第21話 勇者、冒険者になる

「すぐに終わったな、冒険者登録」

「終わるに決まっているだろう。金さえ払えば来るもの拒まず、だ」


 俺たちは銅色の冒険者証を手にしながら、ギルドを後にする。

 この銅色の冒険者証こそ、Eランク冒険者であることを証明する立派な身分証なのだ。


「身分証としてそれはどうかと思うぞ、俺は」

「何を言う。国は人を数字の中で管理したいのだ。だから、誰でも登録できるようにする。数字は偉大な発明なんだぞ」

「数字が発明? なんじゃそりゃ」


 発明ってのは魔導具みたいなものを指すんじゃないのかよ。


「数字がなければ計画が立てられない。計画が立てられなければ未来が見れない。未来が見れなければ世界は発展しないのさ」

「相変わらず分かるような、分かんねぇようなことを言いやがる」


 ソフィアの説明に、俺は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 数字で未来を見る、か。難しいことを言うものだ。


「そう難しく考えるな、ハザル。ポーションの売上を計算し、その月の売上がどうなるかくらいは君も計算をしただろう」

「俺がお前に計算ミスを12回指摘されたやつな」

「そうだ。あれがあるから、ココットさんは錬金工房アトリエの設備にどれだけ投資すれば良いかが分かる。どれだけの人数を雇えるかが分かる。給料をどれだけ支払えばいいかが分かるんだ」

「ふむ」

「ココットさんがそう判断するからこそ、私も君も、そしてリリムさんもエレノアさんも生活できるんだ。どれもこれも、数字があるからだ」


 ソフィアはそういうと、手にしていた冒険者証を興味なさげにポケットに入れた。

 彼女からすれば、本当に身分証代わりに取っただけなのだろう。


 こういう雑な態度を見ていると、本当に彼女が元大商会のお嬢様だとは思えない。


「国も同じだ。人の増え方、税の取り方、そして国庫の使い方。それらを全て数字で管理し、過剰な部分から不足分を補う。円滑な運営のためには数字をつけて……それを管理することが必要なんだ。だから勝手に使えば怒られるんだ」

「……耳がいてぇな」


 俺はそう返した。

 そう返さざるを得なかった。


「分かれば良いのさ。学習することが人の強みだ」


 ソフィアはそう言うと、素早く話題を切り替えた。


「ハザル。そろそろ昼食にしよう」

「あぁ、そりゃ良いが。何が食べたい?」

「何でも良い」

「それやめろ」


 一番困る返答を返された俺は、とりあえず道に面した食堂に向かった。

 バルコニーで飯が食える風通しの良い店で、暇な時によく使っているのだ。


「意外とシャレた店を知ってるんだな、ハザル」

「シャレた……。いや、この間やってた肉の大盛りキャンペーンに釣られて入っただけだ」

「……まぁ、それも君らしいと思うぞ。私は」


 俺たちはやってきた店員にそれぞれ注文をすると、さらに追加で頼んだ炭酸水を口にする。この街の近くには炭酸水が湧いている水源があるらしく、普通の水よりも安く買うことができるのだ。


