少年からの依頼-探索-

 僕たちがダンジョンに入ってから数十時間が経った。僕たちは既に16階層まで下りていた。周りには黄色の階草が生えている。

 しかし花を咲かせる階草が出るには、さらに下の階層へと降りなければならない。


「まさかここまで順調に進むとは予想してなかったよ」

「そうだな。いつものペースならよくて6階層ってところだろう」


 僕たちの仕事はダンジョン内の遺留物や遺品の捜索と回収だ。なので階層ごとに目的物がないかをくまなく探す必要がある。

 ダンジョン攻略を目的とした冒険者の進行速度に比べると、いつもの僕たちの進行速度は極めて遅い。


 だか今回は話が少し違う。目的物が21階層から30階層にある可能性が極めて高い。それまでの階層に時間をかけても時間の無駄ということだ。


「黄色の階草でも、黄色い花を咲かす階草のところにアスターの母親の形見があるんだよね?」

 僕はアスターに目的地を確認する。

「うん。黄色い花が一面に咲いた丘を進んだ先の大樹の樹洞のなかにあるはず」

「ユウキ。そんな場所、21階層から30階層の間にあったか?」

「最近は危険地帯の階層にも行ってないから何とも言えないね。昔の記憶ではそんな場所はなかったけど……。ただそれも冒険者としてダンジョン攻略していた頃の話だから、その場所に行ったことがなくても不思議なことじゃないね」

「絶対にある。エディは俺の言うことが信じられないの」

「そんなことないさ。アスターのことは信じてる。でも万が一、黄色い花を咲かさないだだの黄色い階草の場所にあったりしたら大変だろ?」

「エディの言うことも間違ってないね。ごめんなさい」

「そういう可能性もあるなってだけだ。いちいち謝らなくていい」

 エディとアスターに気まずい空気が流れる。


「なら、とりあえず今日はここでキャンプをしよう。それで明日からしっかり階層ひとつひとつを探索しよう。黄色の階草が多い場所は特に気を付けて探すってことで、どうかな?」

「私はそれでいい。ちょうどキャンプをするにも良い階層と時間だしな」

「エディは賛成してくれたけど、アスターはどうかな」

 僕の問いかけにアスターは答えない。きっと少しでも早く母親の形見を回収したいのだろう。

「早く母親の形見を見つけたいって気持ちも分かるけど、焦りは禁物だよ」

「分かった。今日の探索はここまでにして、明日に備える」

「ありがとう、アスター」


 僕たちはたき火を囲うように、三角形をえがいて床についた。

「アスター、まだ起きてるか?」

 いつも一番早く眠りにつくはずのエディが口を開いた。

「起きてるよ。どうしたのエディ。まだ寝てないなんて珍しいね」

「いや、アスターが母親の形見を見つける前に聞いておきたいことがあってよ」

「聞きたいことってなに?」

「い、いや……。大したことじゃないんだけどな」

「だからなに?はやく言ってよ」


「アスターは母親の形見を見つけたあとは。どうするつもりなんだ?」

「え?どうするつもりって、どういうこと?」

「だから、またダンジョンで暮らすのかとか。それとも街に帰って新しく暮らすのか。私たちと一緒に働くのかとかさ……。」

 僕も気になっていた。母親の形見をつけてしまったら、アスターは僕たちのもとから離れるのか。それとも一緒にいてくれるのか。


「そんなの決まってる。エディとユウキと一緒に俺も働くよ」

 アスターは躊躇することなく、そう答えた。アスターはどこかに行ってしまう気がしていた僕は胸をなでおろした。きっとエディも同じだったはずだ。

「そうか。アスターも私とユウキと一緒に働いてくれるのか」

「うん。だって俺はエディとユウキの奴隷だから」

「「――。」」

 アスターのその言葉に僕もエディも言葉を失った。僕とエディはアスターを奴隷として扱ったことなんてなかった。むしろ奴隷であることを忘れられるようにと話しあったぐらいだった。

