第23話 勇者と模造品

「売れ行きが下がっている?」

「はい。ここ最近、少しずつなんですけど……」


 夕方、俺が錬金工房アトリエの片付けを手伝っていると、そんな不穏な会話が耳に入ってきた。


「ふむ。そろそろ次の手を打つべきだとは思っていたが……。それにしても嫌に速いな。ココットさん。帳簿を見せてもらうことはできるか?」

「はい。これです」

「……本当に右肩下がりだな」


 帳簿の数字を見ながらココットちゃんとソフィアは難しい顔をしている。


 その隣で、俺と一緒に片付けを手伝っていたリリムの顔が曇った。


「……う、売上が下がってるって、大丈夫なんでしょうか?」


 彼女の心配は俺以上だろうな、と思う。

 リリムは俺と違って家族を養わないといけないのだから。


 売上が下がることで給料がもし支払われないようなことになれば、彼女たちはまた露頭に迷うことになる。そうなれば、またスリのようなことをしなければならないだろう。


 だが、俺はポーションの売れ行きをある程度知っているので、リリムに給料が支払われなくなるようなことはないと知っている。


 だから、リリムを安心させるように言った。


「んぁ。まぁ、まだ大丈夫だろ」

「ま、まだですか……?」

「未来のことなんて誰にも分かんねぇからな」


 俺は実際に帳簿を見たわけではない。現在の錬金工房アトリエに来ている客の数から推測しているだけだ。


 そして、現状……そこまで大きく減少はしていない。

 ただ、確かに言われてみれば最近は錬金工房アトリエに足を運ぶ冒険者たちが減っているような気はしてくる。


 俺たちがそんなやりとりをしている端で、ぱたん……とソフィアは帳簿を閉じた。


「……少し、私の方でも考えてみるよ」

「ソフィアさんに手伝っていただけるなら安心です!」


 そういってほっと息を吐くココットちゃん。

 一方で険しい表情のまま、ソフィアは俺に視線を送ってきた。


 ……着いてこいってことか。


 アイコンタクトだけでやり取りを終えた俺は彼女についてく。


 ソフィアと手を組んでから既に1ヶ月が経とうとしているのだ。

 これくらいのやり取りであれば、お手の物である。


「なんだよ」

「ハザル。悪いんだが、明日から君に一働きしてもらいたい」


 廊下にでるなり、仕事を割り振られた。


「そりゃ良いけど、なんでだよ」

「街の調査だ。この街に存在する錬金工房アトリエ見てきて欲しい」

「またとんでもねぇことを言い出したな」


 俺は頭をかいた。

 ソフィアの言うことはいつも無茶苦茶なのだ。だが今回のはそのベクトルが違う。ただの体力に物を言わせた行動は、彼女の考えたようなものだとは思えない。


「つっても、お前のことだから何か考えがあんだろ」

「……あるさ。私は、ココットさんのポーションの模造品が出回っているんじゃないかと睨んでいる」

「パクリか?」

「まぁ、言ってしまえばそうだ。だが、別にそれは咎められることではない。どの商会だって優れたアイデアを各々取り込んでいるからだ」

「……それ、どうなんだよ」


 俺は思わず顔をしかめた。


「君の心情も分かるが、残念ながらこの国には発明品を権利として守ってくれるルールなんてない。だとすれば、この国では他人の商品を模倣するのは違法ではない。そして、違法でなければ、何も問題はない」

「いや、でも……」


 口を開きかけた俺に、ソフィアは重ねた。


「確かに、もし模造品が出回っていたとすればココットさんの錬金工房アトリエには、大打撃だろう。……だとしても、それはマーケットで戦えるだけの体力がなかったココットさんの錬金工房アトリエが悪かったということになるんだ」

