第2話 常盤さん
常盤さんは話し始めた。
「8年前ですけど、前田さんはアル中になってて、会社に来ても酒臭いとか、お客さんからクレームが色々あったんです。それに、大事な商談をドタキャンしたこともあって。都合ということで合意退職したんですよ」
「そうだっけ・・・。俺、昨日の夜も仕事行ってた記憶しかなくて。やめてから何してたか知ってる?」
「転職したんじゃなかったでしたっけ?」
「え、そうなの?」
「普段から酒が飲めるようにって、バーで働き出したって聞きました」
「え、そんな転職ある!?だって、俺、大卒サラリーマンなのに・・・」
「六本木のバーで、けっこういい店だって聞きましたけど」
「アル中なのに、カクテルなんか作れるわけないよ」
「うーん。でも、その頃は、そんなにおかしくなかったですよ。普段は」
「まったく記憶にないんだよね。その六本木のバーってのが」
「場所、覚えてますよ・・・連絡くれて、会社の人と一緒に行ったから」
「来てくれたんだ。嬉しいなぁ・・・覚えてないけど」
「いいえ。でも、けっこう素敵でしたよ。バーテンになった前田さんも。渋くて」
「あ、そう・・・。何で覚えてないんだろうな」
俺は戸惑った。
「俺、結婚してなかったっけ?」
「ええ。してましたよ。でも、クビになるちょっと前に奥さんが実家帰っちゃったって聞きました。小学生のお子さんも2人いたけど、連れて行っちゃったって」
「あ、そんな前だったんだ。何だか昨日までいたような気がしてて・・・」
「その間のことは何も覚えてないんですか?」
「うん。不思議だけど、ずっと〇〇〇で働いてた記憶しかなかった。よかったよ。常盤さんにばったり会って」
「いいんです。全然」
「君のことはちょっと覚えてるんだよ。君、旦那さんがいたよね。それで、西馬込に住んでなかったっけ?」
「そうです。そうです」
「今もあの辺に住んでる?」
「いいえ。離婚したんです。私・・・」
「え、そうなの?」
俺はチャンスだと思った。
この唯一の知り合いを取り込みたかった。
「旦那が浮気して・・・」
「そうなんだ・・・大変だったね」
「でも、子どもがいないうちに離婚できてよかったなって思ってるんです」
「そうだね。君ならまだチャンスあるよ。きれいだし」
彼女は笑った。
「すごいですね。こんなおばさんでも褒めるって。さすが!前田さん、会社の女子にモテモテでしたよね」
「そんなことないよ!だって、会社出たところで常盤さんだってすぐ気が付いたし。全然変わってないよ」
俺はとりあえずほめた。褒められてうれしくない人はいない。
「こんなこと言ったら、厚かましいんだけど・・・力を貸してくれない?俺、何も覚えてなくて」
「まあ・・・私でできる範囲でなら」
彼女は快諾してくれた。
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