第18話 勇者と日課

「ハザルの兄さん! 起きてるっすか!?」

「んだよ、こんな朝早くから」


 朝、日も上る前からココットちゃんの手伝いをしていたらそんなことを言って、エレノアがやってきた。


「素材を取りに行くっすよ!!」

「ちょっと待ってくれよ。今からポーション作りの準備をしなきゃいけねぇんだ」

「あ、まだ終わってなかったすね。良かったす。作業を見せてほしいっす!」

「作業を? なんで??」


 変なことを言うやつだな、と思いながら俺が彼女を見下ろすと、エレノアは元気に返した。


「だってポンプを導入するっすよね? そしたら、どこにどう配管を引けばいいかは見ておくべきっす」

「あぁ、そういうことか。それなら俺よりもココットちゃんに聞けばいいと思うけど」

「む? それもそうっすね。ココットオーナーはどこにいるっすか?」

「ココットちゃんなら、中だけど」


 俺は井戸から水を汲み上げながら答えると「じゃあ挨拶してくるっす!」と言って、店の中に入っていった。


「朝から元気なやつだ……」


小さくもらすと、俺は大きな桶に水を組み入れる。

 元々この錬金工房(アトリエ)にあったのはココットちゃん用の小さな桶。だが、それでは効率が悪いということで自分用の大きな桶を買ったのだ。


 銀貨20枚ほどで買えたので、結構お買い得だと思っていたのだがポンプを導入するなら完全に無駄金となるわけだ。どっかで使えねぇかな。この桶。


 そんなことを考えていると、店の中に入ったエレノアが出てきた。


「挨拶してきたっす! それで水くみは終わりっすか?」

「水くみが終わっても、治療院までポーション持っていかないと行けないからすぐには出発できねぇぞ」

「それが昨日言ってたやつっすね! じゃあ、ついでにルートも計測するんで一緒に行きましょう!」

「ルート計測?」

「運搬用ゴーレムは誰が操縦しなくても、目的地まで行って自動で戻ってくるっす! その時に使う道を覚えさせるっす!」

「へぇ。そういう風にするのか」

「はいっす! 通れなかった時のための予備ルートも計測したいっす」

「じゃあ帰る時に別の道で帰るか」


 リカバリーまであるのか、と思いながら俺は桶を担ぎ上げる。


「でもそれ、運搬中に盗まれたりしねぇの?」

「そういうときは警報が錬金工房(アトリエ)に届くようにできてるっす! そもそも、ゴーレムの体内にポーションを格納するように設計するので人が運ぶより安全っす!」

「体内に? そりゃすげぇな」

「これより安全なのは《空間魔法》を使うことだけっす。でも、それは流石にゴーレムで再現できないっす」

「出来ないのか?」

「そもそもゴーレムが使える魔法って単純なものだけっす。それ以上は処理回路が焼き付いちゃって壊れるっす」

「そうなんだ。知らなかったよ」

「ゴーレムはそう使われるものでも無いっすからね。人気もないから、みんなゴーレムのことを全然知らないっす」


 がっくりと肩を落とすエレノア。

 俺はそんな彼女を励ますのも含めて話題を振った。


「で、今日採りにいく素材ってなんだ?」

「はいっす! ポンプは手動と自動で迷ったっすけど、せっかくだから自動にするってことでグレー鉱石とオルトレス鉱石が必要っす。抽出機の方はさらに強い圧力を使うので、アダマンタイト鉱石が欲しいっす」

「アダマンタイト? また希少な素材が来たな」


 それは俺でも知っている有名な鉱石だ。


 ミスリル、オリハルコンに並ぶ希少鉱石として高値で売買されている赤い鉱石で、赤く染まる性質を持っており、ミスリルやオリハルコンが武器や防具に使われるのに対してこちらは魔導具に使われるのだという。


「でも、アダマンタイトって希少金属だろ? 手に入るのか?」

「金属スライムを倒すっす」

「金属スライム……。あれか。鉱石食って、自分の体を鉱石にするっていう……」


 鉱山地帯や火山地帯に生息する特殊なスライムだ。

 

 スライムは身体の変質性が高く、その環境に合わせて性質を変化させることができる。

 金属スライムというのは、そんな性質が変わったスライムのうちの1つだ。


「それっす。金属スライムは自己分裂して増えるので鉱石を探さなくても、鉱石スライムを探せばいいっす」

「自己分裂?」

「スライムは単体生殖で増えるっす。ミスリル食べた鉱石(ミスリル)スライムからは鉱石(ミスリル)スライムが生まれるっす。アダマンタイトを食べた鉱石(アダマンタイト)スライムは同じように鉱石(アダマンタイト)スライムを生むんす」

