ダンジョンの回収屋

秋丘光

奴隷商からの依頼

「ユウキ。いつになったら、迎えに来てくれる……?」

 冷たい血まみれの手が顔に触れる。

「ちゃんと迎えに行くよ。だからまだ待っててよ」

 この言葉で誤魔化すのは何回目だろう。


「ユウキ、もう朝だぞ。ご飯も出来てるから早く起きろ」

「分かった。いつもありがとう、エディ」

 いつもの夢から目を覚ます。

「うなされてたけど、いつもの夢?」

「うん。シオンの夢」

「大丈夫……?」 

「心配ないよ。それより早くご飯食べて仕事の続きをしないと」

「そうだな」


 エディが作ってくれたご飯を美味しく頂いたあと、装備を整えて僕たちはダンジョンのさらに奥へと足を進める。

「何とか見つけてあげたいね」

「そうだな。でも焦りは禁物だぞ。油断せずに」

「ミイラ取りがミイラになるのが、この職業の一番の恥だもんね」

「そういうこと」


 僕たちが今いる階層は6階層。ここからは警戒地帯と言われる階層だ。目指す階層は8階層。もう少し時間が必要だ。

 このダンジョンは下へと続く縦穴型ダンジョン。分かっている階層は42階層。ただし階層はさらに下へと続いている。3階層までは整備が行き届いた安全地帯。4,5階層は整備はされていないもののスライムなどの弱い魔物が生息している微安全地帯。6から15階層までが装備を整えた探検隊向けの警戒地帯。16階層から下の階層が冒険者向けの危険地帯とされている。

 僕とエディの二人だけの最高到達階層は19階層だ。

 だから今回の目的階層の8階層に到達すること自体はさほど困難なことではない。


「目的の8階層だ。ここで見つかってくれると助かるんだが……」

「ここまでの階層をくまなく探したけど見つからなかったし、この階層にないとなると、さらに下の階層を探さないといけないね」

「ったく、早く出て来いよな。面倒くさい」

「エディ、ダンジョンでの愚痴は厳禁だよ」

「そうだったな」


「エディ。もしかして……あの人たち」

「あの装備は間違いないな。目的のものだ。ユウキ、攻撃準備だ」

「でも念のため声をかけてあの人たちの状態を確認しないと……」

「分かってる。でも、あんだけ血を流してる奴らが生きているとは思えないけどな」

 

 僕は右手を弓杖ゆんづえを、左手で矢を持つ。エディは杖刀じょうとうつかに右手を添えた。


「お前らの装備を回収しにきた。生者しょうじゃなら共に帰ろう。死人しびとならただかえれ」

 エディの声に彼らは緩慢な動きを止めた。

 どれだけ経験をつんでも、この時間はとても長く感じる。

 彼らはエディの声かけに答えず、ゆっくりとこっちに向かってくる。


 僕は先頭の1人の頭へと矢を放つ。放たれた矢は頭を射抜いた。射抜かれた者は後ろにゆっくりと倒れこんだ。

 それを合図としたのか、残りの者たちがこちらに突撃を開始した。

「そんな戦い方だから全滅するんだよ」

 そう言いながらエディは向かってくる者たちを切り伏せた。

 エディに負けないように僕も1人、また1人と射抜いていく。

 数分のうちに決着がついた。戦いと言うにはあまりに一方的だった。

 