 俺は普通の水の方が好きなのだが……炭酸水の方が安いので、そちらを選ぶ。

 そうしないと、生活費がすぐにでも飛んでいきそうで怖いのだ。


「ハザル。君もだんだん収入に見合った生活ができるようになったじゃないか」

「……ん? あぁ、そう言われればそうだな。確かにこの街に来てから、まともな生活ができてる気がするぜ」


 王国にいたころは借金まみれの生活をしていたのに、こっちの国に来てからはソフィアの言う通り……身の丈にあった生活ができているのだ。


「人が新しいことを始めるには環境を変えれば良いと聞く。見慣れた街。見慣れた部屋。そういうものの1つ1つが頭にこびりついて、人を条件付けするらしい」

「条件付け?」

「犬の調教の話を知らないか? 犬に餌をやるときに鈴の音を鳴らしていれば、鈴を鳴らすだけでよだれをたらすようになる話だ」

「おま……。これから飯食うって時になんて話しをするんだ」


 まだ食事が運ばれてきていないとはいえ、よだれの話はどうかと思うぞ。俺は。


「まぁ、聞け。人間も動物だ。そうした条件付けを振り払うには、環境を変えるのが一番だろうさ」

「なら俺はその犬と一緒で、王国にいたから自堕落になったと?」

「自堕落になったというよりも、抜け出しづらかったんだろう。」


 ソフィアの言葉に、俺は唸った。


「……なら、この街に来たから良かったのか」

「そうなるな。新しい街にやってきたのだ。条件付けされていた頭も……少しはリセットされただろう」

「なら、俺みたいに街を変えられない場合はどうすりゃ良いんだ?」

「部屋の模様替えでもすれば良いんじゃないのか?」


 ソフィアはそういうと、コップに口を付けた。

 その光景が思わず絵になるくらいに綺麗で、


 ……改めて見ると、こいつ美人なんだよな。

 1つ1つが絵になるというか……。まぁ、性格はあれだが……。


 俺はぼんやりと、そんなことを考えた。


「ところで、ハザル。最近、君が酒を飲んでいるのを見たことがないが……辞めたのか?」

「あぁ、それな。俺も思わず笑っちまったんだけどよ……。あれだけ辞めたくても辞められなかった酒が……気がついたら、一滴も飲んでねぇんだ。不思議でしょうがねぇ」


 王国時代、辞めたくても辞められなかった酒が……こっちに来てから簡単に辞めることができた。魔王との戦いのトラウマも、見ていない。


 そんなトラウマを見る暇もないほどに忙しいから、と言われてしまえばそうなのかも知れないが。


 だが俺のそんな考えを打ち砕くようにソフィアは短く言った。


「関わりが出来たからだろう」

「関わり?」


 こくり、とソフィアは首を縦にふる。


「はるか昔……西の国で囚人に対してある実験が行われた」

「実験?」

「あぁ、薬物中毒を治療する実験だ。薬漬けにして、その後にどう治療すれば良いかを見たんだが……。面白い結果になったらしい」

「すげぇ実験してんな……」

「どんな結果になったと思う?」


 さも興味深そうにソフィアは口角を釣り上げる。

 俺はそれに頭をわずかにかいて、返した。


「全員薬を辞めたのか?」

「いや。治癒師たちに言われなくても辞めたグループと、辞められなかったグループがあったらしい。その違いはなんだと思う?」

「……魔法が使えた、とか?」

「いや、それは関係なかったんだと」

「何なんだよ。もったいぶるなよ」


 またこいつの悪癖だ。


 俺のツッコミにソフィアは「そうくな」と微笑んで、続けた。


「大きな違いは家族や友人……つまり、帰るべき場所があったかどうかだったらしい。戻るべき場所があれば薬をやめて、戻るべき場所がないものは薬を辞められなかったんだとさ

「嘘くせぇな。その話、本当なのか?」

「無論、家族がいても辞められなかった者も、いなくても辞めた者もいたらしいが……少数派だったと聞いた」


 俺はソフィアの話を、どう処理すれば良いか分からずに頭をかいた。


「真偽はともかく、人は社会性の動物だ。社会の中に帰属できなければ――苦しいんじゃないか。だから酒に頼るんじゃないのか。……この話を聞いた時、私はそんなことを思ったよ」


 そして、ソフィアは俺を見ながら微笑んだ。


「なぁ、ハザル。君が酒に溺れていたのは……帰る場所がなかったからじゃないのか?」

「……俺の帰るべき場所はあの錬金工房アトリエだと?」

「どうだろうな。君はどう思っているんだ?」

「分かんねぇよ」

「そうか」


 その時、料理が運ばれてきた。


「商売は人との関わりだ。どれだけ願っても、嫌がっても、人と関わらないことには始まらない。それはある意味で、君が求めていたことだったのかもな。ハザル」

「……さぁ。でも、俺はお前に感謝してるぜ」

「感謝は目標を達成したときにして欲しいものだ。しかし、礼をくれるというなら考えても良いぞ」


 俺は何も言ってないのにソフィアはそんなことを言いながらサラダにのっていたトマトを器用に俺の皿にだけ移した。


「嫌いなのか? トマト」

「見た目が無理なんだ」


 目ぇつむって食えよ。




【目標達成資金】

 67/2000000

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