「……非情だな」

「死なないだけマシとも言える。君も戦場で同じことは言えまい?」


 ソフィアがそういうものだから、俺は思わず鼻を鳴らした。

 確かに命のやり取りである戦場に『卑怯』の2文字は存在しない。どんな方法でおいても、生き残った方が勝ちなのだ。


 だから戦場でいかに自分より強い相手に出会って負けたところで、悪いのは弱い自分でしかない。他人に文句を言っても、生き残れるわけではないからだ。


「これが王国だったら、発明品と発明者を保護する法律があるのだが……。あいにくと、この国にはない。だから私たちは私たちの力で戦わなければならない」

「……どうやって?」

「まだそれも検討中だ。そもそも私の読みが間違えている可能性がある。とにかくハザル。君の調査の結果次第で全てが分かる」

「分かったよ」


 こうして新しい仕事を割り振られた俺は思わず頭をかいた。


「明日は忙しくなりそうだ」

「頼む」

「任せとけ」


 頼られるのであれば、全力で力を発揮したい。

 俺は決意すると、仕事に対するモチベをあげた。


 −−−−−−−−−−−−



 翌朝、俺は街が起き出す時間に合わせて錬金工房アトリエめぐりをスタート。


錬金工房アトリエを見て回れ、ねぇ……」


 ソフィアは模造品のポーションが出回っているからだと言っていたが、もしかしたら冒険者たちがダンジョンに潜る頻度が下がっている可能性だってある。怪我を負う危険性が減れば、それに合わせてポーションを買う頻度は減るだろう。


「……ま、歩くか」


 しかし、ソフィアだってそれくらいのことは考えているはずだ。

 それでもなお、売上が下がった理由として模造品だと言ったのであれば……それは、何かしらの理由があるはずだ。


「大手から回るか……」


 俺はココットちゃんから預かった軍資金を手に、一番大きな錬金工房アトリエに入る。中に入ると、ダンジョンにこれから潜る冒険者たちで溢れていた。


 工房の大きさも広いし、中にいる冒険者たちも多い。

 改めて、大きな錬金工房アトリエのその強さを知らされる。


 ポーションも種類が多く、普通の治癒ポーションに加えて、魔力ポーション、身体強化ポーション、心拍強化ポーション、持続治癒のポーションと幅広い。数多くの需要に答えようとしているのだろう。


 俺は一通り品揃えをみたが……どれも普通の品ばかり。

 とりあえず、普通の治癒ポーションを1本買って、錬金工房アトリエからでると一気に飲み干した。


「……にっが」


 そして、顔をしかめた。


 治癒ポーションってこんなに不味かったっけ?

 もっと飲みやすいと思ってたんだが……。


 知らず知らずのうちにココットちゃんの治癒ポーションに舌を慣らされてしまっていた俺は、ポーション瓶を回収箱に入れて大手の錬金工房アトリエを後にした。


 こんなに味が違うなら、ココットちゃんのポーションは……もしかして、もっと大きくなれる可能性があるのかも知れない。


「……外れだな」


 しかし、今は模造品を探すのが先だ。


 俺はそんなことを考えながら次の錬金工房アトリエに入った。

 ここも同じようにポーションの品揃えは多かったが、味の付いている治癒ポーションは取り扱っていない。外れ。


 次も、次も、その次も。

 

 やはり、大手の錬金工房アトリエには意地でもあるのか……どこも、味の付いている治癒ポーションなんて売っていなかった。


 大通りに面している錬金工房アトリエを全て回っても、模造品ポーションを見つけることができなかった俺は少し立ち尽くした後、


「そいや、裏通りにも錬金工房アトリエってあるんだっけ」


 そんなことを思い出した。

 

「行ってみるか」


 そう呟いて、裏通りに入った。

 すぐに目に入ってきたのは踊酒場キャバレーなどの、夜の店ばかり。


 本当にこんなところに錬金工房アトリエがあんのかよ、と思いながら歩いていると……確かに、あった。


 あったので、中に入ってみると……小さな錬金工房アトリエだというのに、既に客が数人はいる。


 知ってるやつは知ってる店なのか……? 

 と、思いながら店内を物色していると、俺は……見つけてしまった。


 甘味治癒ポーション、と名の記されたポーションを。

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