第3話 捜しもの

 巨大都市、ラダト。

 隣町の正式名称である。

 中央の大通りをひっきりなしに馬車が行き交い、煌びやかに着飾った貴婦人たちは優雅にショッピングを楽しみ、路面列車の汽笛が鳴り響く、そんな大都市である。牛がもーもー、山羊がめーめー鳴いているリリスの住む村とは大違いなのだ。

 その街にリリスがたどり着いたのは、すっかり日も暮れたころだった。

(相変わらずでけー……)

 きらきらと輝き始めている街明かりを見上げながら、リリスはただ呆然と立ち尽くしていた。

 このラダトの街は階段状の都市だ。中央の一番高いところに大聖堂があり、それを中心に放射線状に大通りが伸びる。街は四区画に分かれていて、一番高いところに大聖堂、次の層が居住区で街の統治者やそれに関わる人々、比較的裕福な人々が住む。三層目は商業地区、そして一番低い層にはスラムとまではいかないが、決して裕福とは呼べない人々が生活を営んでいた。

 リリスが目指すのは、中央にそびえる大聖堂。

 と言いたいところだが、こんなに暗くてはもう扉は閉まっているだろう。届け物は明日渡すしかない。

 リリスは商業地区をあてもなく歩く。ほどなくして大通りのとある角に宿を発見し、今日はそこで一晩お世話になることにしたのだった。

 一方。

 日の高いうちは街道で行き倒れていたカンナ、彼もまたラダトへ到着していた。

 彼には捜しものがあった。この街に呼ばれた気がしてやってきたのだが、目当ての物はなかなか見つからない。

 気がつけばすっかり真夜中だ。

 ほの暗い裏路地をぶらりと散歩していると、バタバタと慌ただしく走る足音が聞こえてきた。

(ラダトの治安は割といいはずだが……)

 盗賊のたぐいかとカンナは物陰に身を潜める。すると、目の前を通り過ぎていったのは火消し隊だった。

「出火元は?!」

「角の宿屋だ、急げ!」

 どうやらそう遠くない場所で火が出たようだ。

(俺には関係ないな)

 あいにく野次馬をする趣味は持ち合わせていない。

 しかし何か引っかかった。この感覚、なにかに引き寄せられているような感覚だ。

「チッ」

 カンナは小さく舌打ちすると、火消し隊が走り去っていった方へ駆けだした。もしかしたら捜しものが火事場にあるのかもしれない。

 そう考えている間に、火消しと野次馬の集う宿屋にたどり着いた。

 その木造の建物はごうごうと音を立てながら、赤い炎と黒煙を吐いていた。火消し隊たちが突破口を開こうとホースでありったけの水をかけている。

「生存者は?!」

「未だ確認できない。しかしこの火では……」

 ひとりの火消しが絶望的な台詞をこぼした。

 たしかに彼らが一歩も踏み入れることの出来ない程の強い火だ。中にいる人間の生存は難しいだろう。

(ただの火じゃないな)

 野次馬にまぎれてそれを遠巻きに眺めながら、カンナは思った。

 これだけ水をかけても一向に消えない。これはもしかしたら魔法で作られたのかもしれない。

 魔法とは、その昔、人間の感性が生み出した不思議な力だ。人それぞれに固有の属性があり、それに見合った力を各々が持っていた。

 しかしその感性も徐々に必要度をなくし、文明の進化の途中でその能力は消えてしまったという。ごくまれに使える者がいるらしいが、それも噂でしかない。だから、この目の前の火が魔法だという発想に至らないのも仕方がない。

 魔法で作られた炎は、魔法でしか消すことができない。

 カンナは宿屋の裏手へ回ると、口の中で小さく何かを唱えた。誰も見ていないことを確認し、焼け落ちた勝手口から躊躇ためらいなく中へと入る。

 火消し隊が足を踏み入れることの出来なかった炎。しかしカンナには難しくなかった。

 中は凄まじい有様ありさまだ。全てのものが炎に包まれ、黒い炭へと化している。炎に包まれながらもまだ息のある者が、朦朧もうろうとした意識の中、救いを求めてカンナに手を伸ばしてくる。

 カンナは恐れることなく彼の手を取ると、口の中で再び何かを呟いた。カンナの手のひらを伝って青い光がはらはらと舞い落ちる。不思議なことにその一帯の炎が沈静した。

 息ある者にはその不思議な光を施しながら、カンナはひとつずつ部屋を覗く。

 火の粉が弾けては降り注ぐ。しかしそれはカンナの皮膚にたどり着く前に青く溶けて消える。

 魔法、という言葉で片付けてしまうにはいささか桁外れな術をほどこしながら、カンナは脳内でつぶやいた。

(ここじゃない)

 先ほどから頭の中に呼びかけてくるものがある。人であるのか物であるのかわからないが、この宿の中にあるのは確かだ。

 奥に進むにつれ、脳裏の警告音は強くなっていった。

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