少年からの依頼-出発-

 僕とエディがアスターとダンジョンに行くことは決定した。


「アスター、母親の、ママの形見の場所とか分かるか」

 エディはアスターに目的地を確認する。アスターの母親の形見がある場所によって、どれだけ装備を整えるべきかが変わる。

「黄色、お花、ある場所」

「黄色の花が咲いているとなると21階層から30階層だな」


 ダンジョンには階草かいそうと言われる階層ごとに異なる植物が自生している。3階層までの安全地帯には白色系統の植物が、4,5階層の微安全地帯には青色系統の植物が、6から15階層までの警戒地帯には緑色系統の植物が自生している。

 黄色系統の植物というと16階層から30階層の階草となる。花を咲かせる植物となると、そこからさらに21階層から30階層までと絞られる。


「え?21階層より下って嘘でしょ……。中級冒険者がパーティを組む必要が出てくるレベルの階層だ。上級冒険者でも1人で30階層まで到達するのは不可能なレベルの階層帯かいそうたいだよ。そんなところにアスターはいたの?」

 僕は驚いてアスターに問いかける。アスターは表情を変えることなく頷いた。

「おれ、ママ、黄色、花、住んでた」


 まだまだ小さな子供であるアスターが、上級冒険者でも苦戦する階層にいたなんて到底信じることが出来ない。常識から逸脱している。

 しかし、アスターが嘘をついている様子はない。何よりアスターが僕たちに嘘をつく必要性が分からない。

 アスターの話が事実だとするならば、アスターの戦闘力はかなりのものだろう。むしろ僕よりも高い戦闘力を有していても不思議なことではない。


 しかし21階層より下となるとかなりの装備を整えなければならない。弓杖ゆんづえ杖刀じょうとうでは力不足だ。

 ただ装備を完璧に整えたとしても問題はまだある。


「僕とエディの2人だけで行けたのは19階層までだよ。21階層から30階層の冒険なんて無茶だよ。アスターには悪いけど今回は諦めるしかないよ」

「いや、ユウキ。絶対に行くよ。2人で19階層に行ったのは数年前のむかしの話でだろ。あの頃より私たちは絶対に強くなってる、絶対に」

「その数年前から16階層より下の警戒地帯に1度も行ってないでしょ。むしろあの頃よりも弱くなってるかもしれない」

「そんなことは絶対にない。私は知ってる。ユウキは毎晩1人で弓や魔法の訓練に励んでいること。仕事が休みの日には1人でダンジョンで戦ってることも」

「気づいていたの……?」

「バレバレ。1人でダンジョンに行くユウキを、こっそりつけたことも何回かあるし。なんなら1人で23階層まで行ったことあるのも知ってる」

「エディに隠しごとは出来ないね。でもエディは大丈夫……?」

「大丈夫に決まってるだろ。誰が誰の心配をしてるんだ?私だって1人で25階層まで行ったことがあるから、何も問題ない。それより――」

 エディはそう言ってアスターに視線を向けた。

「アスターの実力を知りたいな。それによって私たちの装備も変わってくる」

 