「そんな性質だったのかよ」


 しかし、だとすればアダマンタイトを探さなくても、それを食べた鉱石スライムを探せば良い理屈に納得がいく。


「はいっす。養殖すれば億万長者も夢じゃないっす」

「いや、無理だろ。あいつら人間が近くにいると餓死するまで襲ってくるし」

「その通りっす! だから億万長者は夢のまた夢っすねぇ」


 そう言ってけらけらと笑うエレノア。

 俺も彼女の言っていることを少し夢見てみたが……ソフィアに『そんな博打にかけるな』と言われそうだったので、すぐに現実に意識を戻した。


「んで、どうやって鉱石スライムを探すんだ?」

「歩くっす。それ以外に無いっす」

「足で稼げと?」

「はいっす」

「魔導具とかで探せねぇの?」

「スライムは弱いから反応しないっす」

「おいマジかよ」

「そもそもアダマンタイトは希少な鉱石っす。それを食べたスライムが簡単に見つかるなら希少にならないっす」

「じゃあ、さっき言ってた『鉱石スライムを探せばいい』と矛盾するだろ」

「矛盾しないっす。鉱石スライムの方が、鉱石を見つけるよりも楽ってだけの話っす」


 うーん、なるほど?

 理解できたような、できていないような……。


 まるで煙に巻かれたように、俺が困っているとエレノアは続けた。


「あとスライムが落とすスライムボールも欲しいっす。ゴーレムの関節部分に使うっす」

「じゃあ、ダンジョンで倒してくればいいじゃん」

「無理っす。アタシは非力っす。だからハザルの兄さんに倒して欲しいっす」


 そう言われれば何も言い返せないので、俺は大釜(コルちゃん)に水を入れた。


 するとその音を聞きつけて、ココットちゃんがやってきた。


「あ、ハザルさん。今日はエレノアさんと素材を採りに行くんですよね?」

「その予定だけど」

「だとしたら、魔晶石を採ってきていただけませんか?

「魔晶石?」


 桶を下ろしながら、俺はココットちゃんに尋ねた。

 モンスターを倒した後に落とす魔石は聞いたことがあるけど、魔晶石ってのは聞いたことがない。


「魔力が結晶になった紫色の水晶です。鉱山の深いところで生成されるって言われてて、魔力ポーションの材料になるんです!」

「そりゃいいけど、俺は見たことないぜ?」

「アタシがあるっす」


 俺が問い返すと、後ろに控えていたエレノアから返事が戻ってきた。


「じゃあ、エレノア。俺の代わりにちゃんと探してくれよ」

「はいっす」


 頷いたエレノアに、俺は昨日から気になっていたことを尋ねた。


「そう言えば……この近くに鉱山なんてあるのか? あっても、俺たちが勝手に入っても良いのか?」


 そもそもとして、素材を手に入れられる鉱山がなければ話にならない。

 また、近くに鉱山があったとしても……それが誰でも使えるわけがない。


 基本的に鉱山には持ち主がおり、勝手に採掘はできないのだから。


 俺はそんなことを考えていたのだが、


「シスト市は近くに廃鉱山があるっす。魔王戦争の時に廃棄されたやつっす」

「廃棄? 何でまた」


 俺が問いかけると、ココットちゃんが言いづらそうに口を開いた。


「廃鉱山は元々……この近くに住んでいる人たちの働く場所だったんです。この街も、最初はその鉱山と他の街の中継地点になるために作られる予定だったと聞きました。でも、魔王軍が攻めてきて、そこの鉱山が籠城に使われたと……」

「ん? それだけで鉱山は廃棄されねぇだろ」

「魔王軍はそのまま鉱山を囲って……人が出られないようにしたんです。その鉱山に逃げ込んだ人たちは他の騎士団に助けも送ることもできず、全滅したんだそうです。そして、そこは亡霊鉱山になってしまったと」

「あぁ、そういうことか……」


 やりきれない思い。この世に残した未練。

 そんなものを抱えて人が死ねば、彼らはゴーストとしてこの世に残される。


 残された彼らはアンデッドモンスターをおびき寄せて、この世に冥府を作り出すのだ。


「そして、全てが終わってからこの街が作られたときに……その鉱山の中は手遅れにすぎたと……。そんな噂を聞きました」

「なるほどねぇ」


よくある話、だと思う。

あの時代に戦う力があるものは、前線に送られていた。

街を守る力は……とても、薄かった。


そうしなければ魔王を殺せなかったと。

そうしなければ人類は滅びていたと。


言い訳ばかりが広げられて、死んでいった人たちは『仕方がなかった』と切り捨てられている。


「勇者はそのころ、何してたんだろうな」

「最前線にいたと思います。大戦が終わる1年前の出来事だと聞きましたから」

「不甲斐ないやつだ」

「そ、そんなことを言っては駄目ですよ! 魔王を殺した英雄なんですから!」


 ココットちゃんは優しいなぁ、と思いながら俺は桶を置き場に戻した。


「さて、世間話も終わりだぜ。ココットちゃん、ポーション作りを頼むよ」

「は、はい!」


 ココットちゃんは大釜に向かう。


「じゃあ、ハザルの兄さんはこれから暇っすか?」

「いや。ポーション瓶洗いがある」

「錬金術師(アルミスト)って大変っすねぇ」

「楽な仕事なんてねぇよ」


 俺が返すと、エレノアは頷く。


「おっしゃる通りっす。でも楽しい仕事はあるっすよ」


 それもそうだな、と思いながら俺は洗い場に向かった。

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