「この程度で8階層まで来るなんて、この人たちはかなり運が良かったみたいだね」

「運が悪いの間違いだろ。もっと上の階層で苦戦をしてれば死ぬまえに引き返してただろうに」

「たしかに。エディの言うとおりかもしれないね」

 僕とエディは地面に倒れた者たちの武器や防具といった装備を回収する。

「エディ。依頼された情報では7人分の装備の回収…だったよね?」

「あぁ。7人分の武器、防具、アクセサリーだったはずだぞ」

「ここにある遺体……6体だけ。もう1人残ってる!」

 そう言いながらエディの方を確認すると、エディの背後に人影が見えた。手には鶴嘴つるはしが握られている。

「エディ、うしろ!!」

 左手で矢を持とうとするが、肝心の矢がない。魔法を唱えようと右手に持った弓杖を前に突き出し詠唱をしようとする。

「ユウキ、落ち着け」

 エディは背後を振り返りもせず言った。


 ドスン——


 人影の手から鶴嘴が落ちた。エディに握られた杖刀は最後の1人の喉元をしっかりと捉えていた。

「焦りは禁物。油断はしない」

「流石だね。エディ」


「これで最後。7人分の装備の回収終わりっと」

 僕が最後の1人が持っていた鶴嘴を回収して、依頼内容は概ね達成した。あとは無事に街に帰って依頼元に回収した装備を渡すだけだ。

「たったこれだけの軽装備で警戒地帯の探検か。依頼元は相変わらずみたいだな」

「お得意様だから悪いことはあまり言いたくないけど、否定できないね」


 7人分の全員分の装備回収を2人だけで行うというと、一見大変そうに思えるが、実態はそうでもない。

 武器といえば、鶴嘴や手斧が中心で、良くて短剣だ。防具も革製の籠手こてや盾とも言えない木の薄い板だ。今回は珍しくかぶとがあった


「売れ残った奴隷で探検隊を編成し最小限の中古装備で採掘に行かせる。死んでも問題なし」

 遺体を弔いながら、エディが言った。

「身分に関係なく殺すのは禁止されてるからね。無装備でダンジョンに行かせるのも殺人とみなされるから、仕方なしに装備をさせる」

「生きて帰ったとしても、また売れ残りの奴隷がたまればダンジョンへ……。反吐が出るな」

「エディ。ダンジョンでの愚痴は—―」

「厳禁だろ。分かってるけどさ。やるせなくなるよ」

「そうだね……。弔い終わったら早く帰ろう」


「武器類が、短剣が1つ、手斧が2つ、鶴嘴が4つの計7点です。防具類が兜が1つ、籠手が2つ、木の盾が4つの計7点。回収に成功した装備は以上ですが、よろしいですか?」

 街に戻った僕たちは依頼元の奴隷商と会っていた。僕が回収した装備類を読み上げ、エディが実物を見せる。

「装備なんかより耳標じひょうつきの奴隷の耳も人数分、回収出来てるよね」

 小太りの奴隷商は装備より耳標のついた奴隷の耳の方が大事らしい。

「は、はい。それはもちろん……」

 僕は苦笑いをして答える。エディは7人分の片耳が入った袋を丁寧に机に置いた。

「よし。じゃあ、報酬の銀貨1枚ね」

 奴隷商に投げられた銀貨一枚は机の上をコロコロ転がり、エディの置いた袋に当たってコトンと倒れて止まった。

「こちらの依頼書にも判をお願いします」

 いつものことだ、と言い聞かせ怒りを抑えながら、いつものように依頼書に判を押してもらう。


 回収物を依頼元に渡し、報酬も得た。ようやく嫌な仕事も終わったと席を立とうとしたところ、珍しくエディが奴隷商に言葉をかけた。

「前からひとつ気になっていたことがあるんだが、聞いていいか」

「べ、別に構いませんが……。何でしょうか?」

 突然話しかけられた奴隷商も驚いた様子で答えた。

「どうしてわざわざ私たちに装備類の回収を依頼するんだ?どうせ目的は売れ残り奴隷の処分だろ。ならダンジョンに行かせるだけで充分だと思うんだが」

「なんだ、そんなことですか」

 奴隷商はエディの疑問を鼻で笑った。そして奴隷商はその疑問に対する答えを嬉々として語った。

「奴隷の片耳に付けられてる耳標。あれは奴隷の個体識別として使われてるっていうのは流石に知ってるよね。普通の奴隷の耳標は数字10桁で管理されているわけだけど、ダンジョンに行ったことのある奴隷にはダンジョンに合わせたアルファベットがダンジョンの入口で追加される」

 そう言うと、奴隷商は机に置かれた袋から耳標のついた奴隷の片耳をもって見せてきた。

「たとえば、今回のダンジョンはBだから、10桁の後にBって追加されてるわけ。で、この通称、文字付耳標もじつきじひょうは役所に持っていくとダンジョン攻略補助報奨金として金がでる。さらには損失として損益通算の対象にもなる。装備類は次の売れ残った奴隷の装備として再利用出来る。だからわざわざ君たちみたい人に回収をお願いしているってわけです」

「つまりお金のために私たちに回収を依頼しているってわけだな」

 エディは冷たい目で奴隷商を睨みつけて言った。奴隷商は気づいていないようだが、僕には分かる。エディの気持ちが。僕も同じ気持ちを抱いていた。

「もちろん、金のためですよ」


 席をたち、扉を開けて、奴隷商の店からようやく出れた。

「今回は珍しく階層が指定されてたけど、生還者はどうするつもりなんだ?」

 またエディが口を開いた。エディが奴隷商と話すこともかなり珍しい出来事だ。

「あぁ。あいつならまた別のダンジョンに行かせますよ。ダンジョン攻略補助報奨金はダンジョンごとに出るので、色々なところに行かせた方が得なんですよ」

「そうか。またダンジョンに行かされるのか」

「でも誰か買い手がつけば話は別ですよ。もしかして、興味あります?ありますよね、今すぐ連れてきますよ」

 そう言うと、僕たちの返事を待たず奴隷商は店のへと戻っていった。


「エディ。気持ちは分かるけど、僕たちが買い手になるわけにはいかないよ」

「分かってるさ。そんなつもりで聞いたわけじゃないよ」

「ならいいんだけどさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る