シルビアは『リンコウ』ジャムに夢中
「もぐ、もぐ……おいしいね! このジャム、おいしいね! もぐ……キラキラしていてしゃりしゃりしていて、それにとってもあまいよ。なのに、口の中がざらざらしないよ。ポカポカのお日様みたいな味がするよ! ……もぐもぐ……、ねえ、ロッティ、さっきとったリンコウでも、おんなじになるの? ジュースだけじゃなくて、ジャムも作れるの? ねえ、もっと食べてもいい? パンにつけてもおいしいけど、ジャムだけを食べてもいい? ねえ、ロッティ、アランの分も食べていい? ねえ、ロッティ!」
リンコウのジャムを塗ったパンをほおばっているヴィー様の言葉に、「……ええ」とうわの空で答える。
だって、アランさんとジュードさんとまだ合流できないんだもの。
だって、鉛色の雲が青い空いっぱいになって、今にも雨が降りだしそうなんだもの。
このまま、二人に会えなくて、雨が降ってきたらどうしよう。
もし、魔物とかが出てきたらどうしよう。
心細さと不安な気持ちでいっぱいになる。ヴィー様がいなかったら泣き出していたかもしれない。
とりあえず、今いるレビン畑から抜け出して、雨宿りが出来そうな木の下で二人を待つのがいいわよね?
私は、一番近そうな木のある場所を探す。少し高台のあの大きなデューセの木のなら雨をしのげそうだわ。いつのまにか、リンコウのジャムが入っている瓶にパンを突っ込んで食べているヴィー様に声をかける。
「ねえ、ヴィー様、雨が降りそうです」
「あめ? それが、どうしたの?」
「ここから離れて、あのデューセの木の下まで行きましょう」
「なんで?」
ヴィー様が、何が問題なのかわからないというふうに首を傾げる。
「レビンを濡らしたくないからです」と正直に答える。
「ヴィーならロッティと袋を『ひつじぐも』まで運べるよ?」
「私が頼んでここまで来たのです。二人をおいて――――」と、さっきと同じ問答を繰り返しそうになって、ふうっと小さく息をはく。ヴィー様の価値観は私とは違う。私の理由はヴィー様には通じない。だから、どういえば、私が欲しい言葉を口にしてくれるか考える。
(やっぱり、美味しいあんこのお菓子だよね!)
「……、それはいい考えですが」と言って、もったいぶったようにまわりを見渡す。
「私は、アランさん達と合流したら、マロッサを取りに行くつもりです」
「マロッサ!?」
手を舐めていたヴィー様が目を大きくする。
(よし! ヴィー様の興味をひけた)
アランさんが好きだと言ったマロッサは、栗のようにほくほくとした甘みがある種だ。ただ、マロッサの種は栗のようなイガの皮じゃなくて、すごく厚くて硬い皮に包まれている。それに、魔木だから、植物なのに動くし歩く。根っこを足の様に使って歩く。歩く速度はそんなに遅くないと言われているけど、私みたいな冒険者じゃない人間が捕まえようとしてもと逃げられてしまうんじゃないかな。だから、私ひとりでは採ることができない実。
「そうです。オスマンサス様にマロッサを採ってくるって約束したじゃありませんか。それに、マロッサって、焼いて食べるとすごく甘いんですよ?」
「それは食べたことあるから知ってる! おいしいよねえ!」
ヴィー様が私の方に顔をむけた。私は、ジャムをいっぱいつけたヴィー様の口をハンカチで優しくぬぐう。見れば、瓶の中のジャムはもうない。
「バスケットの中には、小さな火の魔法石があるので、それを使えば、焼いて食べることができますよ」
「ほんと??」
「アランさん達とマロッサを採ったら焼いて食べましょう」
「うん」
ヴィー様が背中に生えている羽をパタパタと動かす。嬉しそうだ。
(あと一押し!)
「マロッサといえば……」と考えるふりをするために間をとって、「あんこと一緒に、甘く煮たマロッサを蒸したら、美味しいお菓子が出来そうです」とにっこりと笑う。
「なにそれ!! 食べたことない!」
ヴィー様がぴょんと跳ねて、キラキラした目で私を見る。
「ですよねー。私もヴァルコイネンでは食べたことがありません」
「じゃあ、アラン達を待たなきゃね!」
(よし! 言質はとった!)
心の中でガッツポーズをとる。
「じゃ、あのデューセの木の下まで行って、アランさん達を待ちましょう」
「うん」
ヴィー様と手を繋いで、デューセの木にむかう。後ろから追い風が優しく背中を押してくれる。レビンのさやが袋一杯にはいっているというのに、袋がふわりと浮いてあとをついていくる。こんなに軽やかに歩けるのは、機嫌のいいヴィー様が風を起こしているに違いない。
(ヴィー様って、甘いものが大好きすぎ!)
上り坂がゆるやかになり、道の先が見えるようになった。
(あれ? 木の下に誰かいる?)
思わず、足を止める。つんのめるように止まったヴィー様が首を傾げて私を見る。
「どうしたの?」
「見てください。デューゼの木の下に何かいるような気がしませんか?」
「魔物と人間の血のにおいがする」
「魔物でしょうか? 人間でしょうか? 何かあったのでしょうか?」
「さあ?」と興味なさげなヴィー様が、私の手をひっぱって「行かないの?」と聞く。
もし、魔物だったらどうしよう。
もし、気の荒い冒険者だったらどうしよう。
そんな思いが頭をよぎる。私は悲観的な想いを振り払うように首をふる。
そして、「うん」と自分に言い聞かせると、ヴィー様に「行ってみましょう」と答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます