つむじ風は『あんまん』をほおばる
「あー!!! オスマンサス、みっけえ!!」
扉のところに立っていた少女(?)は、気がついた時には、オスマンサス様の隣にちょこんと座っていた。アランさんはやれやれと両手を広げている。よく見ると、少女の赤茶色のゆるくカーブした髪の間から見える耳は尖っていて、背中には小さな羽が生えている。
(妖精? 精霊? 初めて見た)
「あー! それ! なになになに!!! ヴィーにもちょーだい!!」
「これはやらぬぞ。さっき、お前が食べてしまったからな」
「あー。すっごく、おいしかったやつじゃん! ちょーだい!! ちょーだい!! ちょーだい!!」
オスマンサス様は皿を取られまいと高く持ち上げる。
「口の中を火傷するくらい熱いから、子どもには無理だ」
「えー、さっきは平気だったよぉ! ちょーだい!! ちょーだい!! ちょーだい!!」
女の子は、ぎゅーぎゅーとオスマンサス様の袖を引っ張る。
「そんなにひっぱるでない。…………、ふむ、それほど、欲しいならば、アランに頼め」
矛先を自分に向けられて、アランさんが「げっ」と蛙を潰したような声をあげた。
「アッ、ラーン!! ヴィーもこれとおんなじの欲しい!」
少女(?)はオスマンサス様の袖をぱっと離すと、オスマンサス様の膝の上を移動してアランさんとオスマンサス様の間に割り込んだ。思い通りに少女(?)の興味が自分からアランさんにうつったと、オスマンサス様は少し口角をあげる。そして、高く上げていた手をおろすと、少女の手が届かない場所にあんまんがのった皿をおいた。もちろん、手でガードすることは忘れてない。
(なんか想像していた四季を司る高貴な人達とは違うなぁ……)
私は、そっと三人の様子を見守る。
(蒸籠にはまだあんまんはあるから大丈夫だけど、アツアツだから、早めに持ってきた方がいいかなぁ……)
あんまんを持ってくるのは決定事項だと思うから、いつ持ってこようか、ちらちらと蒸籠をみる。
でも、三人はわちゃわちゃ話していて、なんとなくその場を離れられない。
「シルビア。お前、傍若無人すぎるぞ」とアランさん。
「ぼうじゃくびゃじんって? それの名前? 雪鼠もどきのほうがいいよぉ」
「違う。お前のことだ。他人のことなどまるで気にかけずに、自分勝手に騒いでいるお前のことだ」
「えー、ヴィーはそんな騒いでないよぉ。オスマンサスが一人でおいしいものを食べているから、ちょーだいってお願いしているだけだよ。ねー、オスマンサス!」
自分の名前を呼ばれて、オスマンサス様の眉がわずかに動く。
「はぁぁ。そういうところが傍若無人なんだよ」と、アランさんが大きなため息をつく。
「まず、ちゃんと、ロッティにあいさつしろ。ロッティがお前を見てびっくりして口もきけないでいるだろ?」
「ん? ロッティ? あいさつ? なんでぇ???」
少女(?)が首をかしげる。アランさんははぁとため息をつくと、顎で私の方を見るよう少女(?)を促す。
「そこに立っているロッティは、この店の店主で、お前が食べたがっているあんまんを作っている料理人だ。ヴァルコイネンには来たばかりで、四季を司る高貴な人やお前のような眷属に会うのは初めてだ。今までおとぎ話の中の存在だと思っていたから、お前たちに会ってすごく驚いているはずだ。お前の存在が四季を司る高貴な人の眷属のイメージになったら、他の眷属たちに何を言われるやら………はああ、……まっ、こんなことを言ってもお前には通じないか。とりあえず、あんまんを食べたいのなら、ロッティに挨拶しろ!」
「あんまん?」
「オスマンサス様が持っている皿の中にある白い饅頭だ。なかにレビンのあんこが入っている饅頭だから『あんまん』。お前が食べたいと思っている美味しいものだ」
「へぇ……。あんまんね! あんまん、ちょーだい! ロッティ!!」
少女が私の方に手を出した。
アランさんは頭を抱えている。
オスマンサス様は知らん顔だ。
「かしこまりました。えっと……」
「ヴィーだよ!」
「ヴィー様?」
「うん! オスマンサスとおんなじだけちょーだい!」
「二つでいい」と言いながら、アランさんが、銅貨を五枚置いた。
「アランさん……」
「いいんだ。お前だって、ただであんまんを出すわけにはいかないだろ? 忖度せずに二つにしろよ。数が違ったら、この二人、絶対にもめるから」
「………わかった」
アランさんにお代を出してもらうのもなんか変だなと思いながら、私は銅貨をポケットに入れた。
(お金は大事だからね!)
