第24話 勇者とブランド

「……これを1つ」

「まいど」


 俺は思わず“甘味”と書かれた治癒ポーションを買うと、素早く店を後にした。

 

 綺麗に瓶が洗浄されていないのだろう。

 飲み口がやや汚れているポーション瓶になるべく口をつけないようにして、俺はそのポーションを口に入れた。


「……まずい」


 不味い。不味いのだが、少なくとも普通の治癒ポーションよりマシだ。

 そして、確かに口の中に薬品じみた後味の甘味が広がる。


 俺はポーション瓶を店の外にあった回収箱に入れてから……さらに路地裏を進んでいく。


 思っていたよりも簡単に模造品が見つかったことに、俺は焦りに似たものを感じていた。なぜ俺がココットちゃんのポーションの模造品で焦りを感じるのかなんて上手く言語化はできないのだが、


「あの店だけ……って、ことはねぇよな」


 そんなことはありえない。

 そんなことがありえるはずがない。


 あの錬金工房アトリエの治癒ポーションはココットちゃんの治癒ポーションの味に並べるようなものではなかったが、それでも大通りに並んでいる大手の錬金工房アトリエのポーションと比べれば遥かに飲みやすい。


 だから、そのことに気がつている冒険者たちは大通りに面している錬金工房アトリエではなく、裏の錬金工房アトリエを使っているのだろう。その中には、元々ココットちゃんの錬金工房アトリエでポーションを買っていた冒険者たちもいるんじゃないのか。


 そうして、ココットちゃんの錬金工房アトリエから客を奪えば……売上はあがる。


 それになにより、味付きのポーションを作ること自体はそこまで難しいことではない。れは、適当に果物の汁を混ぜれば作れるからだ。


 ココットちゃんはその中で、特別飲みやすいものを開発しようと苦労していただけで……魔力ポーションのプロトタイプのように味が付いただけのポーションなんていくらでも作り出している。


 その試作品レベルであれば、誰だって開発できるだろう。

 必要なのは、ポーションに味をつけるというアイデアだけなのだから。


 そしてココットちゃんの治癒ポーションを飲んで、それを自分でも作ろうと考える錬金術師アルケミストが、さっきの店の1人だけだろうか。


「……まさかな」


 俺は苦い表情のまま思わずそう漏らして、目の前にあった錬金工房アトリエに入る。

 そこにも『味付きポーション』という商品名で、先程の錬金工房アトリエと同じレベルの治癒ポーションが販売されていた。





 結論から言うと、味の付いている治癒ポーションを売っている錬金工房アトリエは10軒以上。その中でもココットちゃんの味付きポーションに追いつくレベルの商品を作り出しているのは、3軒もあった。


