第19話 亡霊鉱山

「ここが亡霊鉱山っす! いやぁ、陰気臭いっすねぇ!」


 俺たちが住んでいるシスト市から歩いて2時間半の場所に、それはあった。

 山の中腹。最低限の整備がされている山道を歩いた先に、ぽっかりと黒い入り口が開いている。


 鉱山の入り口は補強されているように見えたが……それでも、おどろおどろしい雰囲気は感じざるを得ない。


 しかし、気になるのは


「この中に金属スライムがいると?」

「はいっす! この中は魔窟になってるっす! 腕に自信のある冒険者しか潜らないので、モンスターも我が物顔で闊歩かっぽしてるっす!」

「詳しいな」

「全部受け売りっす」


 頼りにならない返事をよこされた俺は肩をすくめた。


「アンデッドモンスターが多いんだろ? スライムなんて弱いモンスターが生き残れるのかよ」

「弱すぎて他のモンスターから無視されてるんじゃないっすか?」

「……それはありえるな」

「ありえるんすか? 適当に言ったんすけど」


 モンスターの世界とて、弱肉強食だ。

 だが、あまりに弱すぎる場合には自分の生息を脅かさないからと無視されることもある。


 もしかしたら、金属スライムはその一種なのかも知れない。

 そんなことを考えながら俺は先陣きって亡霊鉱山へと足を踏み入れた。


「流石ハザルの兄さんっす! 全然ビビってないっす」

「ビビったら出せる力も出せなくなるからな」

「かっこいいっす」

「ありがとよ」


 中に入ると、足元を冷たい空気が走り抜けた。

 鉱山内部が冷えるのも当然なのだが……それにしては、冷たすぎる。


 おそらくアンデッドモンスターが放つ冥界の冷気が混ざっているのだろう。

 それに、鉱山の中に入ってすぐだというのに、まるで何かに遮られているかのように陽の光が届いてない。


 鉱山内部と外で、明確に世界が切り分けられている。


「……これはヌシでもいるかもな」

ヌシ? 魚っすか?」

「いや、そうじゃねぇ。そこら一帯を治めるモンスターの親玉だよ」


 周囲のモンスターを倒して強くなり、魔力をため、強大になったモンスターは自分の世界を持つ。それがヌシであり、そのモンスターの独自世界は周囲を隔絶かくぜつするのだ。


「魔王みたいなもんすか?」

「アレがヌシの中でも最強だろうな」

「はぇー。物知りっすねぇ」

「モンスターに関しちゃな」


 俺は手元に光を生み出すと、それを先行させる。


「エレノア。あんまり俺から離れるなよ」

「了解っす!」


 ヌシがいるなら、他のモンスターもそれに引っ張られて強くなっている可能性が高い。

 俺は光を照らしながら潜っていくのだが、その横を歩くエレノアは見たことのない箱型の魔導具を手にしていた。


「それ何だ?」

「これっすか? これはアタシたちが歩いてきた道の記録ログを取ってくれる魔導具っす。入り組んだ場所で使えば、迷うことなく外に出れるっす」

「めっちゃ便利じゃん……」


 俺は迷わないように道順を暗記していたのだが、そんな便利な魔導具があるなら覚える必要もない。徒労だ……。


「それを冒険者たちに売ったら一儲けできると思うぜ?」

「もう他の機械技師ゴーレムスミスが売ってるっす。これはそれをパク……参考にして、自分で作ったやつっす」

「そっか……」


 今はそんな便利な魔導具があるのか……と、思ったが、そもそも魔導具は高価なので誰もが簡単に買えるようなものではない。


 冒険者の中に広がらなくても仕方がないし、広がってないから俺も知らなかったんだな……と無理やり納得させた。


 てか、エレノアはそれをパクってんのかよ。

 腕に覚えがあるとそういうこともできんのか。


 すげぇな、機械技師ゴーレムスミス


「あ、ハザルの兄さん! あそこにスライムっす!」

「……ん」


 ぴょん、と飛び出した灰色のスライムに俺が視線を送った瞬間、


 パァン!!!!


 スライムが上部からの圧力によって、爆散した。


「ひっ!? ば、爆発したっす!」

「俺の魔法だ」

「詠唱は……?」

「スライム相手にいるか?」

「い、いや。そういう問題じゃないっす。そもそも詠唱なしで魔法って使えないはずっす……」

「でも俺は使えてるしなぁ」

「なら使えるんすかね……?」

「それに、俺が昔働いてた場所でも詠唱するやつなんていなかったぞ」

「どんなところで働いてたんすか」


 パーティー組んで魔王と戦ってる時は、敵にどんな魔法を使うのかがバレないように無詠唱魔法で戦うのが基本だった。そうしないと反魔法アンチマジックで魔力の捻じれを逆利用されて数秒後には自分が死んでいたから。


