遁走
連喜
第1話 目覚め
朝起きたら家族がいなくなっていた。
俺には妻と子供2人いたはずだが、跡形もなくなっていた。
写真や持ち物も一切が消えている。
子どもの物も何もない。
ランドセル、おもちゃ、ゲーム機そんなものも、一切合切なくなっていた。
俺は昨夜、酒を飲んで泥酔して、リビングで寝てしまったと思うのだが、リビングに飾ってあったはずの家族の写真や、旅行に行った時に買った土産物の置物なんかもすべてなくなっていた。
妻が俺を苦しめるために、自分たちの痕跡を消して夜逃げしたんだろうと思う。
そういえば妻は離婚したいと言っていた。
俺は同意しなかった。
一生一緒にいると約束したのに、今さら気が変わったなんて受け入れられるはずがないだろう?
俺は朝起きてスーツに着替えた。
家族に何が起きても、とりあえずは、会社に行かなくてはいけない。
俺は一先ずいつも通り駅に向かった。
改札でPASMOをタッチしたが、おっと。定期が切れていた。
継続定期を買い忘れてしまったんだ。馬鹿だなと思う。1日分割高になってしまう。今日の帰りにでも買おう。でも、忘れるから、電車を降りたらすぐ買おうか・・・。
俺は会社に向かう。俺が勤めているのは、〇〇〇という無名の外資系のメーカーだ。外資系と言っても全然激務じゃないし、のんびりした会社だ。時計を見ると8時55分。オフィスビルの1階は9時スタートの会社の人であふれかえっていた。
うちも定時が9時だからぎりぎりだ。
俺はオフィスに入って行った。不用心だけど玄関は開けっぱなしだ。
タイムカードがないからそんなに気にしなくてもいいのだが、細かい人は1分遅刻しただけで、ネチネチ言ってくるから面倒だ。
「前田さん!どうしたんですか?」
たまたまオフィスから出てこようとしていた同僚に会った。
5歳くらい年下の女性で、名前は常盤さんという人だ。
「え?」俺は戸惑った。何かおかしいだろうか。
「別に何もしないけど」
「今、どうされてるんですか?」
「え?どうって」
「8年ぶりくらいですよね。やめてから?」
「え、俺、会社辞めてないよ!」
「いいえ。会社都合でやめられましたよ・・・」
「え・・・そうだっけ・・・」
俺は恥ずかしくなってオフィスから出た。
全然、思い出せない。
そう言えば、俺は昨日も会社にいて、遅くまで残業してたと思うのだが・・・。
やっぱり、オフィスに引き返した。
何が起きているのか、彼女に確認したかった。
そして、客として入って行って、たった今、会ったばかりの、常盤さんを呼び出してもらった。俺は彼女とは仲が良かった。何度も飲みに行ったり、一緒に出張に行ったこともあった。
「ごめんね。ちょっと話を聞かせてくれない?」
「いいですよ」
30歳くらいで、スタイルもいいし、髪の長いきれいな人だ。
俺に恋愛感情はないけど、モテるだろうなと思う。
彼女は俺との再会を喜んでくれて、ビルの1階に入っている、チェーン店のカフェに誘ってくれた。
実は、前に3回ほど寝たことがあったけど、優しくて、いい女だった。安心感があって、信頼できる人だった。お互い既婚者だったから、深入りはできなかった。
「俺、何で会社を辞めたか教えてくれない?」
まず切り出した。
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