プナイネンの森に行こう(2)
「まあ、そうなりますよね。オスマンサス様の思考回路は……」
「お前は気にならないのか? ジョウナマカシとか……」
オスマンサス様が、私だったら絶対にうんって言ってしまう笑顔を浮かべてアランさんを見る。アランさんは、腕組みをして知らん顔だ。「ヴィーも気になるー!!」と、アランさんの袖をヴィー様が引っ張る。
「ジョナマリのおかし!!」
(ジョナマリのおかし? ヴィー様、上生菓子をジョナマリと聞き間違えた?)
今ごろ、花びらを5枚ひらいて咲く薄黄色の花のジョナマリは、花に麻酔作用のある成分が含まれているから、普通は食べない。でも、『上生菓子はあんこを使った口触りが滑らかでしっとり甘いお菓子です』なんて言ったら、絶対食べたいって言い出しかねない。
「俺は、あんまんさえあればいい……」と窓の方をみてぼそりとアランさん。
(だよねー。アランさん、あんまん大好きだもの)
「ロッティはプナイネンの森にレビンがあると言っていたではないか。プナイネンの森で育ったレビンの豆を使ったあんまんは、人の手に育てられているわけではないから、生命力に溢れ、森の奥深さを纏い、さぞかし美味しいだろう。…………、そう思わないか、ロッティ」と、オスマンサス様は私の方を見て同意を求めた。目がうんと言えと言っている。
(ひえー)
私はぎゅうっと強くエプロンの裾を握りしめる。
(むりむりむり!)
心の中でぶんぶんと手を振る。
「ヴィーもそう思う!!」
私の代わりに、ヴィー様がオスマンサス様に同意する。オスマンサス様が珍しく顔を曇らせる。
「……ふっ……、本当なら、私がロッティをプナイネンの森まで連れて行ってやるのだが……」とさも残念そうにため息をついた。
「これからオーヴァレヌのところに行く約束をしているのだ」
肩を落とし、眉を下げている。すごく行きたくないって雰囲気を漂わせている。
「雪鼠は、もともとは雪と氷の女王の眷属の雪の精霊から生まれた魔物。それが、私の季節に現れ、狂暴化した。
あちらから王子が一人、……、確か、ヘイルズと言ったか? そいつが調査団と称して来るそうだ。虚栄心が強く気の弱いオーヴァレヌは王家のいいなりだから、館のせいにしかねない。
人間同士のいざこざには興味はないが、雪鼠の一件を私のせいにされては困るからな…………」
ヘイルズ王子という言葉を聞いて、私はあの人懐っこい銀色の髪の王子を思い出した。
(オーヴァレヌ領まで来るってことは、もう、元気になったのかしら? )
でも、ここで、ヘイルズ王子のことを聞くわけにもいかず、私はぎゅうっと強くエプロンの裾を握りしめる。
オスマンサス様は考え事をするようにジョッキのふちを指でなぞっている。しばらくして、指を動かすのをやめ、口角をあげた。
「そうだ。アラン、お前がオーヴァレヌ達に会いに行ってもいいぞ?」
「はあ?」
嬉しそうなオスマンサス様に対して、アランさんは眉をよせ不機嫌そうな顔つきになる
「お前も討伐に参加したんだったな?」
「はあぁ。人使いの荒い方々の命令で、最前線におりましたよ……」
「ふむ。ならば、雪鼠を操っているものの残渣が分かったのではないか?」
「? 残渣?」
アランさんが、今まで考えつかなかったとでもいうように、目を大きくしてオスマンサス様を見る。
「今まで、いろんな魔物を見てきたが、あんなに濁った色の角は見たことがない」
「人間が絡んでいると?」
「当然だ。気がつかなかったのか?」
「……、吹雪がひどくて、視界が悪かったもので……」
もごもごっとアランさんが言い訳をする。
「そうか。お前がわからなかったようでは、……困ったな。私としては、雪鼠を操ったもの、館の預かり知らぬところで季節に干渉していたものが、何者なのか知りたかったのだが……」
