プナイネンの森は宝箱(2)
ヴィー様のあとをついて走っていくと、足元にあった草もなくなり、一気に視界が広がった。真っ青な空の下、レビンの葉の形である奇数羽状複葉(小葉が葉軸の左右に並び、先端に一小葉がある)が一面に広がっている。
「わあ、すごい! レビンだらけ!!」
「でしょー!」とヴィー様が誇らしげに答える。
私の腰くらいまでの高さがある枝には、さやがいくつもぶら下がっている。自然に育ったせいか、同じ枝についていても、そのさやの色や形は様々。茶色に色が変わったさや、まだ黄色いさや、緑色のさや。曲がっているさや、短いさや、まっすぐながいさや。太いさやもあれば途中から細くなっているさやもある。
レビンのさやを見ていると、懐かしいおばあちゃんの声が耳元に聞こえてくる。
『×××。みてごらん。小豆はさやに大事に大事に守られて、育てられて、外の世界に飛び出すんだ。さやが茶色くなったら、小豆が外に飛び出す準備ができたっという合図。それまでは、とっちゃいかんよ。いいかい?』
(葉や花の形は違っていても、レビンの種もきっと小豆と同じなんだよね? さやの色が実の色。カラカラと軽い音を立てたものが成熟しているレビン。そう思っていいよね? おばあちゃん)
私は、近くにあった太くて茶色のさやを手に持つと、軽く振ってみる。カラカラっと心地いい音がする。持っていたバスケットの中からハサミを取り出すと、レビンのさやを切り取る。
パチン。
ハサミでさやを壊してみると、中からレビンの名前の由来でもある茶色がかった赤紫色の実が出てくる。
(あれ、ちょっと大きくない?)
レビンの実は、もうはち切れそうなくらいぷっくりまるまると太っている。
(優秀なレビンだわ。いつも使っているレビンより、大きさも、重さも、艶も優れている。ぜったいに美味しいあんこができるわ!)
私は夢中でレビンのさやを持ってきた袋に入れていく。
「ねえ、ロッティ、これがあのあんこになるの?」
私のとなりで、珍しそうにさやをぱちんと割って、ヴィー様が手のひらにレビンの実をのせる。指で押したり、匂いを嗅いだり、……、そして首を傾げている。
「そうですよ。これをお日様の力を借りて乾燥させて、それからゆっくりゆっくり炊いてあげれば美味しいあんこが出来上がります」
「そんなの、魔法でちゃちゃっとしちゃえばいいのに……」
ヴィー様の唇が少しだけ尖る。
「手間をいっぱいかけてあげると、美味しいあんこになりますよ」
(あんこは作り手の愛情をうけたぶん、滑らかで甘いあんこになるっておばあちゃんが言っていたもの。機械なんかには任せられないっていうのが口癖だったから、私も魔法には頼りたくないんだ)
「そうなの?」
「ええ。だって、このレビンは花と蝶の姫の季節に芽をだして、翠と風の若君の季節に花を咲かせ、豊と実りの王の季節に実を結んだんですもの。四季を司る高貴な人達の愛情いっぱいに育ったのですから、その恩恵を受ける私達も愛情をいっぱい注いであげなきゃ」
私は、枝からさやを切り取る作業をやめずに、答えた。
豊と実りの王という言葉を聞いたせいか、「ふううん」とヴィー様が、少し嬉しそうな声をあげた。
◇
「ふう。いっぱいになりましたね!! ヴィー様が手伝ってくれたから、すぐに袋がいっぱいになりました。ありがとうございます」
「このレビンでヴィーのためにおいしいものを作ってね!」
「ええ」
「たのしみ~!!!」
持っていた袋はほぼいっぱい。袋の中を見ると、少し輝いているようにも見える。とても上質なレビンをゲットできて私の頬が緩む。
(やっぱり自生しているレビンは生命力に溢れている。お父様からもらうのとは雲泥の差よね)
ヴィー様が顔をあげてキョロキョロとして、「アラン、おそいね!」と勝ち誇ったような声をあげた。私はなぜ、ヴィー様が勝ち誇った声をだしたのかわからず、「……、そうですね」とあいまいに頷く。
「アランが来る前に、レビンとりおわっちゃったじゃん。だから、アランの分はなしー!!」
ヴィー様がにぃっと口角をあげて、宣言する。
「そういうわけには……」と少し苦笑いをするしかない。
(これだけのレビンを一度に全部をあんこにして独り占めしても、食べきれないと思うんだけど?)
でも、アランさんとジュードさん、少し遅いかも。いくらヴィー様に手伝ってもらったとはいえ、袋一杯のレビンを採ったんだからそれなりに時間はかかっているはず。なんとなく、心がざわざわっとする。
私は袋の口を紐で縛ると、立ち上がり四方を見た。
(あれ? ここ、どこ?)
さやを取るのに気を取られすぎて、かなり奥まで来てしまったみたい。一面、レビンばかり。もう、どの方角から来たのか、わからなくなってしまっている。心がざわざわざわっとする。
「アランとジュード、たべものさがしてるの?」
ヴィー様が呑気に聞く。
「……、そうではないと思います。お昼ご飯はこのバスケットの中にありますから。たぶん、私達を見つけられなくなってしまったんじゃないかと……」
「おひるごはん、あるの? なになに?」
ヴィー様が私が持っているバスケットをのぞき込む。
それどころじゃないんだけどなぁと思いながら、私はバスケットにかかっている布をずらして、中身をヴィー様に見せる。
「サンドウィッチです。………、それよりも、私がしゃがんでさやを切っていたから、遠くから見ると私達の姿がレビンの中に隠れてしまったんじゃないかと思うんです。二人は植物のことは詳しくないと言っていましたから、この葉っぱがレビンの葉っぱだってわからなかったのかもしれません。……、でも、困りましたね。下手に動けば、なおさらわからなくなってしまいそうですし、……どうしましょう」
「ヴィーならロッティを『ひつじぐも』まで運べるよ?」
「今、帰ってしまうわけにはいきません。二人はきっと、私達を探しています」
私は首を振って、ヴィー様の提案を断る。
「じゃ、サンドウィッチ食べようよ」
「でもそれは……」と断ろうとすると、「ヴィー、サンドウィッチ食べたい!!」と言い出し、くるくるっと風が舞いだした。その風は次第におおきくなり、レビンの葉を巻き上げていく。小さな風の渦が空に舞い上がる。目で風の渦を追うと、さっきまで真っ青だった空に鉛色の雲が混ざっていることに気がついた。
(!!)
「わ、わかりました。サンドウィッチを食べて、二人を待ちましょう」
「わーい。サンドウィッチ!! サンドウィッチ!!」
キュルル…ルル…と風がおさまっていく。
ヴィー様の気持ち一つでつむじ風がおきると、ヴィー様の存在は畏怖するべき存在なんだって実感する。『四季を司る高貴な人達は、その吐息で、その気持ちで天候を左右する』とおとぎ話のようなことを実際に見ると、少し怖くなる。
私は顔がひくつくのを抑えて、にっこりと笑った。
「パンにはさむのは何にしますか? 鹿肉やあんこやジャムがあります」
「ジャムってどんなジャム?」
「リンコウのジャムです」
「それにする!!」
「お茶は、飲みますか? ヴィー様がコーラルディナが苦手だっていうから、コーラルディナを抜いたお茶です」
「うん。のむのむ!!」
私は、リンコウのジャムをパンに塗り、ヴィー様に渡した。そして、これから、どうするべきか、考えた。
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