少年からの依頼-仇-
「似合う?」
「あぁ。とても似合ってる」
首飾りをつけたアスターをみてエディが言った。
青いチェーンがアスターの首で光っている。
「これで依頼も達成したね」
「そうだな……。アスター、ほんとうに私たちと街に帰って一緒に働くのか?ここにいるほうが幸せなら—―」
「ユウキとエディと一緒に帰る」
エディが言いおわる前にアスターが答えた。2体の燐鈴蜂を見つめながら、アスターは続けて言う。
「ママとこの子たちと一緒にいたときも幸せだった。だけど、ユウキとエディと街で暮らす今の暮らしも幸せだから。だから一緒に帰る」
「「アスター」」
嬉しさのあまり、僕とエディ口から名前が零れる。
「でももう少しここにいてもいい?まだこの子たちとも一緒にいたい」
それからしばらくの間、アスターは燐鈴蜂たちとの時間を過ごした。黄色い花畑で遊んでいる姿が、モンスターに襲われている子どもに見えた。
「そろそろ街に帰る。また来るから待ってて」
アスターは燐鈴蜂たちに別れを告げた。
「ってことだから、次も一緒に来ようね」
「うん。また僕とエディとアスターの3人で来よう」
そうして僕たちは街に帰ろうと、大樹に背を向けた。
—―リン、リン、リン——
前から1人の男がこちら側に向かってくる。足音と一緒に鈴の音を響かせていた。
—―ブゥ―――ン—―
背中側から大きな羽音がした。振り返ると燐鈴蜂たちが青白く発光して威嚇している。男に敵意をむき出しにしている。
「お前は……!」
アスターの目も怒りと憎しみであふれている。
「どうしてまだここにいる?俺がモンスターから救って街に返したはずだが……」
「ママのかたきっ!」
アスターはそう叫んで男にむかって走り出した。
アスターと燐鈴蜂たちが男に攻撃をし始めた。
「
地面に爪痕のような傷を残しながら、3つの水の刃が男にせまる。2匹の燐鈴蜂も男にむけて火の玉を放つ。
「
男はそれらすべてを鞭で打ち落とす。
「あの人は
「あれ?
「うるさい。その話はするな」
「エディは相変わらず怖い女だな。それより今の俺を助けてくれよ」
「嫌だ。自分で何とかしろ」
「同じ冒険者で、昔馴染みなのに、それはないだろ……。ユウキは助けてくれるだろ?」
「僕は……」
ビッシオからの問いかけに言葉を詰めらせる。ビッシオを助けるということはアスターの仇の味方をするということだ。アスターと戦うことを意味する。だけどビッシオとは大規模なダンジョン攻略もした仲だ。見捨てるわけにもいかない。
「ったく、相変わらず優柔不断だな。もういいよ、自分で何とかするわ」
ビッシオはそう言うとアスターと燐鈴蜂から距離をとり、攻撃の態勢をとる。
「
鞭を振り、ガラガラという音を響かせる。眩暈によって視界が歪む。アスターと燐鈴蜂の動きが止まる。
「
アスターと燐鈴蜂の2匹を1つの鞭でまとめて締めあげる。アスターたちは完全に動きを封じられる。
やはりビッシオは戦いなれている。アスターとの経験値の差は明白だ。
「正直、君に攻撃される心当たりがないんだけど。むしろ君が燐鈴蜂に襲われているところ救ったんだぞ。感謝こそされ恨まれることはしてないよな?なんで攻撃してくるわけ?」
「だまれ……!!お前は俺がころす!」
「質問に答えろよ。このまま絞め殺してもいいんだぞ」
ビッシオはさらに強く締め上げた。ギシギシと骨がきしむ音が聞こえる。
「かぁ……あっ……」
アスターは呼吸すら困難な様子だ。
「ま、待ってくれ。事情は僕が説明するから、鞭を緩めてくれ。このままだと本当にアスターが死んでしまう」
僕は見ていられなくて口を挟んだ。ビッシオにアスターのことを説明した。
「マジかよ、この子がモンスターに育てられた?そんなことあるのかよ……。俺が殺したのは、この子の育ての親。だからこの子からすれば俺は母親の仇ってわけか」
