おとことおんな


 「邪魔すんぞ」

 「あぁ、上がってくれ」


 その日の放課後、俺は晶を連れて自宅へと帰ってきた。理由はもちろん、女の子の耐性をつけるためだ。

 それにしても、コイツを家にあげるの初めてだな。

 学校ではバカ騒ぎしたりして、交流があるっていうのに、外ではからっきしだもんな。

 しかも今は家に誰もいなくて、二人きり。

 そう考えるとなんか、緊張してくる……。


 「うひぃ!?」

 「なんだ息はあったのか」


 こっ、この女、いきなり人のあごの下撫でやがった。猫じゃないんだから、されたらビックリすんだぞ!

 とまどいながらも振り返れば、口元をニヤつかせている。


 「ふふ、ビックリしたか?」

 「おっ、おみゃー!」

 「噛んでるし、顔真っ赤じゃん。こんなんで耐性つけるとか言ってんのうける」

 「い、いまのは不意打ちだろ!」

 「不意を突かれないとは限んねーだろ?」


 ぐっ、た、確かに、ゆーちゃんがサプライズ登場とかするかもしれん。後ろから脅かしてきたりしたら、勃つ以前に立ったままフリーズして終わるかも。

 せっかくの握手会なのだ。少しでも交流したい。


 決意を新たに、俺は晶を部屋へと案内していく。ドアを開けると、彼女は驚いたような声を上げた。


 「すっげ、これ、あんたの推してるアイドルってやつ?」

 「そうそう。今まで出たポスターとか写真集とか全部あるぞ。CDとかはそっちの棚に」 

 「へーぇ」


 さほど興味なさそうだ。まぁ、良く知りもしない子を紹介されたところで、会話に困るだろうからな。

 それより、今日は遊びに誘ったわけじゃなくて、お願いをするために来てもらったのだ。

 俺はくるっと向き直り、晶と目を合わせる。


 「なに、見上げてきたりして。頭撫でてほしいん?」

 「ちげーよ! 視線合わせてんだ」

 「あぁ、あんたちっこいから分からんかったわ」

 

 ちっこいいうな、頭ひとつ分しか変わんねーだろ。

 まぁいい。ここでチビデカ論争を始めてもしかたないので、本題に入ろう。


 「晶、お願いをするために来てもらったわけだが」

 「んー、まずなにすりゃいいの。手でも繋ぐか?」

 「それいいな」


 握手会なのだから、手を繋ぐのは必須の行為。最初の関門だといってもいい。


 「ん」


 晶が手のひらを差し出してくる。俺も同じように差し出そうとして、止めた。

 そういやコイツと手を繋ぐのって初めてだな。スキンシップはされる側だけど、手を繋ぐとかいった密着系はなかった気もする。

 ちょっと、緊張するな。

 とはいえもたもたして帰られたら困るので、一思いにギュッと握ってみる。ええいっ、ままよ!

 

 「うわ……柔らけぇ」


 驚いた、晶のくせに包み込むような優しさを感じられるのだ。線も細く、長い。

 ゆーちゃんもこんななんだろうか? ドキドキしながら手を握ってると、晶が顔を逸らした。


 「キモいわ、感想とかいうの。柔らかいってなに、つーか、手汗ヤバいんですけど」

 「き、キモいとか言うな! あと手汗はお前のだろ」

 「まぁ……いいわどっちでも。で、慣れた?」

 「慣れたか慣れてないかでいったら、慣れてない。すっげードキドキしてる」

 「あたしで胸高鳴らせてどうすんの」

 「でも、お前女の子だし……」


 不貞腐れたように吐き捨てると、晶に変化があった。頬が朱に染まり、目線が泳いだりしてるのだ。

 コイツのこんな姿見るのは初めてで、俺としても戸惑ってしまう。


 「なに、女の子扱いされて嬉しかったとか」

 「はぁ!? んなわけねーだろ、気持ち悪い」

 「じゃあ目線合わせてくれよ。練習になんないだろ」

 「……っ、ほら」

 「すぐ逸らすじゃん。晶女の子やっちゃってるじゃん」

 「うっ、うるせーな! こちとら女なんだよ悪いか!」


 開き直ってきちゃったよ。けど、そうなると俺としても意識してしまうというか……。

 目の前にいるのは紛れもなく女の子であり、この手のひらの柔らかさも、温もりだって異性のそれなのだと。

 