「俺は一介の冒険者にすぎないので、お貴族様達の会合に出ても、オスマンサス様が欲しいような情報は持ってこれませんよ?」
「そうか。やはり、私が行かないとだめだな……。しかし、ロッティをプナイネンの森に連れていきたい……困ったものだ」と言うオスマンサス様に、アランさんが分かったと言う風に片手をあげた。
「……、わかりました。行きましょう。しかし、それは、プナイネンの森まで移動できる転移魔法陣を貸してくれればの話ですが……」
転移魔法陣だなんて国宝級の魔法具に、「対価次第だな」とオスマンサス様の目がきつくなる。
「対価次第って……、プナイネンの森に行くのは、オスマンサス様の依頼ですよね? 俺の方が対価として転移魔法陣を要求します」
アランさんも負けていない。オスマンサス様が自分の隣にいるヴィー様をちらりと見る。
「シルビアではどうか?」
「シルビアでは荷物がめちゃくちゃになる可能性がありますが?」
「ヴィーはいい子だよ? ね!? オスマンサス」
「ふむ」とオスマンサス様が思案している。
「マロッサの実も採ってきましょう」
「ふむ……しかし、魔法使いでもないお前には、転移魔法陣は扱いきれまい」
「ならば、ジュードを連れていきましょう。あいつなら、魔法陣をうまく操れるはずです」
「ふむ」とオスマンサス様が思案している。
「ジュード好き! ヴィーにやさしい! リンコウもレビンもジョナマリもマロッサもとってくる!! ね! オスマンサス!!」
ヴィー様がアランさんを援護する。オスマンサス様がふうっとため息をついて、頷く。
「………、わかった。用意しよう。それで、いつ出発する?」
「今、グラムの手入れをジュードに頼んでいます。それが終わり次第なので、明日の朝にでも」
「そうか。ならば、魔法陣をあとでシルビアに届けさせよう。……これで交渉成立だな。シルビア、館に戻るぞ」
「はーい!!」
「ロッティ、あんまんは本当に美味しかった。期待しているぞ」
オスマンサス様とヴィー様は立ち上がったかと思うと、ぱあっと虹色の光の粉がくるくると舞い上がり、二人を取り囲んだ。それがおさまったときにはもう二人の姿はなかった。
◇
「よかったんですか? アランさん。討伐から帰ってきたばかりなのに……」
オスマンサス様とヴィー様がいなくなったあと、アランさんに声をかけた。
「構わまない」
「でも、乗り気じゃなかったじゃないですか」
(アランさんが好きなのはあんまんだし……)
「あれは交渉するためのポーズだ」
アランさんがにやりと笑う。
「こっちから『行きます』なんて言ったら、足元を見られて、何を追加されるかわからん。ああ見えて人使いが荒いからな」
「そうなんですか……?」
「馬で五日かかるプナイネンの森まで瞬きしている間につける転移魔法陣を貸してくれるっていうんだ。上手くやれたと思わないか?」
「でも……ジュードさんの了承を得ないで、メンバーに入れてしまったし……」
「あいつ、転移魔法陣を一人でいじれるって聞いたら、有頂天外になって大喜びするぜ。魔剣や魔法石を扱う職業柄、魔法の勉強をしているからな」
「なら、いいんですけど……」
「しかし、本当に転移魔法陣を貸してくれるとは思わなかった……。よっぽど、ロッティのあんまんが気に入ったんだろな。名前を呼ぶことをあっさりと許したしな」
さっきまでの出来事を思い出して、アランさんが空になったジョッキとコップを見ている。この世界では神とも言えるような存在の豊と実りの王が名前を呼ぶことを許したのはとてもすごいことなんだ。今ごろになって自分の前で起こった出来事のすごさを理解して膝が震えてきた…………。
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