「だからってわけでもないけど、攻撃したのは見逃してくれないかな」
「でも、俺が今日のこと許してもこの子の恨みは消えないだろ。俺は仇としてずっと命を狙われるわけだ。お前たち2人には悪いけど自分の命を最優先させてもらうぜ」
「それってつまり……」
「こいつはここで確実に殺す」
ビッシオはそう言って、緩めていた鞭の縛りをきつく締め上げなおす。
アスターからうめき声が漏れる。このままでは本当にアスターが絞め殺される。
「
僕が行動を起こす前に、エディがビッシオの鞭を断ち切った。鞭の縛りは解けて、アスターたちは解放される。しかし骨が折れているのだろう。立ち上がることも出来ず地面にうつ伏せになっている。
「諦めて殺す前に、許されようと努力してからでも遅くはないだろ」
「それもそうだな……。俺にとって一番簡単で早い解決法に逃げるには早いな」
エディの言葉にビッシオは説得されたのか、ゆっくりとアスターに近寄った。
「小僧。いやアスター。悪かったな。知らなかったとはいえ君の母親を奪うことになってしまって。すまなかった、許してくれ」
「そんな言葉だけで、謝った程度で、許せるわけがないだろ!大切な者を奪われた怒りと憎しみがそんなもので消えるわけないだろ!!」
アスターはうつ伏せのまま、口から血反吐を吐きながら叫んだ。返せよと言い続けながらアスターはボロボロの身体を震わせ泣いていた。悲しさの涙なのか、悔しさの涙なのか分からないが、零れ落ちた涙は血とともに流れ落ちていく。
「ダメだ。許せないよ。やっぱり」
「
アスターはうつ伏せのまま、力の限りに叫び魔法を詠唱した。
巨大な1体の水の龍がビッシオに向けて牙をむいて襲いかかる。水出来た龍にアスターの血が混ぜっている。アスターだけでなく龍までも血涙を流しているようだった。
「こんな強力な攻撃魔法も使えるのかよ。虫の息だって油断したわ。鞭もエディに切られて防御もしきれないし、俺、ここで死ぬかもな」
ビッシオは龍を前にそう呟いた。
「もし俺が死んだら、後のことは頼むな、ユウキ!!」
ビッシオはそう叫んだ。
「
ビッシオは魔力を鞭にこめた。すると鞭の先が切れ落ちた。落ちた鞭の先は大きく動き回り土煙をあげた。その土煙に龍は飛びこんでいく。
激しい音ともに周囲に水と血が飛び散った。
水蒸気と土煙で状況が確認できない。水蒸気と土煙おさまると、そこに2人の姿が確認できた。
1人はビッシオ。そして血を流して、辛うじて立っているのが—―。
「エディ!!!」
僕は叫びながら走り寄る。血だらけのエディは走り寄ってきた僕に倒れ掛かってきた。
「な、なんで俺をかばってるだよ、エディ!俺は助けないんじゃなかったんだろ!!」
「バカ……。ビッシオ、お前のためじゃない。アスターのためだよ……。アスターを、人殺しに……するわけには、いかないからな。とくに、お前なんかで手を汚すなんて最悪だ……」
アスターは途切れ途切れに言った。
「どうだ…!!流石に無傷ってわけではないはずだ……」
うつ伏せのアスターはこちらを見ながら言った。地面でうつ伏せの状態ではこちらの状況をまだ確認しきれていないのだろう。
だが、ようやく状況を把握して何が起こったのか理解したのか、アスターが狼狽えながら叫ぶ。
「どうして、どうしてだよ!エディ、なんであいつが無傷なんだよ。なんで……エディが血まみれなんだよ!!なにあんな奴をかばってるんだよ!!!」
なんとかアスターはボロボロの身体を這わせながら、エディに近寄ろうとする。こちらとの距離が近くなればなるほど、そのエディの酷い状態が確認できるのだろう。自分の身体の痛みなんか忘れたように、這うスピードが早くなる。
エディも僕から身体を離すと、アスター向かってゆっくりと1歩、また1歩と歩を進める。ボタボタと血を垂らしながら——。
