豊と実りの王は『あんまん』をご所望です
「え? 消えた???」
魔法石も転移門もないのに????
(何が起こった? アランさんって魔法使いだったの??)
びっくりしてアランさんの方を見ると、アランさんは困ったように頭の後ろのあたりを掻いている。
「オスマ……、あ、あの、モップルルの葉は、
広げた右手をアランさんにむけて、アランさんの言葉を遮る。
「ほんと、情報過多で頭が追いついていっていないんだけど……、今のは、何? アランさんの新手の魔法?」
「いいや。あれは、
アランさんが片手をふりながら笑う。
「魔法具? モップルルの葉が?」
「ああ。
「こ、こ、木の葉が魔法具???」
びっくりしすぎて、どもるし、声が裏返る。
「そりゃそうだろ。
アランさんが不思議そうな顔をする。
「ちょ、ちょ、ちょっとまって!
四季を司る高貴な人々っていうのはおとぎ話の中の人物でしょ?
四季っていうのは、難しいことはよくわからないけど、お日様とか気圧とかが関係する自然現象の一つのはず。
そう、小学校の時に習ったし(前世の記憶)。
この世界では、前世のような科学的な話は教わらないけど、きっと原理は同じはず……よね?
半信半疑な私は、首をかしげるしかない。
「ははは。まあ、実際に見ないと信じないよなぁ。……まあ、そのうちやってくるだろう。
「ほらな」とアランさんはにやにやしている。
あわてて扉を見ると、外からの風のせいかモップルルの葉が渦巻きして店の中に入ってきた。モップルルの葉がすべて床に落ちると、そこには、金色の長い髪を束ねた男の人が立っていた。
(誰だろう?)
「アラン!! なぜ、一つしかよこさなかった?!!!」
男の人は、ずかずかと店の中に入ってくると私を押しのけて、アランさんの胸倉を掴んだ。
「オスマンサス様。いきなり入ってきて、その態度、どうかと思いますが?」
胸倉を掴まれていると言うのに、アランさんのにやにや顔はそのままだ。
「お前が一つしかよこさなかったからだ。 おかげで、わずかしか口にすることができず、お前の言う世界観が変わるほど美味しいという『あんまん』を堪能できなかったではないか!」
「はあ……。食べ物のこととなると直情径行する性格は直された方がいいのでは? ちなみに、今、押しのけたのは、ここの店主で、そのあんまんを作った人ですよ?そんな雑な扱いをしていいのですか?」
「あんまんを………」と言いかけて、オスマンサスと呼ばれた男性はアランさんからぱっと手を放し、私の方を見た。
髪だけじゃなくて目も金色なんだわ。服装もフリルのたっぷりついた白いブラウスに、細かい刺繍が施された長いジレ。どうみても伯爵以上の貴族って感じよね。でも、王都では見かけたことないんだけど……。
うんうん、悩んでいると、「はじめまして。お嬢さん」と、男の人が私の前で優雅に胸に手を当てた。
流れるような奇麗な所作。
(どうみても、身分の高い高貴な………、高貴? 高貴!! も、もしかして??)
ふわっと、甘くて少し懐かしいような香りが男の人から漂ってきて、鼻をくすぐる。
(この香りって、……、キンモクセイの香り! この世界では、デューセ。確か、豊と実りの王はデューセの精だって話だったわ。もしかしなくても、この方が豊と実りの王?)
目でアランさんに問いかける。アランさんはそうだとばかりに、ゆっくりと頷いた。おとぎ話の中の高貴な人が目の前にいる。夢の中にいるのではないかと、自分の手をつねる。
(痛い。夢じゃない)
「深い藍色の髪の可愛らしいお嬢さん。お嬢さんの名前を聞いても?」
アランさんに詰め寄ったときの声とは全く違う、くらくらするような深くて甘い声。
「ロッティです」
失礼にないように、私はエプロンの裾をちょっとつまんで、片方の膝を軽く曲げて、頭を下げる。
「ロッティ。いい名だ。ロッティ、君があの甘いのに甘くなくて、心までほっこりする『あんまん』とやらを作ったのかね?」
「はい、そうです」
「そうか」と私の言葉に、満足そうに大きく頷いた。
お店の入り口に落ちていたモップルルの葉達がざわわっと小さく渦をまいて踊る。お店の中が金色に染まっていく感じさえする。
豊と実りの王は、胸に右手をあて、左手で宙を指した。そして、すごく芝居がかった声で、歌いだした。
「ああ!! レビンよ レビン
おぬしは、なぜ、そんなに恥じらうのか
真綿のような白い布団の中に隠れたまま、じっと息をひそめて
ああ!! レビンよ レビン
おぬしは、なぜ、そんなに燃えているのか
我が触れようとすると、火傷をするほどの熱量を…………」
「はっはっはっはは」と、突然アランさんが大笑いを始めた。私はどうしたらいいかわからず、アランさんと豊と実りの王を交互に見るしかできない。
「アラン。なぜ、笑う?」と、豊と実りの王は、眉間にしわをよせてアランさんの方を見た。
「オスマンサス様。ロッティが豆鉄砲を食らった鳥のような顔をしていますよ」
「なに??」
豊と実りの王が私の方を見る。私は慌てて愛想笑いを顔に張りつける。
「だいたい、いきなり、歌いだしたら、誰だって驚きますよ」とアランさんが私の代わりに答えた。
「歌にしたいほど、すばらしかったのだ。『あんまん』とやらは。ゆえに、『あんまん』を作ったものには、褒美として歌を送ろうと思ったのだ」
「それで……」
アランさんが憐れむような、とても残念そうな顔をして私を見た。私は、どう答えていいかわからず、ただ黙っているしかない。
「見た目は雪鼠を大きくしたような真っ白な饅頭だったが、中からは熱くて甘いレビンがとろりとこぼれて……。その艶といい、茶色がかった赤紫色といい、口の中にいれるのがもったいなくてのぅ……。それなのに、シルビアに見つかってしまい、ほとんどを取られてしまった」
「まあ、シルビアですからね」
「だからな。『あんまん』を所望しに来たわけだ」
「それで、褒美の歌ですか……。はあ、高貴な人は、やはり、どこかズレてる。はぁぁ……、ロッティ、追加で二つあんまんを持ってきてくれないか」
アランさんはそう言うと、やれやれと肩をすくめながら、机の上に銅貨を五枚置いた。
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