第25話 次の一手
朝早く、型を付けたポーション瓶を手にとってその品質をチェックしていたエレノアはこくりと頷いた。
「焼入れは上手くいったっす」
「ありがとう、エレノアさん。早速だがこの処理を他の瓶にも頼む」
「分かったっす。でも、500本もあるっすよ〜」
「ハザルならすぐにでも終わらせてくれるだろうさ」
え、俺? と思ったが、昨日のあの処理を見ている限り1本あたりにそこまで時間がかかるような作業じゃないことはよく分かっている。
だとすれば、500本の処理を全部終わるのに1時間半はかからないだろう。
「じゃあ、あとでやっておくからちゃんとやり方を教えてくれよ。エレノア」
「はいっす! でもそんな難しくないっすけどね〜」
そんな話をしているうちに、大釜(コルちゃん)でお湯を沸かしていたココットちゃんが台の上から降りてきて、会話に混じった。
「私も手伝いますよ、ハザルさん」
「気持ちは嬉しいんだが、ココットちゃんには別の仕事があるだろ?」
「実は魔力ポーションが完成したので、今は手持ち無沙汰なんです」
「おぉ、ついにか」
ココットちゃんは魔力ポーションに最も適した味を見つけようと、ここ数日はやっきになって新製品を開発していた。
ついにそれが完成していたらしい。
売上が下がっているという心配ごともありながら、彼女はよく開発したと思う。
改めて、とんでもない女の子なんだと……そう思わされる。
「私は今日から他の治療院に営業をかけてくる。ハザルは瓶が終わった後、ココットさんと一緒にやってもらいたいことがあるんだ」
「やってもらいたいこと?」
「錬金工房(アトリエ)の第二店舗目だよ」
「ん?」
ソフィアの言葉に、店内の視線が集まる。
「ハザル。君が言うには、味付きポーションの模造品は裏通りの錬金工房(アトリエ)ばかりで売られていると……そういう、話だったな」
「そうだ。大通りに面している大きな錬金工房(アトリエ)はどこも取り扱ってなかった」
「それが彼らのプライドによるものなのか、それとも満足のいく味を再現できていないからかは分からないが……。とにかく、これはチャンスだ。大通りに第二店を出店する」
「……いや。それは無理だろ。だって、土地代が高いからココットちゃんはこの街外れに錬金工房(アトリエ)を構えているんだろ? いくら売上が立ったからって、今は売上が落ちてるみてぇだし……。そのタイミングで、第2店舗を出すのは……リスクだろ」
俺がそういうと、ソフィアは肩をすくめた。
「君は勘違いをしているぞ、ハザル」
「勘違い?」
「あぁ、そうだ。別に2店舗目を出店するとは言ったが、何も大きな店舗を構えるわけではない」
「じゃあ、どうするんだよ」
「その答えは、君ももう分かってるはずだ」
そういって意味深に笑うソフィア。
こいつはこんな感じでもったいぶる悪癖があるんだが、それでも意味もなくそんなことを言ってきたことはない。
ということは、俺でも分かる可能性。
大通りに土地代が安く店を構える方法……どこかで、俺が知っている方法と言えば、
「……露店、か」
「そうだ」
俺が仕事探しで回っている時に、露店のやきとりを食べたように、大通りには軽食がつまめる店や、他にも食材などを安く売っている店などがある。
確かにあそこなら土地を借りなくても、荷台などに売り物を載せて運ぶことさえできれば商売が成り立つ。
「大通りの端では、市に許可を取ることで軒先に店を並べることが出来る。だが、私は不思議なことにあの露店で治癒ポーションを売っているのを見たことがない」
「そういえば、俺もないな。なんでなんだろ」
「固定観念だ。治癒ポーションは錬金工房(アトリエ)で買うものという固定観念がある。それに、錬金工房(アトリエ)としては自分の店に人を呼びたいのさ。たくさん客がいるほうが、人気店にも見えるだろう?」
「……まぁ、そうだな」
「それに、治癒ポーションそのものが大量の運搬に向いていないんだ。瓶は落とせば割れるし、割れたら中身が無駄になる。そんな状況で荷台に載せて運ぶより、錬金工房(アトリエ)に来てもらったほうがよっぽど良い……そうだろ?」
「そういうことか」
確かに治癒ポーションを手で持って運ぼうとすれば大変だ。
空瓶ならまだしも、中身が入っているポーション瓶は重(・)
それこそ、何十本も何百本も持ち運べるようなものではないのだ。
だが、その運搬問題はすでに解決している。
エレノアが作ったポーション瓶運搬ゴーレムがあるからだ。
瓶の積載量は200本。
それだけ運ぶことが出来るのであれば、第二店の在庫問題は解決するだろう。
何しろ今回の目的は、路地裏に店を構えている錬金工房(アトリエ)からの重要の奪還というところにあるのだから。
「せっかく売り子であるリリムさんを雇ったんだ。第二店舗目で販売してもらうのもありなんじゃないか?」
「……なるほどな。確かにリリムに任せられるなら問題はねぇか」
「そういうことだ。もちろん、1人では売らせない。君か、私が付いていくのが筋だとは思うが」
「もう1人雇うのは?」
「それも考えたが、流石にそれはリスクが大きすぎる。露店がダメだった場合は、すぐに撤退できるが……もし雇って、人が余ってしまった場合、すぐに解雇はできない。そうなると、固定費が膨らむことになる」
「流石に考えてるか」
「当たり前だ。人を雇うということは、その人の生活に責任を負うということだ。おいそれと簡単には雇えんよ」
ソフィアはそういうと、ココットちゃんを見た。
「というわけでだ。ココットさんが直々にどこに出したいかを見てきてほしい」
「はい! というわけでハザルさん。一緒に行きましょう!」
「瓶に型だけ入れさせてくれ」
ということで、俺はすばやくココットちゃんの錬金工房(アトリエ)マークを瓶に刻むと、すっかり昼前になってしまっていた。
「わりぃ、遅くなっちまった。どっかで昼飯でも食べよう」
「はいです!」
店番をリリムとエレノアに任せて、俺たちは街へ。
相変わらず人通りが多い街中を歩きながら、俺たちは周囲を見る。
「どこらへんに出店すんのが良いんだろうな」
「大通り周辺は色んな錬金工房(アトリエ)が並んでますもんね……」
そういってココットちゃんは近くにある錬金工房(アトリエ)を見た。
わざわざ露店を出したところで、競合がすぐに近くにあるのであれば……勝ち目は薄いだろう。
「やっぱりダンジョンの近くじゃないですか?」
「先に見てみるか」
俺たちはそんなことを言いながら、ダンジョン入り口付近に向かう。
入り口の近くにはここ最近出来たばかりと思われる鍛冶屋や武具屋が並んでいた。
「けっこう新しい店ができてんだな」
「ダンジョンは需要の宝庫とは言ってましたけど、こういうの見ると本当だと思っちゃいます……」
「なぁ、ココットちゃん。この周りって錬金工房(アトリエ)があるっけ?」
「……いえ、無かったと思います」
「だとすれば、やっぱりここで良いんじゃね?」
「実は私も同じことを思ってました」
俺とココットちゃんは目を合わせると、頷きあった。
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