第26話 ただでは転ばず
出店する場所が決まったのであれば、そこからは準備の時間である。
まずは何よりも市に許可を取るところからだ。
とはいっても、これはザル審査であってないようなものらしい。
身分がちゃんとしていれば、基本的に審査が降りると言ったのはソフィアだ。
その申請書類をソフィアが作っていると、そこにリリムがやってきた。
「ろ、露店……ということは、看板とかあった方が良いですよね」
「あぁ、そうだ。確かに看板は欲しい」
「そ、その……作ってみたんですけど……」
「なに? 昨日の今日だぞ!?」
ソフィアは目を丸くして驚いて……すぐに、尋ねた。
「どんな感じだろう」
「こ、これなんですけど……」
「ほう……これは、中々……。ココットさん、これはどうみる?」
そういって息を飲んだソフィアは、近くにいたココットちゃんを捕まえた。
「わっ! すごい! これ凄いですよ! やっぱり、リリムちゃんにはセンスがあるんですよ!」
「あぁ。私は昔からこういうデザインが苦手でよく家庭教師から叱られていたが……そんな私でも凄さが分かるぞ……」
そう言って息を飲むソフィア。
暇になった俺が見にいくと……確かにそこには黒板に目をひかれるイラストと、治癒ポーションの値段が書かれている。
「ん? リリムって文字が書けたのか?」
「あ、これはココットさんに教えてもらったんです……」
「なるほどな」
もし文字が書けるのであれば、できる仕事も増えるだろうと思ったが……習ってないものは仕方ない。もうちょっと時間ができれば、彼女に文字を教える時間が取れるとは思っているのだが、中々チャンスを見つけられはしない。
「もう、これで良いんじゃねぇの?」
「あぁ、私も全く同じことを思っていたところだ」
俺とソフィアは頷くと、ココットちゃんを向く。
何だかんだ言っても彼女が頷かなければ、その看板が採用されることはないのだが……。
ココットちゃんはそんな俺たちのことなんて気にした様子も見せずに「これにしよ!」と言っていた。
「しかし、リリムさんには思っていたよりも才能が眠っていたのだな」
「ココットちゃんの
「まさか、デザイナーを気が付かぬ間に抱え込めるとはな……」
「運が良かったな。いや、悪かったのか?」
リリムと出会ったのは、彼女が俺の財布を盗もうとしたからである。
そして、彼女が財布を盗もうとしたのは仕事道具である笛を盗まれたからである。
だとすれば、それは俺とリリムにとっては不運となるのだが……ココットちゃんの工房には、幸運となっているのだ。
「まぁ、そう難しく考えることもあるまい。とにかく、この書類が通れば
「でも売上低下の原因は、質の悪い模造品が街中の
「理論上は、な」
ソフィアはそういって、書類にサインを記した。
そして、ココットちゃんを呼ぶと彼女にもサインをしてもらうのを見ながら、ソフィアは続けた。
「理屈の上ではそうなった。だが、結果がどうなるかなんて誰にもわからないはずだ」
「今日はやけに弱気だな。なんかあったのか?」
「営業が全滅した」
「なるほど……」
いかにソフィアと言えども、なんでも商売を上手く行かせられるわけではない。
今日は治療院にポーションを売り込む営業をしていたと言ってたが……。そうか、全滅したのか。
「慰めてやろうか?」
「余計な気遣いをするな」
からかったら叱られてしまった。
俺は肩をすくめると、ソフィアはココットちゃんのサインを確認して、書類を封に閉じた。
「明日の朝一にこれを出してくる。そうすれば、また忙しくなるぞ」
「その書類の返事っていつくるんだ?」
「書類を出して、審査されて、返ってくるのは1時間ほどと言われている」
「すぐじゃねぇか」
「だから言っただろう。審査がザルなんだ。そもそも、この国は働き手を欲しているんだ。審査に時間をかけすぎて、労働者が減ったら元も子もないだろう」
「……それで良いのかよ」
「上手く行っているから、これで良いんだろう」
ソフィアがそういった瞬間、ドン! と扉が叩かれる音が急に響いた。
「客か?」
「んな馬鹿な。こんな時間に?」
俺は窓の外に視線を向ける。
すっかり太陽が沈みきって、真っ暗だ。
こんな時間に客が来ることなんて考えられない。
「俺が見てくんよ」
「あ、私も行きます!」
ココットちゃんと一緒に、
「……風、ですかね?」
「そんな強いとも思わなかったけどな」
俺はそういって周囲を見回す。
……今の音は、人の音だと思ったんだが。
しかし、入り口に誰もいないということは気のせいである可能性の方が高い。
俺は頭をかくと、中に戻った。
「誰もいなかったよ」
「ふむ。だったら風だったのかもな」
「ココットちゃんと同じこと言ってら」
「他になにかあるのか? まさか市壁の中にモンスターがでたわけでもあるまいし」
「アンデッドモンスターかもな」
「はぁ? 適当なことを言うんじゃないぞ!!」
冗談で言ったら思ったよりもガチで返ってきたので、もしかしてこいつお化けとか苦手なのか……? と思ったのだが、それ以上追求できるような雰囲気ではなかったので、俺は「そうだな」と適当に相槌をうって……その話はなかったことにした。
―――――――――――――――
申請自体は、本当にすぐに通った。
露店の準備もわずか数日で終わり、
100本分売り切れることもあるのだが、逆に40本近く余ったりと……そこまで、売上が安定していたわけではないのだが、一週間の売上を平均すると1日あたり80本。
そして、それを第一店の売上と加算すると、
「……売上は、回復したな」
ソフィアは帳簿を見ながら、そう呟いた。
「需要を取り戻せたってことか?」
「取り戻せたのか、新しく開発したのかは……この数字では分からないが、この
ソフィアは安堵の息を吐き出すと、椅子に深く腰掛けた。
「良かった。これで次に進めますね」
「次?」
「はい! いま、治癒ポーションと魔力ポーションを売ってるじゃないですか」
「あぁ、そうだな」
「そこに新しく身体強化ポーションを加えようと思ってるんです」
「へぇ、良いんじゃねぇの? 他の
「そうなんです! でも、売上が下がってたらそれどころじゃないので……。でも、今はちゃんと回復したので、新しいポーションの開発が行えるんです」
「なるほどな。身体強化ポーションってどうやって作るんだ?」
「それなんですけど、実はハザルさんたちに採ってきてもらいたい素材があるんです」
「任せとけ」
俺はココットちゃんからの依頼に頷いた。
今が、つかの間の安寧であることも知らずに。
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