少年からの依頼-出会い-

「お待たせいたしました」

 奴隷商は1人の少年を連れてきた。少年は両手首から先がなかった。

「もしかして、手はさっきのダンジョンで?」

「いやいや前からです。子供ってだけで働きとしては不充分なのに、さらに手がないってなったら全く買い手がつかなくて」

 たしかに、両手がないのは働きとしては致命的としか言わざるを得ない。

「でも、まさかこいつが生き残りとして帰ってくるなんて驚きですよ」

 6,7歳ほどの子供が8階層から帰ってくるだけでも驚きだが、両手もない子供が8階層から帰ってこれるなんて奇跡としか言いようがない。

「一応聞きますけど、どうします?買いますか?」

「いや……。僕たちいまお金があまりないので……」

「先ほどの銀貨1枚までまけてあげますよ。どうですかね。こんな少額で奴隷を変えるなんてないですよ」

 僕が奴隷商の扱いに困っているのをよそに、エディは少年を静かな目で見ていた。


「少年。お前の名はなんだ」

「……。アスター」

「アスター。お前は私たちのとこにきたいか?」

「ちょ、ちょっとエディ。さっきは買うつもりはないって言ってたよね」

「邪魔をするな、ユウキ。いま私はアスターと話をしてるんだ。アスター、私たちと来たら、またあの危険なダンジョンに行くことになる。それでも一緒に行きたいか」

「おれ、行きたい。一緒にいく」

「分かった。おい奴隷商、アスターは私たちが買う」

 そう言うと、エディはアスター抱きかかえた。


「ちょっと話が違うよ。エディ、買わないって話だったよね。勝手に買うって決めちゃって。ダメだよ」

「嘘をつく形になったのはすまない。でもどうしてダメなんだ」

「だって、奴隷を買うなんて低俗だよ」

「ユウキ様、何を仰っているんですか。奴隷を買うことこそ裕福な証拠ですよ。むしろ優雅な者の象徴です」

 奴隷商はすかさず僕の言葉に反論した。

「ほら、奴隷商もこう言っているぞ」

 僕とエディは奴隷商に対して同じような気持ちを抱いていると思っていた。だけど奴隷商に同調するエディを見ているとそれは間違いだったのかもと思わされる。

「仮にそうだとしても、ダメだよ。」

「どうしてだ」

「言わなくても分かるでしょ。だって――。この子は、そのさ。両手がないんだよ。僕とエディの仕事の手伝いとか出来ない。むしろ足手まといにしかならない……!」

「ユウキが言いたいのはそれだけ?反対する理由はこの子の手のことだけ?」

 エディは強い口調で僕に問いかけた。こうなったエディは何を言っても意見を曲げない。僕は諦めて口を閉じた。

「決まりだね」

 そう言うと、エディはアスターを抱きかかえたまま奴隷商の店を後にした。僕も奴隷商に銀貨1枚を渡して後を追った。


「奴隷商のあいつならまだしも、ユウキには気づいて欲しかったな」

 アスターを奴隷商から買った次の日の朝、エディは僕にそう話しかけてきた。

「なに?なんのはなし?」

 僕は寝ぼけまなこをこすりながら返事をする。今日もいつもの夢のせいで眠れていない。いつから安眠出来ていないのだろう。

「アスターの話に決まっているだろ。あんな小さな、それも両手がない子供が8階層から帰ってくるなんて不思議だと思わなかったのか」

「それは僕だって思ったよ。スゴイ奇跡もあるんだなーって」

「奇跡の一言では片付けられないよ。あんな軽装備で無傷で帰ってくるなんて」

「え!?無傷で!ほんとに!?」

「気づいてなかったの……?すり傷ひとつすらなかったよ」

 言われてみれば、ダンジョンに行ったにしては体も服も綺麗だったな。僕はてっきり水浴びして着替えでもしたせいかと思っていた。

「とりあえず、アスターが目を覚ましたら、あの子からちゃんと話を聞こう」

 エディのその言葉に僕は首肯しゅこうした。


「アスター、おはよう」

 エディの言葉にアスターゆっくりと頭を下げて返事をした。僕もアスターに挨拶したが、何の反応もしてくれなかった。もしかして奴隷商のことで怒っているのだろうか。

「アスターに聞きたいことが沢山あるんだけど、教えてくれる?」

 普段からは考えられない優しい声でエディはアスターに話しかける。

 いったいその声はどこから出しているんだとツッコミを入れたくなるが黙っている。アスターが起きてくる前に僕はエディから「ユウキはあまり話に入ってくるな」とくぎをさされていた。

「おれ、うまく話せない。でもいいか」

「いいよ。アスターのペースで話してくれ。じゃあ早速だけど、どうやって8階層から1人で帰ってきたんだ?」

「魔法、こうげき、ぼうぎょ、使った。帰ってきた」

「アスター、魔法が使えるのか?」

「たくさんつかう」

 どうやらアスターは魔法を駆使して8階層から地上へと戻ったらしい。魔法が使えるならば剣といった武器が持てなくても関係ない。でも子供が使えるような魔法の威力なんてたかが知れている。

 単独で8階層から帰ることの出来る魔法が使えるのだとすれば、中級魔法以上の魔法が扱えるということになる。そんな子供がいるなんて聞いたことがない。

「アスターはいつから魔法が使えるんだ?誰から教わった?」

「むかし。ちいさいとき、から。ママ、教えた」

「親がいるのか!?いまはどこにいる?」

「死んだ。人が殺した。ダンジョンで死んだ」

「ダンジョンで殺されたのか?どうして」

「知らない。分からない……。なんで死んだ?」

 そう言うとアスターは涙を流した。まだ子供なのだ。訳が分からないまま親を失い奴隷になって――。涙が零れる程度は当たり前のことだ。これは泣き疲れるまで泣き止まないなと勝手に思っていたが、アスターは零れ落ちた涙を拭きとって、強い目をエディに向けた。

「おれ、ママ、形見、取りに行く」


「アスター。それはダメだよ。子供には危険すぎる」

 つい僕は口をはさんでしまった。案の定、エディからの鋭い視線を感じる。

「お前、言うこと、関係ない。おれ、いく。そのはなしした」

「そうだったな。奴隷商の店の前で一緒にダンジョンへ行くって話したもんな」

 エディの言葉にアスターは力強く頷いた。

「ちょっと待って。よく考えてよエディ。こんな小さな子供を連れてダンジョンに行くなんて正気じゃないよ。僕は反対だ」

「ユウキの言いたいことも分かるけど、私たちの仕事は何?」

「ダンジョンの回収屋。ダンジョン内の遺留物や遺品を回収する仕事」

「そう。そしていま目の前にダンジョン内の母親の形見を求める少年がいる」

「でも無報酬だなんて、それは仕事として成り立たないよ」

「社訓。お金のためより――」


「「人のために働け」」


「そう。ほんとうは奴隷商みたいな奴らではなく、アスターみたいな人達のために私たちは働かないといけないんだよ。分かってるだろ」

 エディの言葉に、僕は何も言い返せない。


「おれ、お金、ある」

 アスターはそう言うと、自分の腹部を腕全体を使って打った。オエッという低いうめき声のあとにチャリンという高い音がなった。

 アスターは自分の口から落ちたものを腕で示す。床には金貨1枚が転がっていた。


「決定だな」

 その言葉に僕は静かにうなずいた。

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