女慣れするため、仲のいい男っぽい女友達に○○お願いしてみた

みゃあ

おとこおんな


 「なんてこった……」


 スマホを眺めながら、俺はぼやいた。一生分の運を使い果たしたんじゃないかと錯覚してしまうほどの、幸運を掴んでしまったからだ。


 俺には好きなアイドルグループがある。そこが個別の握手会を開催することになり、どうせ当たらんと思いつつもこっそり応募したんだが……当たってしまったのだ。

 まさか当たるとは。憧れのあの子と握手できることになるなんて、夢なんじゃないかと考えたほどだ。

 けど、どうやら現実で、頬っぺたの痛みは本物そのもの。

 頬っぺたをさすりながらも、嬉しさにニヤけずにはいられない。

 その一方で、一抹の不安も覚えていた。


 「おう、はなどーしたんだ。身体固まってんぞ」

 「っ……なんだあきらか。――てか、名前で呼ぶな、豪徳寺ごうとくじと呼べ!」

 「べつにいいだろ。花ちゃーん?」

 「やめろや、しばくぞ」


 俺の肩にもたれかかりながら、挑発をしてくるソイツ、名前を細崎さいざき晶という。

 口が悪く、がさつで、人の名前をいじってくるようなやつだ。やめろと言っても聞きやしない。

 そんな俺からみればどうしようもないやつだが、コイツは案外とモテた。

 鋭さを覚える目つきに端正な顔立ち、黒のショートヘアは、どこぞの王子様かよとツッコみたくなる容姿で、それはそれはモテる。女に。

 だが、女だ。それがコイツにとっては問題なのだ。

 なぜかというとコイツ、女だからである。

 そう、女。この見た目でいい性格をしている、女の子なのだ。


 「そういやお前、女だったよな……?」

 「あ、なに、喧嘩売ってんの?」

 

 前の席に腰かけ、指の関節を鳴らしだす晶に、俺は慌てて首を振る。


 「いやいやいや! そういうワケじゃなくて! お前が女で良かったかもと」

 「なに、もしや欲情したとか。引くわー」

 「やめろ、生ものは……取扱注意なんだぞ」

 「で、あたしが女で良かったって、理由あんだろ?」


 そうだった。忘れるとこだった。

 俺は持っていたスマホを、晶に見せた。


 「ん、なに? 握手会、当選?」

 「そうなのだ。俺は一生分の運を使って、引き当てたのだ。ふっふっふっ、これで愛しのゆーちゃんと握手が出来るってもの」

 「盛り上がってるとこにほいっ、手鏡~」

 「うわぁ! なんだこの気持ち悪い顔したやつは!? 俺だ!!」

 「あははははっ! あんたの反応、ほんとうける」

 

 この野郎……じゃなかった、このアマ……人を弄びやがって。

 イラっとはしたものの、ここで俺が引くわけにはいかない。コイツにお願いしたい、とある提案があったから。


 「コホン……その、握手会に当選したはいいんだが。ひとつ、心配事があってな」

 「手汗がヤバいとか?」

 「それは、大丈夫だ、たぶん。俺が心配なのは、彼女の前に立った時に……た、勃たないかってことだ」

 「は?」


 晶が小首をかしげている。いまのニュアンスだと分かりづらかったのやもしれん。


 「だ、だからその! ぼ、勃起、しないかということで」

 「いや、あんた、急になに言っちゃってんの……」

 「そう思うよな!? でも、考えてもみてくれ。目の前に憧れの人がいて、同じ空間で触れたり、話したり、こ、呼吸したりするわけだ……? それで、辛抱ならなくならないか心配で」

 「べつに……バレるとは限らねーだろ」

 「そうかもしれないが、万が一バレて、ドン引きされて、嫌われてしまったりしたらもう、俺は生きていけない……」


 最悪のシナリオを想像して、俺は頭を抱えた。

 目の前で勃起なんぞをした俺を見て、彼女はこう思うだろう「助けて警備員さん!」で、取り押さえられる。人生が詰む。

 どうせならいっそ罵倒してもらった方が、まだ救いがあるというもの。


 「うわキモ」

 「そうそうそんな感じで……って、お前かよ」

 「つーかもう最悪、ほんとヤダ、なんて話聞かされてんのあたし」

 

 口元を押さえながら席を離れようとしている晶に、俺は待ったをかけた。


 「頼む! 最後まで聞いてくれ! お前しか頼れないんだっ」

 「ヤダ、キモい。これきりの付き合いだわ、そんじゃ」

 「ごしょうだあぁぁぁっ! たのむうぅぅぅぅっ!」

 

 俺は頭を下げた。机に額を打ち付け、必死でこいねがう。

 すると、俺の意思が伝わったのか。ポンと、頭に手を置かれた。


 「ったく、泣き虫でちゅねー花ちゃんは」

 「ぐすっ……な、泣いてねーし」

 「鼻拭けよ、汚ねーから」


 真顔でティッシュを渡されたので、ありがたく使わせてもらう。

 さてと。少なくとも話を聞いてくれる気にはなったようだな。


 「で、あたしはどうすりゃいいの? 一緒に付き添ってほしいってか?」

 「いや、俺の分しか握手券ないし、ムリだぞ」

 「んじゃ、なんだよ」

 「頼む――抱かせてくれ」

 「今まで楽しかったよ、そんじゃ」

 「おいいっ、待て!」


 マジで冷めた目をしている晶を必死で引き留め、席へと座ってもらう。

 これ以上は下手を打つと本気で付き合いがなくなりそうだ。ゴミを見るような目してるもの。


 「抱かせてくれってのは、ヘンな意味じゃなくて、耐性をつけるための訓練って意味でな」

 「耐性をつける? それって、あんたのが反応しないようにするためってことか?」

 「そういうことだ。晶に協力してもらって、女の子の耐性をつける。そうすれば、本番も勃たなくなるだろうという考えだ。いちおう、お前も女だもんな?」

 「あたし、あんたのもいじゃった方がいい気がしてんだけど」

 「やめろ! お先真っ暗にするな!」

 

 それだけは勘弁してほしい。失うものが大きすぎる。

 チラチラと目配せをしながら、晶の反応をうかがう。すると、大きなため息が吐かれた。


 「……ったく、ほかの女のために、使われる身にもなれっての」

 「え、なんか言ったか?」

 「しょうがねーから、あたしが一肌脱いでやるよって言ったんだよ」

 「ほんとか! ありがとな!」


 俺が深々と頭を下げると、髪の毛をわしわしされた。くすぐったいが、機嫌を損なうのもマズいので、されるがままだ。


 まぁ、とにかくこれで、準備が整った。

 晶には悪いが、いろいろとお願いさせてもらおう。

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