの顔に少しだけ血が戻ったような気がする。
「……あ゛らん……」とジュードさんが、左手で薬草茶の筒を払いのけ、右手を地面について起き上がろうとした。
「ジュードさん」
「……、あ゛らんの……、ところに……」
ふるふると震える手を空にのばしてジュードさんがつぶやく。私はその冷たくなった手を握りしめる。
「ジュードさん、今動ける状態じゃないですよ? 何があったか知らないけれど、その体でアランさんのところに行っても足手まといになるのは目に見えてます。アランさんなら、きっと大丈夫。だって、ランクSの冒険者なんですものよ。私達と違って、強いんだから……、おいしいあんまんが食べたいから絶対死なないから、大丈夫だから……すぐにここにくるわよ。だから、大丈夫だから……」
ジュードさんに言っているのか、自分に言い聞かせているか、わからない言葉を言い続ける。そんな私にぽたりと水滴が落ちてきた。
雨だ。とうとう、雨が降り出したんだ。
(デューゼの木が雨よけになってくれているから、このくらいの雨はそんなに心配ないけど、ジュードさん、ますます冷えちゃう……。どうしよう……)
ヴィー様に助けを求めようとして顔をあげる。ヴィー様は、私に抱きかかえられているジュードさんをじっと見ていた。「あいつら、季節じゃないのに……」というヴィー様がつぶやきが聞こえてくる。
?
季節じゃない?
氷のように冷たい……
意識が朦朧としている
…………
それって………。
私の中で、昨日のアランさんとの会話がよみがえる。
「…………、もしかして、狂鼠?」
私の問いに答えもせず、ヴィー様は「オスマンサスにしらせなきゃ!」と言うと、あっという間に姿を消してしまった。一陣の風が私とジュードさんのそばを駆け抜けていく。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!!」
返事するヴィー様はもういない。
「ヴィー様!!」
叫んでもみても、ヴィー様が戻ってこない。私は取り残されて、すごく心細く、泣きだしたい気分になる。
「ヴィー様、行っちゃったよぉ……」
ぽたりと涙がジュードさんの頬に落ちる。ジュードさんが、私と繋いでいないもう片方の手を伸ばして私の頬を触る。
「……しかた……ない……」
「でも……」
「つむじ風……」
ヴィー様はつむじ風。人間と違う。人間のような心があるのかそこもあやしい。それに、怒りすぎて竜巻みたいな大きな風の嵐を起こされても困る。仕方ないのか…………。
「…………、オスマンサス様に報告に行ったのだから、きっと助けにもどってきますよね?」
「ああ……」
「ぐずぐず言うよりも、ヴィー様たちを信じて、今できることをしましょう」
大丈夫。バスケットの中には火の魔法石がある。火の魔法石で焚いた火は、普通の火と違って多少の水では消えない。『消えろ』と唱えるか、魔力がなくなれば消える。すごく不思議で便利な道具。
「ジュードさん、とりあえず、火を焚くわ」
ジュードさんが目でうなずく。
私はジュードさんから抜け出すと、焚火をするために枯れ枝や枯葉を集めることにした。火の魔法石を山になった枯れ枝の中に入れ、『燃えろ』と唱える。とたん、枯れ枝は燃え始め、焚火ができあがる。これで、雨が降っていても、寒さをしのげるはず。
(ほんと、火の魔法石を持ってきてよかった)
そして、ジュードさんをデューゼの木に寄りかからせる。それから、袋からいくつかリンコウを取り出して、串刺しにして火の側に置く。アランさんが合流したら、サンドウィッチを食べて、デザートはこの焼きリンコウで。
(少しばかり楽しみもなくっちゃね。そうだ。鹿肉も温めておこうかしら……)
(いろいろ不安だらけだからこそ、楽しいことを考えて、前向きでいなきゃね!)
(ジュードさんが動けるようになったら、これからのこと、相談しなきゃ)
ジュードさんのほうを見ると、ジュードさんが焚火を見ながら、手の指を動かしたり、足を持ち上げたりしているのが目に入った。
(焚火で少し、体が温まったのかな?)
「薬草茶、飲みますか?」
「ああ」
薬草茶が入った筒に「ジュードさんが良くなりますように」と祈りを込めて、ジュードさんに渡す。ジュードさんは薬草茶が入った筒を受け取ると、こくりと飲む。
「ありがとう。やっと動くようになってきたよ。耳も手も足もかゆくてたまらない」
「温まったからですね。よかったです」
「焚火と祈りがこもった薬草茶のおかげだよ。ありがとう。ロッティ」
「ふふふ……どういたしまして。でも、何があったのですか? 狂鼠に遭遇したんだろうなとは思っていますが……」
ジュードさんが口を開く前に、「その通り」と聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。
(まさか!)
私はおそるおそる声の方に振り返った。そこには、困った顔のアランさんとにこやかな笑顔を浮かべているヘイルズ王子が立っていた。
「ど、どうして、ここが?」
「火が見えたからだよ。体の芯まで冷えきっている我らも火にあたらせてくれないか? それにとても美味しそうな匂いがする」
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