第5話 二枚の設計図

「晴れたなあ!」

 翌日。

 外に出たリリスは、見事なまでの快晴に大きく背伸びをした。

「カンナはこれからどうすんの? 俺は大聖堂に行くんだけど」

「また街の中に入るのか?!」

「そうだよ」

 リリスの軽快な返答にカンナはうなった。街の中には昨日の放火犯がいるかもしれない。彼は明らかにリリスを狙っている。

「家に帰るという選択肢はないのか」

「届け物が終わったら帰るよ」

 にこやかに答えるリリスに、カンナは困った。

 出来れば街の中に戻って欲しくないが、そのためには彼に理由を話さなければならない。それに、今はまだあくまでも予測の段階なのだ。

(今、色々と話すのは得策じゃないな)

 この少年に不安感を与えるだけで終わってしまいそうだ。だからといってリリスを放っておくわけにはいかない。カンナは彼に呼ばれたのだ。

 カンナはため息をつくと、リリスに同行を申し出た。

「じゃあ俺もついて行く」

「ホントに?! 大歓迎だよ、父さんもいるし」

「で、なぜ大聖堂に行くんだ?」

 カンナが尋ねると、リリスは誇らしげに笑った。

「俺の父さん、設計士なんだ。今回のラダト大聖堂の改修工事の専任に選ばれててさ」

「その父親に届け物か」

 カンナの言葉にリリスは少しだけ顔を曇らせた。それから、道具を置いてある小屋の中にいそいそと戻る。

 自分のバッグの中をごそごそと漁っていたリリスだったが、その奥底から小さく折りたたまれた紙を取り出した。

「コレ」

 カンナに手渡すと広げてみるように促す。

「スゴイだろ」

 カンナが広げたそれには、沢山の線が幾筋にも引かれ数字や文字が細かく書き込まれている。そう、それは大聖堂の設計図だった。

 カンナは微かな違和感を覚えた。設計士なのだから設計図は必需品。それを忘れるなどということがあるのか。これがなければ何も建たないのではないか。

 それに疑問はもうひとつ。改修工事はすでに何週間も前から着手されているのに。

「今更?」

「……俺もよくわかんないんだけどさ」

 一瞬の沈黙のあと、リリスはカラッと笑った。その沈黙が物語っていた。

「お前、隠し事って苦手だろう」

 カンナは手元の設計図を元のように折りたたみながら、呆れたように言い放つ。リリスは苦笑いをこぼした。それから急に真剣な顔をする。

「設計図、ほんとは二枚あるんだ」

「どういうことだ?」

「俺、偶然聞いたんだよ」

 リリスはあの月のない夜のことを思い出しながら話し始めた。

 妙な胸騒ぎがした夜だった。お祈りをして床についたけれども一向に眠れなくて、水でも飲んで喉を潤そうとベッドから這い出た。

 部屋のドアをほんの少し開けたところで、リビングに人がいることに気がついたのだ。

(……お客さん?)

 小さくささやくような声が聞こえて、リリスは思わず耳をそばだてた。

「大聖堂の中に?」

 これは父親の声。

「そうだ。報酬は……こんなもんでどうだ」

 これは聞いたことのない声。

 そういえば、今度大聖堂を改築すると言って父親が設計図の作成に取りかかっていたが、その聖堂の中に何かを作るということか。

「いや、しかしここは神聖な場所で」

「だからだよ。断ってもいいのか? この村が無くなるぞ」

「それだけはっ」

「だったら話は早いだろ。金もこれだけ出すって言ってるんだ」

(……脅されてる?)

 声だけを頼りに、リリスは会話の趣旨を読み取ろうとした。

 しばらくの沈黙のあと、父親の弱々しい声が聞こえた。

「……わかった」

「最初からそう言えばいいんだよ。工事にはバレないようにダミーの設計図を持って行けよ。でも聖堂の中にこんなのがあったら、驚くだろうなァ」

 カラカラと乾いた男の笑い声だけが妙に耳にこびりついた。

 それが、あの夜の記憶。

 神妙な面持ちのまま、リリスはカンナから受け取った設計図を再び広げる。

「脅されてたんだ、父さん。でも設計図を持ってこいって連絡してきたから、神官様に言うのかもしれない」

「……そうか」

「でね。気になる箇所はここなんだ」

 開いた設計図の一角を指さす。ちょうど祭壇の裏辺りに小さな空間がある。

「その男は盗賊のアジトを作るって言ってた。俺、ここに行きたいんだ」

 隠し部屋らしき箇所を指さすリリスの突飛な発言に、カンナは目を見開いた。

「行く?! ここに?」

「うん」

「どうするんだ。潜り込むつもりか?!」

「アハハ、潜り込まないよ」

 設計図で場所を確認すると、リリスは手早くその図を折りたたむ。人目の付かない小屋の中といえど、あまり外に出しておきたくないのだろう。

「俺の力じゃアジト壊滅なんて無理。でもこの設計図を警備隊に差し出したところで、俺たちの村の安全まで保証されるわけじゃない。だからね、ここの隠し部屋の入口を開けておきたいんだ」

「現場の神官たちに発見させるっていうことか。現場で起こった偶然の事故であれば、村は関係ないからな」

「うん。そういうこと」

 リリスはそこまで話すと、ささっと身支度を整えた。それから一呼吸置いて、カンナの表情をうかがう。

「できれば父さんが神官さまに進言する前に事を起こしたい。その、もしよければカンナ……手伝ってくれないかな」

「まあ、ここまで聞いて無視はできないしな」

「ありがとう!」

「だがお前、そういう話はもっと慎重にしろ。俺だったから良かったものの、他のヤツには話してないだろうな」

 もしかしたら昨夜の放火は、彼の話を聞いてこの設計図を狙ったのかもしれない。

 しかしカンナの予測とは裏腹に、リリスはとんでもないとかぶりを振った。

「こんなこと誰にも言えないよ! 誰が敵で誰が味方か分からないのに!」

 でもカンナならきっと大丈夫だって思ったんだよね、とはにかむ。

「カンナってなんか懐かしい感じする。ほぼ初対面なのに不思議だよな、昨日一度会ったからかな」

「……」

 カンナは黙した。リリスの感性は何かを感じ取っているのだろうか。カンナが彼に呼ばれた理由が関係しているのだろうか。精霊たちがあの火災からこの少年を守ったのも、この辺にも由来しているのだろうか。

 次々にわき起こるカンナの疑問をよそに、リリスは立ち上がった。

「んじゃ、出発しようぜ!」

 目指すはラダト大聖堂だ。

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