第3話 非情なルール

 アリサと競輪の神様は、名古屋競輪場の北入場門への列に並んだ。名古屋競輪場には、もう一カ所出入口(正面入場門)がある。

 しかし、二人が北入場門に並んだのには理由があった。こちら側の行列に並ぶと、選手を見ることができる可能性があるのだ。

 既に行列は北入場門へ向かう形で、歩道に100メートル近くできていた。すると、名古屋競輪場の警備員さんが声をあげる。


が通ります。通してください」

 そう言って警備員さんは車道にいる他の車や、歩行者を退避させる。

 アリサ、競輪の神様、それにその他の客も、一斉にバスへ視線を向ける。

 北入場門に続く車道を大型バスがゆっくりと進んでくる。皆、バスの車内をのぞき込むように、バスの窓へ注目した。

 それもそのはず。このバスに今日、出走する選手が乗っているのだ。行列に並ぶ客は皆、選手の顔を拝もうと必死にバスの窓を見る。


「頑張れよ」

してるね、アイツ」

「頼むよ、今日こそ先行してよ!」

 選手を乗せたバスは窓がキッチリ締められている。それでも応援と、厳しいお声を投げかけるお客様たち。彼らの声が、選手に聞こえているかはわからない。


「そうだ、これをキミに渡すよ」

 競輪の神様はアリサにハガキを渡した。

「これ、何?」

 首を傾げるアリサ。

「ここ名古屋競輪場では、特別観覧席特観席のチケットを購入する際には、北入場門の行列に並ぶ必要がある。で、昨日と今日は抽選で当選した人のみが、特別観覧席特観席に入れるんだ」

 神様は事情を説明した。


「このハガキが既に特別観覧席特観席への入場券の役割を果たしているのね?」

「その通り。名古屋はゴール線付近のホームストレッチ側は少し狭いからね。どうせなら、特別観覧席特観席でレースを観たいだろ?」

「なるほど、神様のご厚意に感謝するわ」

 アリサはニコッと微笑んだ。それに対して、競輪の神様も嬉しそうな様子。、これくらい愛嬌があればよかったのに。アリサはそう思った。


「そうだ、開門を待つ間、先程、説明し忘れた点について補足したい」

「そうね。移動を優先させて、全ての説明を聞いていなかったわ」

 アリサは思い出したかのように言う。

「勝った金は、全てキミのものとして持ち帰ってOK。それと今まで通り、決勝戦の予想をしてもらいたい。もし、当てたら僕からボーナスとして、払戻金を倍にして持ち帰ってもらうことにするよ」

「本当!?」

 競輪の神様に迫るアリサ。


「ああ。本当だ。だから、落ち着いて・・・」

 アリサを引き剝がす競輪の神様。

「ああ、ゴメン、ゴメン!神様ってば太っ腹なんだもん!」

 嬉しそうに言うアリサ。

 一方、呆れ顔で競輪の神様は説明を続ける。

「今回は決勝戦で2車単と3連単の予想をしてもらうよ。このどちらかが当たれば、キミの勝利だ。例えば、2車単を当てて、払戻金が15000円だったら、その倍の30000円を持ち帰ってもらうよ。そのため、今回は優勝者を言い当てるのは無しとする」

「OK、いいわよ!受けて立つわ!」

 やる気は十分のアリサ。


「それと、決勝戦以外のレースでも、当てた払戻金は全てキミのものだ」

「マジ!?何で、今回はそんなに太っ腹なの?」

 あまりの気前の良さに流石に驚くアリサ。

「それはキミの金で勝負してもらうんだから。当然じゃないか?」

「はっ・・・?」

 神様の言葉を聞いて固まるアリサ。


「えっ?軍資金は私持ちなの・・・?」

「そうさ」

「なんだと・・・?」

 アリサの表情が強張っていった。



                  ※※※※※



 北入場門が開いて、いよいよ名古屋競輪場へ入るアリサと競輪の神様。

 アリサにとって、ここは並行世界の名古屋競輪場。だが、基本はアリサの暮らす世界の名古屋競輪場と全く同じなので、違和感がないのが不思議だ。

 並行世界とはいえ、名古屋競輪場には久しぶりに来たアリサ。

 アリサが暮らす世界で、彼女が大学生のとき、日本選手権競輪ダービーが名古屋で開催された。それを観に来たとき以来になる。それ以外の名古屋競輪のレースは、ネット投票か、首都圏・競輪場の場外発売で勝負をしていた。


 この並行世界ではGⅡ共同通信社杯の決勝戦の日だが、やはり多く客が来ている。アリサと競輪の神様は、特別観覧席特観席・入場用ハガキを渡して、特別観覧席に入っていた。


 アリサは地元の専門予想紙を購入し、いつになく真剣な様子で予想をしていた。

 まるで大学受験の模試を受ける高校生のように真剣で、何も喋らない。本当に静かで、先程までのハイテンションが嘘のようだ。これが、『嵐の前の静けさ』にならなければよいのだが。



                ※※※※※



 真剣に、静かに予想するアリサを見ている競輪の神様。

 今回は軍資金がアリサ持ちとわかり、彼女は凄くショックを受けていた。神様他人の金で勝負できると思っていたから、そのショックが大きかったようだ。


 以前と同じで、最後の答えは『16時27分』に聞く。決勝戦の投票締切時刻だ。

 そこで、決勝戦の2車単と3連単の予想を聞く。





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