 「なぁ」

 「ん、ど、どうした?」

 「次、なにすりゃいーの」

 「ええっと……そうだな、できればハグしてほしいというか」

 「……なんでそんなことしなきゃなんねーの」

 「向こうの距離感と、匂いに慣れるためといった感じで」

 「……そうか」

 

 もはや悪態をつく気にもならないのか、彼女は小さく頷いた。恥ずかしそうに顔を赤らめている姿はもう女の子っぽくて、しおらしい。

 不覚にも、可愛いなとか思ってる自分がいることに驚きだった。

 いや、いってもコイツ見た目はいいから! なにも不自然なことはないから、と誰かに向けての言い訳をしつつ、俺は近づいた。

 

 「っ」


 晶が一歩、あとじさった。なんだか普段の境界線を踏み越えようとしてるみたいで、怖い。向こうもたぶん、怖いのかもしれない。

 ともすれば仲良し同士じゃいられなくなりそうな雰囲気が、そこにはあったから。


 「お、おい、逃げんなよ」

 「に、逃げてねーよ」

 「……恥ずかしいならさ、目瞑ってていいから」

 「……っ」

 

 晶がビクッと肩を震わせ、目を伏せた。息を呑む様子がこっちにも伝わってきて、緊張で頭がおかしくなりそうだ。

 ここは男として、こんなことお願いしてる側として、一肌脱いでやらにゃならんとばかりに、俺は近づく。

 すると目を伏せていた晶が、ポツリとこぼした。


 「あぁ、もう、どうなっても知らねーぞ……」

 「え、」

 

 ふわりと風が巻き起こり、俺の身体が柔らかなものに包まれる。

 視界の先は真っ暗だけど、布のごわごわした感じと、温もりを感じる。それが晶のものだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

 「……っ」


 ヤバい、なにがヤバいって、晶にハグされてちょっと勃起しかけてるのがヤバい。

 口が悪くて、がさつで、男っぽいやつだなと思ってたのに、中身は女のそれと変わらなくて。

 心臓がうるさいぐらいドキドキして、めちゃくちゃいい匂いがして、くらくらする。

 つーかコイツ、以外とおっぱいあんのな……。


 「あんたの、」

 「ふぇ?」

 「けっこうがっしりしてんのな。身体」

 「そ、そりゃ、男だし」

 「おい、顔上げろよ。胸元でぼそぼそささやくな」

 「わ、悪い……――っ!」


 顔を上げ、気づかされた。晶の顔が、乙女のように輝いていることに。

 細かった目が限界まで開かれてて、なんだか潤んでて、唇をギュッと噛みしめたりしてて、表情がどこまでいっても朱に染まっていて。

 俺は見惚れてしまっていた。バカにする気なんか起きなくて、むしろ知らない一面がみられたことを身体が喜んでいるみたいだ。

 呆ける俺に、どうにかおちょくる意思を込め、晶は言った。


 「ふふ、なに、そのマヌケ面」

 「も、もともと、こういう顔だ」

 「そーだっけ? もっと、自信に満ちてたじゃん」

 「それは、お前が、」

 「あたしが、なに?」

 「……なんでもない」

 

 魅力的だったからなんて言えるわけない。言ってどうこうなる関係でもないだろうし、向こうが俺をそういう風に認識してるとも思えない。

 あぁ、バカだな俺。気づくのが遅すぎだろ。こんなにもいい女が、すぐ近くにいたとか。

 男なのに、ときめいちゃってる。頭の中でみっともなく、好きだって言っちゃってる。


 「もうそろそろ、慣れたか?」

 「まだ、ムリそう」

 「甘えん坊の、花ちゃんでちゅね」

 「……そうだよ、俺は甘ったれだ」


 こんな状況にかこつけて、抱きしめてもらってる。コイツとの仲の良さを利用して、打算的な気持ちでいる自分に腹が立つ。

 でも、それでも今だけは、甘えてもいいよな?


 「ほんと、心臓に悪いっての」


 耳を澄ました先にある、晶の心臓は、俺のものよりもはるかに高鳴ってるような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る