第4話 記憶の断片

 俺は部屋を片付けた。すぐにきれいになった。同じ人間なのに、なぜ昨日の自分はこんなにだらしなかったんだろうか。


 俺は片付いた部屋に座った。6畳くらいしかなくて、部屋の1/3はベッドで占められている。まるで大学生か若い人が住むような部屋だ。


 俺はこれからどうしようか悩んだ。取り敢えず、何か食わないと・・・。俺は冷蔵庫を見て何か食べるものがないか探した。俺は普段何を食ってたんだろう。何も入っていない。俺は朝パンを食べて出たはずなのだが・・・。あれも幻だったのか。


 今、いくつ何だろう。財布にあった免許証を出して見る。俺は1971年生まれの50歳だった。

 今は無職なのか?

 どうしたらいいんだろう。

 家賃はどうやって払ってるのか・・・。部屋を漁ってみる。わかりやすいところに不動産賃貸借契約書がある。俺の名前で借りられている。


 家賃は毎月振り込みだった。

 あと10日で月末だ。

 振り込まないと追い出されるのか・・・俺は口座に金があるんだろうか。

 それに、ここにある物は本当に俺の物なんだろうか。見覚えのない物ばかりだ。俺の好みでも何でもない味気ない家具。服も趣味と合っていない。


 この部屋は・・・全く覚えていない。ここに、いつから住んでるのかも。賃貸借契約書によると1年半前にここに越して来たようだ。

 取り敢えずここにいるしかないのか・・・。俺はおなかが空いたから、コンビニに夕飯を買いに行った。張り紙があった。そこでは、バイトを募集していて、履歴書不用と書いてあった。時給は1050円。俺は申し込んだ。すぐに採用された。一先ずコンビニでバイトして家賃を払おう。俺は前向きだった。


「深夜はちょっと。就職活動するので、夕方から12時くらいでお願いします。」


 携帯のアドレス帳を見たが、知っている名前が全然ない。

 ほとんど登録がなくて、電話のやり取りは昼に電話したマリカ♡ともう一人くらいだった。


 メールやLineはない。

 奇妙だった。

 俺が生きていた痕跡がない。


 よほど友達がいなくて、誰ともやり取りしていない人だったらしい。

 俺は昨日まで会社員だと思っていたのだが・・・。

 8年ぶりに会った不倫相手の常盤さんは、前とほとんど変わっていなかった気がする。


 俺は常盤さんに電話した。


「ごめん。話したくて・・・いいかな?」

「あ、い、今、外で飲んでて・・・」

 気まずそうだった。もしかして、男が一緒なのかもしれない。

「あ、そうか。ごめんね」

 俺はすぐに切った。

 普通は外に友達がいたりするものだ。家に帰って寝るだけっていうのは自分くらいだろう。俺は所在無く携帯をいじっていた。全部かけてみよう。


 電話のコール音が鳴る。

「もしもし、前田と申します。〇〇さんの携帯ですか?」

「はい、そうですが・・・。どうされましたか?」

 優しそうな年配の女性だった。

「今ちょっと、記憶喪失で・・・私のことを何でもいいので話してもらえませんか」

「はあ・・・では、ご自身がアルコール依存症の認知症だおいうこともお忘れですか?」

「え?認知症?」

「はい。アルコールのせいで脳がダメージを受けてしまったようで。記憶がスコンと抜けてしまうっておっしゃってました」

「〇〇さんと私はどうやって知り合ったんでしょうか」

「私は民生委員です」

「ああ。そうですか・・・私って生活保護か何か受けてますか?」

「いいえ。アルバイトされてたみたいですけど」

「何のバイトですか?」

「最後に会った時は、工場で箱詰めをやってるって聞きましたけど」

「どこの工場かわかりますか?」

「いえ・・・そこまでは」

 俺は覚えていない。バイト先の工場にも迷惑をかけているのか・・・しかし、バイトの給料で未払いの分があるかもしれない。探そう。俺は、〇〇さんとの電話を切ってから、必死になって探したが、それらしい名前は出て来なかった。


 明日からバイト頑張ろう。俺は殊勝にも心に決めて、大人しく布団で眠った。パイプベッドで、布団が敷いてあるだけの物だった。ただ、30センチばかりカサ上げしているだけだった。こんなところで寝てたなんて・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る