そして蒸籠からあんまんを二つ取り出すとお皿にのせた。少しでも冷めるよう、ゆっくりゆっくりと薬草茶をいれ、ゆっくりゆっくりとアランさん達の机まで持ってきた。
「ヴィー様。このあんまんは、今、蒸籠から出したばかりで、とっても、とっても熱いですから、半分に割って、ゆっくり、少しずつ食べてくださいね!」
オスマンサス様の時の様に、一気に食べて口の中を火傷されては大変なので、ヴィー様に強く言う。
「半分に割るの? めんどくさいじゃん!」と言いながら、ヴィー様は、あんまんに手をのばした。アランさんがひょいっと皿を持ち上げる。
「……、シルビア、半分に割れば、4つになるし、あんこが見えるぞ?」
「4つ? あんこ?」
「見てろ」とアランさんは、ヴィー様の前であんまんを半分にわった。半分に割れたところから、レビンのあんこが顔をだし、湯気がでる。
「うわぁ……」
「ほら、4つだろ? それに、レビンのあんこから湯気が出ているのが見えるか? お前、この湯気をしばらく吸ってろ。湯気だけでも旨いとオスマンサス様は言っていたからな」
「湯気だけでもおいしいの?」と、ヴィー様はあんこの湯気をいっぱいに吸い込む。
「あまーい! レビンってこんなに甘い匂いがするの? 魔法でも使ったの?」
「ふふ。それは内緒ですわ」
(「おいしくなあれ」というおばあちゃん直伝のおまじないも、ある意味、魔法だものね)
「オスマンサスの言う通り、湯気もおいしいね!」とニコニコ顔のヴィー様。見ている私もとても嬉しくなってくる。
「そうだろう。木漏れ日のように優しい豆の甘さを含んだレビンの香りを歌にしたいくらいだ」
「「それは遠慮する」」とヴィー様とアランさんの声が重なる。
「それは残念だな。さて、私はあんまんを食べるとしよう。シルビアも少しずつ食べるがいい」
「うん!!」
ヴィー様がレビンのあんこを口に含む。
「わーあちっ!! でも、おいひぃ! はふ! はふ!」
また一口。熱かったのか、今度は少しだけ。
「おいひぃ! はふ! おいひぃ!」
また一口。
「おいしい! あまーい! おいしい!! あまーい! おいしい!!」
「シルビア、美味しいしか言わないじゃないか。もっと、尖ったところがない滑らかな甘さだとか、上品なレビンが口の中で踊っているとか、表現豊かにだな……」
「オスマンサスはいっつもそんなこというんだから…………、おいしいものはおいしいって言えばそれでいいの! あーおいしい!!」
あんまんの熱さに慣れてきたのか、ヴィー様の少しずつ食べる速度が上がっていく。ヴィー様はにこにこしながら食べ進めていく。もう半分を手に取ると、今度は一気にがぶりとかぶりついた。
「もぐもぐ……、いっぺんに食べると、もっとおいしいね! もぐもぐ……」
ヴィー様がほおばっている姿はとても可愛らしい。まるでリスね。
「お前、ほっぺたがリスみたいに膨らんでるぞ。そんなにいっぺんに口の中にいれなくても……」と同じことを思ったのか、アランさんが声をかける。
「だって、おいしいんだもん!」
「それにしても、ほおばりすぎだろ!」
「いいの! おいしいから!!」
おいしい、おいしいと何度も何度も言って、ヴィー様はあんまんをあっという間に食べてしまった。ヴィー様は自分の分を食べ終わると、オスマンサス様の皿を見る。
「オスマンサス! 食べないなら、ヴィーが食べてあげるよ?」
オスマンサス様は、「いや、いい! これは私のあんまんだ」と言って、慌てて残りのあんまんを口の中に入れた。
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