第20話 設備投資
「素材も揃ったし、早速作るっすよ! まずはポンプからっす!!」
亡霊鉱山……アンデッドモンスターは全くいなかったが……から帰還したエレノアは、素早く魔導具制作に取り掛かった。
だが俺たちは10時間近く動きっぱなしだったわけで、そんな状態から魔導具作りを始めても大丈夫なのかと、俺は心配に思って尋ねた。
「休まなくて良いのか?」
「何を言うっすか。これが楽しみで鉱山までいったっすよ!」
しかし、エレノアはすぐにそう答えると、鉱石をごとごとと地面に落として魔法を使って炉を生み出した。
そしてすぐに作業に熱中する始末。
今までのへらへらとした目つきではなく、顔つきが真剣そのものになっていたので……これ以上話は聞かないだろうと俺は判断。
そんな彼女に背を向けた瞬間、ココットちゃんがやってきた。
「ハザルさん。魔晶石ありがとうございます! これで魔力ポーションが作れそうです!」
「そりゃ何よりだ」
結局、魔晶石が地這いトカゲの身体の中から出てきたとココットちゃんに伝える勇気は俺にはなかったので水洗いして粘液を落としたものを渡したのだ。
「魔力ポーションって売れるのか?」
「治癒ポーションに見劣りはしますが、ちゃんと売れますよ」
ココットちゃんはそういうと小さく重ねた。
「でも、早いうちに魔力ポーションの味付けを考えないといけないですね……」
「いまの治癒ポーションは飲みやすいもんな」
「そうなんです。私の
ココットちゃんは魔晶石を横において、見たこともない青色のポーションと果物がいくつも並んだ机の上で思案し始めた。
「今日も遅いし寝た方が良いんじゃないか?」
「いえ。明日はお休みなので……せっかくだから、今日の夜にいくつか味の組み合わせは試してみたいと思うんです」
いつにも増して真面目なココットちゃんに俺は「頑張れよ」と返す。
「あ、ハザルさん。サンドイッチを作ったので、お腹が空いてたら食べてください」
「ありがとよ」
俺はココットちゃんにそう返すと、キッチンに移動。
そこにはココットちゃんが作ってくれたサンドイッチと、その横で紅茶を飲んでいるソフィアがいた。
「ハザル」
「ん?」
「明日、冒険者登録に行くぞ」
「そういえばまだ行ってなかったな」
銀貨100枚を貯めるまで、
まさか、
「でも、ソフィア。冒険者登録なんているか? 俺たちは、今のままでも上手くいってるだろ」
「いる。冒険者登録は身分証を作ることが目的なんだ。私たちはまだこの国でちゃんとした身分を持っていない。だからトラブルに巻き込まれた時に面倒な事態になる恐れがある。それを回避するために身分証の作成は必須だ」
「なるほどな。別に俺たちが冒険者をやることはないと」
「いや、それも分からない」
「……ん?」
俺が首を傾げると、ソフィアは続けた。
「この
「強み……? 味付きポーションか?」
「違う。この
「え、俺?」
流石に予想していなかったので俺がソフィアに問い返すと、彼女は首肯。
「あぁ、そうだ。正確に言えば、ポーションや魔導具を作るときの材料を外注しなくても良いということだ」
「……うん?」
分かるような、分からないような。
「今日のエレノアさんの件でもそうだが……普通に彼女に頼めば金貨350枚。平民1年分の稼ぎになる。だが、それは材料費が含まれているからだ。それを自分たちで取ってこられるのであれば、その分の出費を抑えることができる」
「……ふむ。でも、それがどうして俺たちが冒険者をやる理由になるんだよ」
「冒険者というのはギルドと提携して素材の売買を行いことで稼ぎを得ている。では、ギルドはどうやってその資金を得ている? 無論、ギルドが冒険者たちから素材を買い取るときの値段はクエストの依頼主が支払っているが……そうではなく、そもそものギルドの収入源だ」
「そんなこと、考えたこともなかったな……」
冒険者ギルドなんて、これまで俺には無関係の組織だと思っていたのだ。
彼らが冒険者に支払う金がどこから出ているのかなんて……考えたこともなかった。
「ギルドはな。依頼の仲介手数料を取って、利益をあげている」
「仲介手数料? あぁ、間を取り持ってるってことか」
「そうだ。例えば、薬草10本のクエストの報酬が銀貨1枚……つまりは銅貨100枚だとしよう。そこでギルドは、そのクエストを掲載するための代金として銅貨25枚を取る」
「……結構持っていくな」
「クエスト報酬の25%。それがギルドの定める仲介料だ」
そういうと、ソフィアは「まだ分からないか?」と俺に聞いてきた。
「この
「なるほど……。だから、これから先に新しい素材を手に入れるときに俺がいるから冒険者に依頼する必要もないと?」
「そういうことだ」
そういってソフィアは紅茶を口に含んだ。
「そして、ハザル。良いニュースだ」
「なんだよ。ポーションでも売れたか?」
「そうだ。君たちが亡霊鉱山に出ている間に、いつもの治療院からこれまでの2倍ポーションを
「……マジ?」
「大マジだ。だが、今のポーション製造速度では明らかに追いつかない」
それは間違いない。ソフィアの言うとおりだ。
今の所、治癒ポーションの売上は平均して400本前後。
そのうちの100本はいつもの治療院が買ってくれているわけだ。
そこが2倍ということは、単純にポーションの売上が100本増えるわけで、
「他の治療院はなんて言ってるんだ?」
「まだ検討段階だから50本欲しいと」
「3つの治療院で150本か」
「そうだ。だが、瓶も足りなければ人手も足りない……と、思っている。問題は、エレノアさんの魔導具がどこまで使えるかだが……」
ソフィアはそういって嬉しそうに微笑んだ。
「……楽しそうだな、ソフィア」
「当たり前だ。これを嬉しい悲鳴と言わずしてなんと言う。君たちが働いている間に私が何もしてなかったと思うのか? 営業を行っていたんだぞ」
「大した胆力だな……」
「楽しいからやっているだけさ」
彼女は肩をすくめると、
「冒険者たちが治癒ポーションを買う頻度はまちまちだ。怪我をしたり、しなかったり。その日に怪我をしなければ買った治癒ポーションは次の日に持ち越されるだろう。彼らへの売買は安定した売上とは対極に位置する」
「だろうな。治癒師を雇ってる場合もあるし」
回復魔法を使ってパーティーの傷を癒やすものがいれば、治癒ポーションの出番はなくなる。
「だが、治療院は別だ。これだけ大きな街なら、必ず誰かが病気か怪我を負う。それなら、治療院は常に決まった数だけポーションが使われる」
「いや、それはおかしくないか? だって、治療院にくる病人や怪我人の数だって、安定はしないだろう」
「だが、1日に消費されるポーションの数は100より多い。上限の数が私には分からないが……少なくとも、そこまでは安定した売上が見込める。そうすれば、私たちは次に進める」
「次?」
俺の問いに彼女は首を縦に振る。
「あぁ。世の中に治癒ポーションだけを売る
そこまで言って、ソフィアは微笑んだ。
「誰も困らない。みんなが得している。これが商売だよ、ハザル」
「恐れいるぜ、全く」
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