プナイネンの森に行こう(3)

「これが、転移魔法陣?!」 


 私の前で、ジュードさんが、モップルルの葉を、上に持ち上げて透かしてみたり、裏側を見たり、触ってみたり、匂いを嗅いでみたりしている。ジュードさん、新しいおもちゃをもらった子どものように、すごく嬉しそうなキラキラした顔をしている。

 

 昨日、ジュードさんを巻き込んだことを心配していたけど、杞憂だったみたい。


 魔剣グラムを持ってきたジュードさんにアランさんが話した時も、ワクワクを隠し切れない顔をしていたし。

 モップルルの葉が届くまで(結局、ヴィー様が『転移魔法陣』を持ってきたのは今朝だったけど)ずっとお店で窓の外を見ていたし。

(二人に、明日があるから寝るようにと言われて二階にあがってしまったから、夜、どうしていたか本当のところは知らないけど)

  

 正直言うと、『転移魔法陣』は、私にはただのモップルルの葉にしか見えない。魔法陣が描かれていると言われても葉脈しかわからない。

 でも、この前あんまんを送ったのもモップルルの葉だったし、アランさん達は当然というような顔をしているし、オスマンサス様の空間移動の魔法具ってモップルルの葉なのかもしれない。


「不思議ですよね」

「ジュード、それで好きな場所にいけるよ。でも、二回だけね!」


 私の隣にいたヴィー様が指を二本たてる。


「ということは、行きと帰りか」


 ジュードさんがくるりとモップルルの葉を回す。


「……、まあ、妥当なところだね。使い終わったら、モップルルの葉に書かれたこの魔法陣は消えてしまって、モップルルの葉にもどるってとこかな。モップルルの葉を使い捨ての魔法具にするなんて、オスマンサス様ならではだね」


 魔法具というと、魔石をはめ込んだ真鍮にも似た鈍い金色の輝きをする古めかしい道具や、アランさんが持っている魔剣しか知らない私には、珍しいを通り越して不思議。なんていえばいいか、言葉が見つからなくて、困った顔をしていたら、「オスマンサスだからね!」とヴィー様が私の袖を引っ張った。


 (そうだ。オスマンサス様は四季を司る高貴な人なんだ。人間の想像を超えて当たり前だわ)


「うん。そうだね。オスマンサス様ってすごいね」と私も頷く。


「それにしても、モップルルの葉に魔法陣を描くなんてすごすぎる!」とジュードさんが手にしたモップルルの葉(転移魔法陣の魔術具)をくるりくるりと回した。


「でしょー。モップルルの葉は食べられないのに、オスマンサスのまわりにはモップルルの葉ばかりあるんだよー」

「シルビア、……実はな、モップルルの葉は食べられるんだぞー」


 ふふふっと笑うジュードさん。ちょっと悪い顔をしてる。

 

 モップルルの葉は食べられなくはないけど、凄く凄く苦い。すりつぶして、気つけ薬として使うくらいしか用途はない。前世で紅葉もみじは天麩羅にしたことがあるけど、モップルルの葉はちょっと無理かなー。揚げても苦みはとれなさそうだもの。


「ええええ? ジュード、ホント?」とヴィー様が期待を込めた目で見る。


「ああ。ちょー苦いけどな」


「じゃむり!!」とヴィー様が即答する。


「だろうな。……、そうだ。シルビア、半径どのくらいの範囲のものを転移できる?」


 苦いことを想像して顔がくしゃっとなっているヴィー様の頭を撫ぜながら、ジュードさんが聞いた。


「えっと、……ヴィーが三人? 五人? 十人? ……、う……、わかんない。でも、ジュードにさわってれば問題ないってオスマンサスが言ってた!」

「そうか。術を唱える者に触っていることが転移の条件か」


 (どういうこと??)


