少年からの依頼-発見-
3人でダンジョンに入ってから4日が経った。
1日目で15階層まで進み、2日目で20階層まで進んだ。3日目は24階層を探索したところで終了。
4日目となる今日は25階層から始まった。その25階層の探索も終えて、今は26階層を探索しているところだ。
「やっぱり26階層からの魔物は少し手ごわいね」
「でもまだ予想の範囲内だ。問題ない。それより——」
エディはアスターに視線を向けた。
黄色の花を咲かせる階草が自生するのは21階層から30階層。残り半分だ。あと少しという気持ちとともに、見つかなければどうしようという考えが頭をめぐる。
とくに26階層からは果実をつける階草が中心となってくる。
黄色い花が一面にあるという話だったから、21階層から25階層のあいだで見つかると僕は思っていた。しかしもう26階層だ。
「なんか黄色い花が少ない」
アスターが小さくつぶやいた。
「26階層から花より果実の階草が多いからな」
その言葉にアスターが唇をかんだ。
「大丈夫。きっと見つかる。心配するな」
エディはアスターの頭を撫でながら言った。短く整えられた
そんなやり取りから1時間ほどが経過したころ。ようやく目的の場所が見えた。「こんな場所があったなんて……」
地面が黄色い花を咲かせた階層で覆われている。視界すみずみまで黄色一色だ。こんなにも多くの階草が自生している場所は見たことがなかった。想像以上の光景だ。
わざわざアスターに目的地かどうかを確認する必要もなかった。
その場所を確認したアスターが駆け出した。
「アスター!」
そのあとをエディが慌てて追いかける。
アスターにとっては懐かしい場所かもしれないが、僕とエディにとっては初めての場所だ。何があるか分からない。パーティとしてまとまって行動するほうが安全だ。
僕も2人のあとを追いかける。
「あれが……」
アスターの話に聞いていたとおり、遠くに大樹が見える。高さは10mもなさそうだが、幹はかなり大きい。少なくとも直径で7,8mはありそうだ。
—— ブウゥーーーーン —―
その大樹のほうから嫌な音が聞こえる。
「アスター!一旦とまれ!!」
エディが声をかけるが、アスターは走り続ける。耳障りな羽音もエディの声も聞こえているはずなのに、アスターの足が止まる気配はない。
「アスター!この羽音が聞こえるよね!止まって!!」
「この羽音なら問題ないよ!!」
アスターの答えに、僕もエディも眉をひそめる。
「この羽音は
燐鈴蜂とは体長50㎝程度の大型の蜂だ。紫、赤、黄色、白などの様々な色の個体が存在する。強く毒性をもち攻撃性も高い危険種だ。青白く発光して威嚇する。
「止まれ!青白い光が見えないのか!!」
青白く点滅する大きい光が2個見える。僕らに威嚇しているのは間違いない。
「大丈夫だよ!!おかえりって言ってる!!」
さっきからアスターは何を言っているのか。
あたり一面黄色の階草がカムフラージュとなっていたが、ようやく黄色い体色をした燐鈴蜂が2体確認できた。
僕とエディは戦闘態勢をとる。
「2人とも絶対攻撃しちゃダメだからね!!」
アスターは僕たちそう言うと、さらにスピードをあげて燐鈴蜂へと向かう。
「ただいま!!」
アスターの周りを円を描くように燐鈴蜂が飛んでいる。
「どういうことだ……?」
僕もエディも状況がのみこめない。
青白く発光しているのに、攻撃性の高い燐鈴蜂から敵意を感じない。
アスターのほうも今までに見たことのない笑顔を浮かべている。
「ア、アスター……?どういうことか説明してくれるかな」
僕はアスターに説明を求めた。
「うん。えっとね—―」
そう言って、アスターは僕たちに説明を始めた。
「アスターはここでこの燐鈴蜂と一緒に過ごしてた。でも母親を殺した冒険者によってアスターだけが街に連れていかれて奴隷にされたのか」
「うん」
「もしかして、アスターが言ってた母親って燐鈴蜂のこと?」
「うん、そうだよ」
ダンジョンで住んでいたと言っていたから、可能性はゼロではないとは思っていたが、本当にモンスターに育てられていたなんて。
「でも魔法は人から教えてもらったって言ってたよな?その人が母親じゃないってことか?」
「うん。女の人に魔法は教えてもらったけど一緒には暮してない。ときどきこの場所にきて、気がつくといなくなる不思議な人。魔法以外にも人の言葉とか色々教えてくれた。アスターって名前もその人がつけてくれた」
「ほんとうに?」
「自分はシオンって名前だから、私の弟子の君はアスターって名乗りなさいって」
僕とエディはシオンという名前を聞いて顔を見合わせる。馬鹿みたいな考えが、とっくの昔の祈りが心に浮かぶ。
「アスター、その女の人に最後にあったのはいつ?」
「ママが殺される少し前だったから、1年半くらい前かな」
「そうなんだ」
思いがけないことを知って僕は混乱する。シオンがアスターに魔法を教えた?ありえない。だってシオンは4年前に……。でもシオンなら……。気持ちが信じられないと信じたいを行き来する。
「やっぱり。ずっと守ってくれていたんだね、ありがとう」
燐鈴蜂から首飾りを受け取る。
「アスター、それが私たちが探してたものか?」
「うん。ママの形見」
「それにしても、人型でもないモンスターがアクセサリーをするなんて珍しいな」
「いや、この首飾りをママがしているところは見たことがないよ」
「でも母親の形見なんだよね?」
「うん。本当のママの形見だってママが良く言ってた」
本当のママというのはきっと人間の母親のことだろう。
「本当のママっていうのは……?」
これまでアスターの過去を詳しく聞いてこなかった。ダンジョンで暮らしていた両手がない少年の過去が壮絶であることは想像に難くない。わざわざその過去を根掘り葉掘り聞く気になれなかった。
でも知る必要がある。アスターとのこれからのためにも。
こんな風にアスターの過去を自然な流れで聞く機会ももうないかもしれない。
「このダンジョンでママが俺を見つけたとき、俺は女の人の
「だから本当のママの形見か……」
「俺はそのときの記憶はないから、どこまで本当の話かは分からない。ほんとうはダンジョンに捨てられていただけかもしれない。こんな身体だし……」
アスターは手がない両腕を前にだしていった。
僕もエディもかける言葉を見つけられない。
「ただこの首飾りが大切なのは変わりない。ママが残してくれたもの、俺とママのつながりの証だから」
「アスター、私がその首飾りをつけてあげる」
「ありがとう。お願い、エディ」
受け取った首飾りをエディはアスターにかける。
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