豊と実りの王は『あんこ』の虜です

「おまたせいたしました」


 ちゃっかり、アランさんからお代をいただいて、あんまんを三つ、薬草茶を二つ、アランさんと豊と実りの王が仲良く並んで座っている机においた。アランさんが「ん?」と顔をする。


「一つはサービスです。豊と実りの王に気に入っていただいて、歌まで歌ってくださったのですもの」


「ふむ」と豊と実りの王は、アランさんの隣で満足げに頷いた。そして、ジョッキを口元に近づけると、ほおっと感心したような声をあげた。


「すっきりとしたこの香りはミンティア、ん? 柑橘系のコナもはいっているな。それから……」


 薬草茶に入っている薬草を言い当てていく。


 薬草茶の中身を言い当てられるわけにはいかないと思って、「薬草茶ですから、数種類の薬草を漬け込んでいます」と咄嗟に言ってしまった。一般のお客様がいないから、別に言い当てられたところで問題はなかったのに、と言ってしまった後で気づく。


(気を悪くしたら、どうしよう……)


 でも、私の予想を裏切って、豊と実りの王は気を悪くする風でもなくにこやかに笑った。


「あんまんといい、薬草茶といい、なかなか手が込んでいる。……、そうだな、褒美にオスマンサスと呼ぶことを許そう」

「ありがとうございます。とよ――、オスマンサス様」

「ふむ」


 豊と実りの王ーもといオスマンサス様は、ジョッキを机に置くと、今度はあんまんを手に取って二つに割った。中から、あんこの湯気がふわっとでてくる。今度は、目を細め、口角をあげて大きく息を吸った。


「この木漏れ日のように優しい豆の甘さを含んだレビンの香りは、吸い込めば吸い込むほど幸せな気分にしてくれる。ずっと吸い込んでいたいぞ」


「なら、食うのは俺が……」とアランさんがあんまんに手を伸ばした。オスマンサス様は、慌てて、持っていたあんまんの半分を口の中に入れた。「そんなにいっぺんに食べたら、口の中が火傷しますよ!!」と声をかけたけど、もう遅かった。オスマンサス様は、口を手を当てて「はふ……はふ、あつ……あ……」と上をむいて、あんまんと格闘している。


「冷たい薬草茶をお飲みください!」


 顔を赤くして食べ終えたオスマンサス様に、怒られるのではないかとひやひやしながら、薬草茶を差し出す。オスマンサス様の横でにやにや笑っているアランさんを睨みつける。


 (もしも、熱すぎる食べ物をだしたということで、罰せられたらどうするの!)

 

「あんまんは蒸籠から取り出して持ってきたばかりなので、あんこがとても熱くなっています」


 少しばかり涙目で、口のあたりを手で仰いでいたオスマンサス様は、ジョッキをうけとるとゆっくりと薬草茶を飲んだ。


 (イケメンがジョッキで薬草茶を飲むと、アランさんと違ってとても優雅に見えるのはなぜだろう……)


 思わず、失礼なことを想像してしまったことは許してほしい。


「ふぅ……。かなり、熱かったぞ」


「申し訳ありません」と私は頭を下げた。


 (クレームになったら、アランさんのせいだからね!)


「食い意地がはっているからですよ」とアランさんが声をかける。


「お前が、手を出すからだろう」

「ちょっとした意趣返しですよ。あっ、でも、シルビアだったら絶対食べていたでしょうね」

「ああ。さっき、お前が送ってきたあんまんを私が鑑賞していると、シルビアが横から食べてしまったのだ。ロッティ、顔をあげるがいい。アランを責めることはあっても、お前を責めることはない。こんなに美味なあんまんを作ってくれたのだ。褒美に歌を……」

「ロッティ、オスマンサス様の歌はもうじゅうぶんだよな?」


 アランさんの言葉にどう返事していいかわからなくて顔をあげると、二人は仲良く薬草茶を飲んでいた。


「一度にたくさんのあんこを食べてわかったことだが…………、ロッティ、このあんこには豆特有の嫌味も雑味もなく、そればかりかレビン本来の甘さと砂糖の甘さが混ざり合いより深い甘さになっている。これは、なかなかの手間をかけておるな。気に入ったぞ」

「ありがとうございます」

「レビンをどう煮れば、このようなあんこになるのだ?」

「最初にレビンを砂糖と一緒にゆっくりと灰汁を取りながら炊きます」

「炊く?」

「煮ると同じような意味合いです。指でつぶせるくらい柔らかくなったら、裏ごしをして皮をとり除きます。そして、蜜で煮たレビンの甘煮を加えて、粒あんにしていきます」

「あとから、レビンを?」

「ええ。レビンの粒の食感を残したくて、あえて粒あんにしました」

「そうか。その話を聞いて、熱いあんこもいいが、熱くなくてレビンの甘煮ぬきのあんこを私はたくさん食べてみたいと思ったぞ。きっと、絹のような滑らかな口触りだろうな。ロッティ、そのようなものはあるか?」

「オスマンサス様は、あんまんが気に入らなかったのですか? ははっ。熱くて食べられなかったとか。ならば、俺が残りを…「それはない。残りの二つも私のものだ!」」


 アランさんがあんまんの皿に手を伸ばすと、ぴしゃりと手を叩かれた。


「あんまんのあんこが美味だったからこそ、あんこを食べてみたくなったのだ。どうだ? ロッティ、所望すれば作れるのか?」

「まあ、それは……。しかし、いますぐというわけには……」


 お店にはあんまんしか売っていないから、そういわれてもすぐに出せるものはない。いくらなんでも、あんこだけを出すわけにはいかないし。困った。 


「オスマンサス様、ここはホカホカ、アツアツあんまんを売っている店なんですよ。あれこれ注文するのはお門違いでは? ほんと、オスマンサス様は食べ物のこととなると、直情径行ですからね」

「むう」


 オスマンサス様がすこし不貞腐れた表情をしてアランさんを見ている。


(この話の流れでは、新しいあんこを使ったメニューを考えなくてはいけないだろうな。このお店はあんまんしか売ってこなかったし、新メニュー追加にちょうどいいかもしれない)


 そこで、私は、オスマンサス様の好きなものを聞くことにした。


「あの……、オスマンサス様、オスマンサス様のお好きな果物や実があればお教えください」

「ふむ。好きなものか。私の季節に実をつけるものはどれもこれも愛おしい」

「俺は、この季節は、マロッサが好きだな。あれは焼くとほくほくとした甘みがあるし、茹でても旨い」

「アランの好きなものを聞かれたわけではないぞ。ふむ……、しかし、マロッサの金色は、茶色がかった赤紫色のあんこには映えるであろうな。届けさせよう」

「ありがとうございます!」


(マロッサか。あれって、確か魔木だったような……。でも、栗みたいな食感だから、マロッサ羊羹とかいいかなぁ。それとも、ぜんざい? それとも……)


 私が、あれこれ考えていると、オスマンサス様が、「ふむ。残りのあんまんのあんこも、冷めたであろう。どれ」と言って、お皿の上にあったあんまんに手を伸ばした。


 と、その時だった。バタンと大きな音をたてて、お店の扉が開いた。びゆうっとつじ風の端っこがお店の中に入り込む。





「あー!!! オスマンサス、みっけえ!!」


 大きな声が店に響くと、扉の向こうに、10歳くらいの少女(?)が立っていた。





 





 

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