 なので俺は話しをそこそこに、目の前のスライムが落とした鉱石を拾い上げた。


「このスライムは目的のやつか?」

「あ、これグレー鉱石っすよ! ちゃんと目的のスライムだったっす」


 エレノアが鉱石の鑑定を終えると、俺はそっと胸をなでおろした。

 このまま鉱山を潜れば良いことが証明されたわけだ。


「よし、このまま潜るぞ」

「はいっす!」


 そのまま俺たちは、さらに深いところへと降りていったのだが。


「全然、モンスターいないな」

「そうっすねぇ。もっとアンデッドモンスターがいるって聞いたっすけど」

「アンデッドイーターでもいるかな」

「な、なんすかそれ」

「ゾンビとかスケルトンとかを食べるモンスターの総称だな」

「は、初めて聞いたっす」

「リッチより珍しいから知らなくてもしょうがねぇよ」


 時折、スライムとは出会うのだが……他のモンスターとはすれ違うこともなく、深いところへと進んでいく。


「魔石も持って帰ろうと思ってたのに……。これじゃ拍子抜けだ」

「本当にアンデッドイーターがいるとか?」

「どうだろうな……。アンデッドイーターって、小さいんだよ。基本的に虫の形を取って、集団でモンスターに襲いかかるんだ」

「ひぃ! やめるっす! 虫は嫌いっす!!」


 そんなことを言い合っていると、ぴしゃ……と水の音が響いた。


「地下水?」

「鍾乳洞っす?」


 互いに互いの意見を交わし合う。

 だが、遅れてしゅぅ……という何かが溶け出すような音が響いて、


「……あ?」


 不思議に思った俺が光量を跳ね上げた瞬間――。


「こいつは……」

「ひぃっ!?」


 唸った俺に、悲鳴をあげてエレノアが抱きついてくる。


 そこにいたのは巨大なトカゲ。

 無数の牙と真っ赤な瞳。そして、それを守るように展開される硬質の鱗。


 信じられないほどの巨体と、それを支える大樹よりも太い4本の脚。

 そして、そんな彼が存在することを許されるほどの巨大な空洞。


「……なるほど。こいつがヌシか」

「ちょ、ちょっと! 感心してる場合じゃないっす!」

「なぁ、エレノア」


 俺がそう問いかけた瞬間、地竜が俺たちに向かって唾液を吐き出した。

 それは触れたものを全て溶かす強酸性の液体。


 俺はエレノアを抱えて、真後ろに飛んで回避。


「と、飛んでるっす!! あ、アタシ高いところ駄目っす!!」

「じゃあ目をつむってろ!」

「はいっす!!」


 巨大なトカゲの身体が起き上がる。

 そして口腔を大きく開くと、そのまま俺たちに向かって牙を煌めかせた。


「邪魔だッ!」


 俺はそれを右の拳で殴り飛ばすと、一撃で牙を粉砕する。


 ドウッッッツツツツ!!!


 木っ端みじんになった牙が散弾となってトカゲの口腔に突き刺さる。


 痛みにもだえたトカゲがその状態を大きくそらした瞬間に着地。

 地面を蹴って背後に回る。


「エレノア。こいつの素材って売れるか?」

「地這いトカゲの変異種っすかね? 無理だと思うっす」


 地面に着地したので、目を開けることのできたエレノアがそう判断。


「まじ? 鱗とかは?」

「こいつより軽くて丈夫な素材がたくさん市場に出回ってるっす」

「……そうなのか」


 通りで牙がもろいと思った……。


「じゃあ、ここで倒しておく?」

「それが良いと思うっす」

「《熔解せよエルティア・ピアス》」


 詠唱と共に出現した真っ白い光の奔流ほんりゅうが、地這いトカゲの頭を消し飛ばす。

 首から上が跡形残らず蒸発した地這いトカゲの巨体はそのまま地面に吸い込まれるようにして倒れ込んだ。


「こいつのせいで他のモンスターがいなかったのかよ」

「こ、これがヌシっすかね? でも、アンデッドモンスターじゃないんすね」

「こいつがアンデッドイーターだったのかもな」

「虫じゃないんすか?」

「基本、虫だ。でもアンデッドを食うならなんでもアンデッドイーターだ」

「なんすかそれ……」


 俺はエレノアを下ろすと、パッ! と光量を跳ね上げて周囲を見渡した。

 それにより、洞窟の中だというのに真っ昼間の中のように明るくなった。


 これで鉱石を探しやすいと思ったのだが……。


「なんの鉱石もねぇな」


 そう。この洞窟の中には何の鉱石も無いのだ。


「もしかしたら、こいつが全部食べたのかもっすねぇ」


 そんなことを言いながら、エレノアはポーチの中から魔導具を取り出してスイッチオン。


「何だそれ」

「魔晶石を探す魔導具っす。魔晶石って魔力の結晶体だから、他の鉱石と違って魔力に反応するんす」


 そういった瞬間、魔導具から「びー! びー!!」と高い音が鳴り響いた。


「は、ハザルの兄さん! こいつのお腹の中から魔晶石の反応があるっす!」

「え? 腹の中から?」

「間違いないっす!」

「そんなことが……」


 しかし反応があるというからには開いて見るしか無い。

 俺はエレノアの指示通りに腹をレーザーでさばくと、中から拳大の結晶がごろごろと出てきた。


 それはよく見れば紫色で、確かに強い魔力を感じる。


「地這いトカゲは、基本的に鉱石を食って成長するんす。これだけ大きくなるってことは、それだけ魔晶石を食って体内に溜め込んでたってことっすね!」

「……結石ってこと?」

「なんでそう嫌な言い方するっすか……」


 俺はやけに粘液引いている石を見ながら困惑。


「ココットちゃんに何て言って渡すんだよ」

「普通に見つけたって言えばいいっすよ。洗えば大丈夫っす」


 しかし、方法はともかく……これで目的の1つは果たせたわけだ。


「他の鉱石も一気に集めちゃうっす!」

「だな」


 俺たちはそう交わすと、さらに奥へと潜っていった。

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