「それって、馬車ごと移動できないってことか?」と、馬車の準備をしていたアランさんがこちらにやってきて聞いた。


「ああ、シルビアの説明から考えると今回は無理そうだね。せっかく馬車を借りてきたけど、馬車では行けないな。荷物の運搬は、僕に括りつけて運ぶしかなさそうだ」

「そうか」


 アランさんが少し残念そうな声をだして、「ま、ここに置いておいても問題ないだろう」とつぶやいている。


「そんなぁ。ジュードさんに括りつけなくても、私、自分で持つわ」


 私はジュードさんに荷物を括りつけるということに驚いて、声をあげた。荷物って、レビンの豆とかだよね? それって、私の荷物なんだから、人に持たせるなんてできない。


「うーん。そうすると、ロッティが僕の腕を掴めなくなっちゃうじゃない? だから、長い紐で麻袋を縛って、その先を僕のベルトに結べば、簡単に転移できると思うんだ。麻袋は地面についたままだから重くないでしょ?」


 ジュードさんが言っていることのイメージがわかず、首を傾げる。


「たぶん、実際にやってみるとわかるよ。とりあえず、プナイネンの森に行って、好きなだけレビンの豆やらリンコウやらマロッサやらを採ってこよう。アランは準備できた?」

「馬車がいらないのなら、もう終わっている」

「ロッティは?」

「あ、っちょっとまって。お昼ご飯を持ってくるわ」


「あんまんか!」とアランさんが嬉しそうな声をあげた。


「ううん。今日は、サンドウィッチにしようと思って、バスケットに、バケットや鹿肉やあんこやジャムを入れておいたの。それから、コーラルディナを抜いたお茶もはいっているわ。それを持ってくる!」

「おお! パンにもあんこは合うのか?」

「食べてみてのお楽しみよ」


 私は慌ててお店に戻り、お昼ご飯やら荷物やらが入っているバスケットを取ってきた。


「よし。それでは、プナイネンの森に行きましょうか」


ジュードさんが手に持っていたモップルルの葉を胸のポケットにしまった。


「ロッティ、転移するのは初めて?」

「ええ。だからちょっとドキドキしてる」

「じゃ、僕の手を握って」

「え……でも……」


「僕に触れていないと転移できないよ?」とジュードさんが悪戯っぽく言うから、遠慮がちにジュードさんの袖を掴む。アランさんはがっつりジュードさんに抱きついている。


「アランはそんなにがっつり抱きつかなくていいし。僕のマントを握ってくれるだけで十分なんだけど?」

「そんなつれないことを言うなよ」

「いや、暑苦しいんだ」


「わ、私も、もう少し遠慮した方が……」と言うと、ジュードさんがぎゅっと私の右手を握りしめた。温かい。


「ロッティは初めてなんだから、遠慮しないこと。ほら。目をつぶって」

「?」

「つぶらないと魔力酔いして、見たくないモノを見てしまう可能性があるからね」

「そうなの?」

「うん。転移は一瞬だけど、かなりの魔力量の中にいるからね。次元が曲がっているから、幻影が襲ってくることがあるんだ」

「……そうなの。わかったわ」


「じゃ、行くよ」というと、ジュードさんが私の知らない古い言葉で呪文を唱え始めた。私はしっかりと目をつぶる。体がふわりと浮く感じがして、耳元でヒューという風の音がすると思った瞬間、足元に地面の感触が戻ってきた。


「ロッティ、目を開けていいよ」とジュードさんの声がしたから、そっと目を開ける。目の前にあったはずの通りやギルド、自分のお店はなくなり、ただ、モップルル、バーチ、ノームの木が目の前に広がる。森だ。色とりどりの葉をまとい、森が目の前にあった。アランさんは、背中にしょっていた魔剣グラムをぶおんとひとふりすると、注意深く森を睨んでいる。


「ここがプナイネンの森の入り口だよ。初めての転移、大丈夫だったかい?」

「ええ」


 ジュードさんが手を握っていてくれたから、怖くなかったとは恥ずかしくて言えない。


「さて、レビンはどこにあるかな。シルビア、ちょっと探してきてくれないか」


「はーい!!」とヴィー様が駆けていく。あっという間にいなくなったかと思うと、「こっちこっち!」と声がする。私とアランさんとジュードさんは、ヴィー様の声がする方へ歩いて行った。

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