 だけど、アスターは僕とエディを仕える主人として見ていた。アスターは僕たちの奴隷であることを忘れたことなんてなかったのだ。


「そういうことを聞きたいじゃなくて、エディは1人の人間としてどうしたいのかを聞きたいんだと思うよ。僕も聞きたい。アスターとしてどうしたいのか」

 思わず僕も口を開いた。

「え……?それは、今の答えとなにか違うの?」

 アスターは僕の言ったことの意図が分からず聞き返す。

 改めて聞き返されると、どのように答えればいいのか分からず、僕は口を閉じた。


「アスターが一緒に働くって言ってくれて私は嬉しかった。でも私は奴隷のアスターとは一緒に働くつもりはない」

「それはどういうこと?エディは俺を奴隷商に返すつもり?」

 アスターの質問にエディは答えない。火花のパチパチという音だけが聞こえる。

「アスター。一緒に働くなら奴隷としてではなくて、家族として働かないか?」

「えっと……。それはエディが俺の新しいママになるってこと?」

「そういうこと」


「ちょ、ちょっと待ってよ、エディ。本気?」

 思わず、また僕は口を開いた。

「もちろん。なにか問題ある?それともユウキは反対なのか?」

「いや反対ってわけじゃないけど……。エディは結婚だってまだしてないのに」

「私はアスターと家族になりたい。それにユウキもアスターに奴隷として一緒に働いて欲しいとは思ってないだろ?」

「それはそうだけど……」

 

 エディは予想も出来ないことをしばしば言う。そしてそれのほとんどは実現する。そういえばアスターと出会ったときもそうだった気がする。


「ごめんなさい。エディ。まだ俺には決められない」

「いやこっちこそ急に悪かったな。ただ私はアスターのお母さんになってもいいと思ってるってことは言ってもいいかなってな」

「エディの言葉は嬉しい。でもどうすればいいか分からない。やっぱりママの形見を見つけないと前に進めない」

「そうだよな。まずはアスターの母親の形見を見つけないとだな」

 そのあとは誰も口を開くこともなく、眠りについた。

 僕たち3人のダンジョンの夜はこうして過ぎていった。


「ユウキ、アスター。朝だぞ。ご飯も出来てるから早く起きろ」

「おはよう、いつもありがとう、エディ」

「おはよう、エディ。ユウキはうなされたみたいだけど悪い夢でもみた?」

「いつも見ている夢だから心配ないよ。さ、ご飯食べて早く形見を見つけよう」

「うん……」


 僕たちはご飯を食べ終えると、ダンジョンの探索を再開した。

 目的階層は21階層だが、黄色の階草のある16階層からひと階層ごとにしっかりと探索する。

 17階層、18階層、19階層と順調に階層を下っていき、20階層へと着いた。


「2人で19階層より下に来るのは本当に久しぶりだね」

「4年ぶりくらいだな。そうか、あれから4年も経つのか」

「そうだね」

 僕とエディは感慨にふける。あれから4年が経つということは、僕たちがダンジョンの回収屋として働きだして4年が経つということだ。

 あのときのことがフラッシュバックして、僕は態勢を崩す。

「ユウキ。大丈夫か?」

「ごめん。あのときのこと思い出しちゃって……」

「少し休むか?」

「いやこの程度で休んでられないよ。アスターのためにも頑張らないと」

「分かった。でもあんまり無理はするなよ」


 そうして20階層も探索し終えたが、目的の物は見つからなかった。ひと階層ごとに念入りに探したため、探索をし始めてから14時間は経っていた。

「今日はここまでにしよう」

 エディの言葉に僕もアスターも頷いた。また3人でたき火を囲む。


「アスターの母親の形見って首飾りだよな?」

「うん」

「他にはなにかないのか?」

「他のものはきっと残ってない。あいつに盗られたと思う」

「あいつって母親を殺した冒険者のことだよね?」

「うん」

 21階層より下へ行く冒険者となるとそれなりの実力者だ。アスターによるとその冒険者は1人だけだったって話だから上級冒険者であることは間違いない。だとすれば、その冒険者は僕とエディも知っている可能性は高い。

「見張りは僕がするから、エディとアスターは寝てて」

「ありがとう。先に寝かせてもらうな。」

「おやすみない、ユウキ。エディ」

「おやすみ、アスター」

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