 俺はその錬金工房アトリエの場所を頭に叩き込むと、工房に戻り……ソフィアにそのまま説明した。


「やはり、そうか。模造品か」

「あぁ、錬金工房アトリエの中には結構な客がいたぞ。奪われてるって可能性も……見るべきだな」

「そうか。なるほど……。さて、どうするべきか」


 ソフィアは俺の言葉に、深く息を吐き出して……天を仰いだ。

 彼女がここまで考え込むのを、もしかしたら初めて見たかも知れない。



 だから思わず、彼女に聞いた。


「どうする? どうにか対抗できるもんか?」

「対抗できるかできないかで言うのであれば、対抗は。だが、即効性はない。……減っていく客を今すぐには止められないんだ」

「即効性はなくても、やれるんだったらそれをやれば良いんじゃないのか?」

「もうやってる」


 ソフィアはそういうと、工房の裏手を見た。


「エレノアさんたちに作業をお願いしている。気になるなら、見てくると良い」


 何だなんだと思いながら俺が裏口から外に出ると、そこにはリリムとエレノアがいて、


「お前ら、なにやってんだ?」

「あっ、ハザルの兄さん! 良いところ帰ってきたっすね。この模様、この金属ゴテの先端に掘ってもらうことってできるっすか?」

「模様? なんだこれ」


 そこには、質の悪い紙に記された円形状のデザイン。

 よく見ればポーションとか、崩し字のようなものがみえる。


 崩し字を目で追っていくと……『コ』『コ』『ッ』『ト』と記されているのがなんとか見て取れた。


「ココットちゃんの印?」


 それにしてもよく出来たデザインだなぁ、と思っているとエレノアの横に立っていたリリムがおずおずと頷いた。


「そ、そうなんです。さっき、私が作って……」

「リリムが? すげぇな。センス抜群じゃんか」

「あ、ありがとうございます……!」


 リリムは大通りで笛を吹いて生活してたと言ってたし、芸術系のセンスがあるのかもな。


 なんてことを思いながら、俺はその模様と一緒に差し出された……何も刻まれていない金属ゴテを見た。


「んで、なんでこの模様を掘るんだ?」

「この模様を瓶に焼き付けるんすよ。そうすれば、ココットオーナーのポーションだって分かるっす」

「……それで?」

「要するにブランド化をするってことっす。他の錬金工房アトリエではなくて、ちゃんとココットオーナーの店で買ったってことが分かることが大事なんす」

「効果あんのかよ、それ」


 思わずそう聞いてしまった。

 俺は治癒ポーションを買う時にどこの店で買ったかなんて、一々気にしていないし覚えてもいない。


 他の客がどうなのかは知らないが、果たしてブランド化に効果があるのか……俺には何も分からなかった。


「やらないよりマシっす。それに、ブランド化して成功してきた商品はたくさんあるっす。それに乗っかるだけっすよ」

「まぁ、別に良いけどよ。でもこれ、エレノアでも掘ろうと思えば掘れるんじゃねぇの?」

「無理っす! あたしそういうの出来ないんす!」


 そう言って開き直ったようにそう言うエレノアの横で、リリムが苦情の声をあげた。


「そ、そうなんですよ! え、エレノアさん。これで掘るの3つ目なんです……! どれも、マークが変なことになっちゃって……」

「し、失敗はつきものっすよ。それに、ハザルの兄さんならこれくらいは簡単っすよね?」

「……まぁ」


 俺はエレノアから金属ゴテを受け取ると、リリムからマークを受け取ってコテの上に紙を乗せると指先に《光魔法Ⅲ》を発動。


 金属すらも焼き切るほどの熱が一点に集中して、


「お前ら、目ぇつむってろ」

「はいっす」

「は、はいです」


 2人がちゃんと目をつむったのを確認してから、俺は指で紙をなぞった。

 熱を生み出すほどに凝縮された光が金属の先端部分に錬金工房アトリエのマークを刻み込む。


 そして、俺は焼き付いた紙を離すと……そこには、綺麗にマークが刻み込まれた金属ゴテがあった。


「ほら、出来たぞ」

「うわっ! さすがっすね! 人力で溶接もできるんじゃないっすか?」

「溶接?」

「金属をくっつけたりする作業のことっす。機械技師ゴーレムスミスなら、みんなできるっすよ」

「だったらなおさらエレノアでも出来たんじゃないのか?」

「こんな小さい模様なんてやらないっす」


 そういうものなのだろうか。

 俺はよく分からずに首を傾げたが、


「これでココットじるしの治癒ポーションになるっすよ」


 そういって、エレノアはポーション瓶を1本手に取るとそれを棒の先端につけて、近くにいた小型のゴーレムを呼び出す。


 そして、そのゴーレムが腹を開けた瞬間に瓶をその中に入れた。

 中を覗き込むと、燃え盛る炎によって真っ赤にそまったゴーレムの腹部が見えるではないか。


「……なんのゴーレムだ。それ」

「あ、これっすか? これは携帯型の金属炉っす。この錬金工房アトリエに炉を作るわけにも行かないっすから、小型化して持ち歩けるようにしたんすよ。今は温度を下げてガラスを熱してるところっす」

「そんなことできんのかよ……」


 エレノアの技術力に舌を巻いているが、彼女はどこ吹く風で、


「そんな難しくないっすよ」


 そんなことを言いながら、エレノアは真っ赤になった瓶を取り出す。

 そして素早くさっき俺が作ったばかりのココットちゃんのマークが記された金属ゴテを押し付けると、マークが刻み込まれたポーション瓶を台の上に置いた。


「これで、冷やして調子を見るっすよ」

「水に付けて冷やしたらダメなのか?」

「何言ってるんすか、割れるっすよ」


 当たり前すぎるツッコミをされた俺は「確かに」と漏らすと、仕事に戻った。


 その作戦が上手く行くことを祈りながら。

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