「アスター。ごめんな。アスターを人殺しには出来ないわ。アスター、あの男もだれかにとっての大切な者なんだよ。大切な者を奪われたアスターが、同じように大切な者を奪うなんて嫌だったんだ。アスターが誰かに憎まれ恨まれるなんて嫌だったんだ。だから、母親の仇って分かっていても庇っちゃったわ。ごめんな」
「謝やまらなくていいから!!それより早く傷の手当をしないと……!!」
アスターは泣き叫んでいる。頭も顔も心もぐちゃぐちゃになっているのだろう。
「アスターのほうこそ傷だらけだろ。私は大丈夫だから自分の心配をしろ」
エディはそう言うと自分の持つ回復草や回復薬をすべてアスターに使った。
「アスターはまだ子どもなんだから。もっと自分を大切にしないとな。まだまだ甘えてもらわないと」
そう言うと、エディは気を失って地面に倒れた。
「もっと甘えるから!だからまだまだ甘えさせてよ!!甘えさせてくれるでしょ!前には母親にもなるって言ってくれたよね!!目を覚ましてよ、エディ!!」
エディによって全回復したアスターは、血だらけのエディを抱きしめて泣いている。
「そうだよ!!アスターを人殺しにはさせないんだろ!!なら死ぬなよ!エディも生きて、3人みんなで帰るんだ!!」
僕もエディを抱きかかえる。
「ユウキ!!!なんとかしてよ!エディを助けて!!!」
「分かってる!!!!」
僕は手持ちの回復草と回復薬をすべて使った。しかしすべての傷がふさがらない。深い傷からはまだ血が流れている。
「くそっ!!!」
慣れない回復魔法を使うがそれでも血は止まらない。
「回復魔法なら僕も使える!!!」
そう言うと、アスターも回復魔法を使う。2人がかりでエディに回復魔法かけた。なんとかしてすべての傷はふさがった。だが目を覚ます気配はない。心音もゆるやかになっている。
「どうして!!どうして目を覚ましてくれないの!!!」
「目を覚ませ!エディまで先に逝くなんて許さないぞ。おいていくのも、おいていかれるもの嫌なんだ!!」
僕とアスターの呼びかけにエディは全く反応しなかった。
—―チリン——
「これ、使えないか」
そう言ってビッシオが白い鈴を出してきた。
「これって——」
「そうだ。アスターの母親の鈴だ」
燐鈴蜂はそれぞれ体内に鈴を持っている。普段は大きな羽音でかき消されているものの、その鈴の音は美しい音色を奏でる。そしてその鈴の音は傷ついたものを癒すと言われ持つものに幸福をもたらすとされている。
そのため燐鈴蜂の鈴は高値で取引されている。とくに白い鈴となると珍しいどころではなく、国宝級のものだ。
「これをアスターに返す。育ての母親の形見だ。俺が持つより相応しいだろう。それにこの音色が奇跡を起こすかもしれない」
両手がないアスターは両腕で挟むようにして、白い鈴をなんとかビッシオから受け取った。
「目を覚ましてエデイ!」
アスターは両腕をふって鈴の音色を響かせる。だがエディは目を覚まさない。勢いよく両腕をふったために鈴が落ちそうになる。僕はそれを受け止めた。
もう一度アスターが両腕に鈴をはさんで持つ。そして今度は落ちないように僕がその腕に両手を添える。
そしてもう一度大きく手を振って叫ぶ。
「目を覚ましてよ!!!エディ!!エディ!!!母さん!!!!」
その叫び声に呼応するかのように、僕とアスターのもった鈴は青白く発光しはじめた。そして何もしていないのに勝手に鈴の音を響かせる。
だんだんとその光は強くなり、音色もより大きく響いていく。
そして青白い光と美しい音色は僕たちを包み込んだ。
ダンジョンの回収屋 秋丘光 @akinokisetu
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