 そして、その日の昼。僕たちは家の近くの丘にきていた。僕がエディに隠れて訓練に使っていた場所だ。

「模擬戦といっても遠慮することなく本気の魔法を使っていいからな。むしろ本気の魔法を使って貰わないとアスターの実力が分からなくて困る。分かったか?」 

 エディの言葉にアスターは大きく首を縦にふる。

 木刀ではなく杖刀をもって対峙しているあたり、エディ自身も本気ということだろう。いつもの真剣な眼差しでアスターを捉えている。


「はじめ!!」


 僕の掛け声を合図にエディとアスターの模擬戦は始まった。

 エディは僕の掛け声とともに駆け出し、アスターとの距離を詰める。アスターのほうはというと、その場に立ったまま動く気配が全くない。

 あっという間にエディとアスターの距離は縮まった。もうエディの刀が届く距離だ。エディは躊躇することなく抜刀し、左から切り上げる。

壁土へきど

 アスターの詠唱によって、エディとアスターの間の地面が盛り上がり土の壁が出来る。

 しかし土で出来た壁などエディの刀の前ではあまり意味をなさない。エディの刀は簡単に土の壁を両断した。

 アスターは寸前のところで、一歩後ろに下がって刃を避けていた。

 エディは半歩前に進むと、そのままの勢いで袈裟切りを試みる。

壁石へきせき

 アスターは石の壁を作って防御を試みるが、これもエディによって両断された。


「アスター。本気の魔法を使えって言ったよな」

 刀を鞘に納めたエディは語気を強めて言った。

 先ほどアスターが使った壁土や壁石も魔法であることは確かだ。しかし壁土や壁石は初等魔法。初等魔法程度を使えるぐらいでは21から30階層に住めるわけがない。

 あの階層帯で暮らしていたならば、中等魔法は使いこなして当然。上等魔法も使う。何なら高等魔法を使えてもおかしくないのだ。

 アスターぐらいの小さな子供が初等魔法を使いこなせているだけで、ほんとうは充分スゴイことなのだけれど。


「ごめんなさい。おれ、ほんき。だす。」

 そう言うと、ようやくアスターも真剣な眼差しをエディに向けた。


「アスター!行くぞ!!」

 抜刀したエディはもう一度袈裟切りをアスターにしかける。

壁石英へきせきえい!」

 エディとアスターの間に水晶の壁が出来た。刀は壁を両断することなく、エディの攻撃はアスターに防御された。


「ようやく上等魔法を使ったな」

 エディは満足そうに言いながら、アスターに対して続けて攻撃を繰り出す。

 アスターは焦る様子も怯える様子もなく、エディの攻撃全てを魔法を駆使して防御した。

 数分の攻防ののち、エディが攻撃の手を止めた。


「防御ばかりでは勝てないぞ。それとも攻撃魔法も使えるんだろ?」

「使う。ぼうぎょ、こうげき、かいふく、きょうか。おれ、みんな使う」

「防御や攻撃だけじゃなくて、回復魔法や強化魔法まで使えるのか!驚いたな」


「おれ、こうげき」

 アスターは腕を前に突き出した。エディは2,3歩後ろに下がり距離をとった。


飛水刃ひすいじん

 詠唱にあわせて、アスターの腕の先から水の刃がエディに向けて飛んだ。エディは飛んできたそれを切ると、アスターを挑発する。

「その程度の攻撃じゃダンジョンの魔物を倒すのに苦労するぞ」


水投剣舞すいとうけんぶ

 いくつもの手裏剣のような小型の水の刀剣がエディに向けて飛ぶ。

孤虎完刃ここかんば

 エディは飛んできたそれら全てを切り落とした。エディが技を使っているのを見るのは久しぶりだ。

 アスターが攻撃し、エディが防御に徹する。そんな状態がまた数分続いた。

 今度はアスターが攻撃の手を止めて言った。


「終わる」

「それは私に降参したってことでいいのかな?」

 エディがそう言うとアスターは首を横に振った。


飛翼飛泳ひよくひえい

 アスターは空高くに舞い上がった。

 エディは今まで以上の面持ちで刀を強く握りなおす。


龍水醒覚牙りゅうすいせいかくが!」

 アスターは両腕を力強く振りおろす。

 巨大な1体の水の龍が天からエディに向けて牙をむいている。

虎雷鼾睡吼こらいかんすいこう!!」

 エディが叫びながら刀を振りあげる。

 すると落雷のようなたけりとともに紫電の虎が爪を立て迎えうつ。

 

 ぶつかり合った龍と虎は爆音と衝撃波をうみながら霧に変わった。


 霧のなかから人影が確認できる。

「エディ!!大丈夫!?」

 僕は思わず、エディに駆け寄った。

「大丈夫、大丈夫」

 エディは満足げな表情を浮かべ答えた。

「久しぶりに人を相手に本気を出したよ」

「その相手がこんな小さな子供なんだから驚きだよ」

 エディに担がれたアスターを見て、僕はつぶやいた。


「刀は折れちゃったけど、アスターがいるなら、虎月こげつも使えるし問題はないな。ユウキも鷹日おうじつを使うだろ」

 折れた杖刀を見つめながらエディが言った。

「そうだね。アスターがこれだけ魔法を使えるなら弓杖ゆんづえを使う必要がないもんね」

「装備武器はそれでいいとして、あとは防具とかアクセサリー、回復薬なんかの準備が出来れば、ひとまずは問題ないか」


 エディとアスターの模擬戦から数十日が経った。

 僕とエディ、アスターの3人は装備を整え、ダンジョンの入口に立っていた。

「アスター、待たせたな」

「ほんとうに。まさかこんなに時間がかかるなんて思ってなかったよ。」

 アスターはエディに文句を言った。アスターはこの数十日の間に言葉を完璧に覚え、何の苦もなくに意思疎通が行えるようになっていた。

 表情はまだ乏しいものの、言語表現は流暢だ。

「仕方ないでしょ。装備とかの準備を整えたり、3人の戦闘の連携をとるために訓練が必要だったし、何よりアスターと仲良しにもならきゃいけなかった」

「分かってるよ。エディとユウキと仲良しになるのが大切ってことくらい。パーティの信頼関係は、個々の戦闘力と負けないくらい重要なんでしょ」


「信頼関係の重要度を再確認したところで、行きますか」

 エディのその言葉とともに僕たちはダンジョンに足を踏み入れた。


 アスターの母親の形見を回収するために。

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