第9話 勇者、ダンジョンに潜る
時は金なりとソフィアが急かすもんだから、俺はポーションを《空間魔法》に入れるとココットちゃんと一緒にダンジョンに向かった。ちなみにソフィアは街中を見て回ると言って単独行動になった。
「魔石ねぇ……。冒険者に依頼を出した方が早いんじゃねぇの?」
「そ、そんなお金はないんです。ちゃんとしたクエストを出そうと思ったらお金かかりますし……。自分で取った方が安上がりですから」
二人でダンジョンに向かいながら、雑談を交わす。
果たして外野から俺たちのことはどう見えてるんだろうか。不思議だ。
「ココットちゃんってモンスター倒せんの?」
「た、倒せますよ! スライムくらい!!」
心外だ、と言わんばかりに二の腕に力を入れて見せるココットちゃん。
可愛いけど、本当に倒せるんだろうか。
まぁ、いざって時は助けに入ればいいか。
「でも、なんでまた魔石なんて。魔導具でも作るのか?」
魔石、というのはモンスターの心臓部分にある宝石のような魔力の結晶体のことだ。
「その……。あの
「ツイてるな」
「は、はい。でも、魔導具を動かすには魔石がいるじゃないですか」
「あぁ、そうだな」
だから、モンスターを倒した魔石は売れる。
とは言っても、スライムやゴブリンから取れる魔石なんて大したものではないので、そんな大きな額にはならないのだが。
「錬金術って準備にすごく時間がかかるんです。1人でやってたら、たくさん時間がかかります。だから、魔石を手に入れられずに
「それを動かしたいと」
「そうなんです! 今は治癒ポーションしか作れてないですけど、魔力ポーションとか、防魔ポーションとか、あとは身体強化ポーションとか!」
楽しそうにココットちゃんは語ってくれるのを見るに、彼女は本当に錬金術が好きなんだろう。金稼ぎを語ってるときのソフィアと同じ匂いがする。
「あとは伝説って言われてる幸運のポーションも作りたいです」
「幸運のポーション? なんだそれ」
「飲めば3時間だけ、ありとあらゆる幸運を手に入れられるって言われてるポーションです」
「へぇ、そんなのあんのか。俺ァ、治癒ポーションしか飲んだことねぇから知らなかったよ」
「とは言っても、伝説なので誰も作り方を知らないんですけどね」
えへへ、と笑うココットを見ていると……昔のことを思い出す。
純粋で、ただ魔王を倒せば自分の未来が開かれると思っていた頃を。
俺は相槌代わりに鼻を鳴らすと、見つかったばかりというダンジョンの前で立ち止まった。
ダンジョンの周りは最低限、整えられているものの――どう見ても、ただの洞窟にしか見えない。
「ハザルさんはダンジョンに潜ったことはありますか?」
「いや、ほとんどねぇよ。2回だけだ」
「わぁ! じゃあダンジョン初心者なんですね」
「お手柔らかに頼むよ」
基本的にダンジョンは誰でも入れる。
その中にあるモンスターを倒そうと、たまに手に入る宝を手に入れるのも自由だが、その中で何が起こっても自己責任という世界だ。
「さて、どうしようか」
ソフィアからはダンジョンの中を歩いてポーションを売れ、としか言われていない。
雑な指示だとは思うが、『自分で考えることが大切だ』と言われてしまえば反論もできない。そりゃそうだ。
「私、先にモンスターを倒したいです」
「ん。じゃあ、そのまま潜っていくか」
「はい! そうしましょう!」
ダンジョンの内部は複雑な迷路のようになっている。
その階層のどこかにいる階層主と呼ばれるモンスターを倒せば、さらに下に降りていけるという仕組みだ。
洞窟の中に入ると、あとから人が設置した松明の光がぼんやりと道を照らしていた。この松明の先には小さく光る石が装着されており、炎ではない。なので管理が不要である。
「お、スライムじゃん」
入ってすぐの場所にいた小さなモンスターがぴょんと跳ねる。
半透明の体を持ったゼリー状のモンスター。スライムだ。
「見ててください、ハザルさん! 私だって簡単な《火魔法》くらい使えるんですよ!」
そういうと、ココットちゃんは腰につけていた小さな杖を抜いて詠唱。
「《
ぼっ! と炎が生まれると、スライムの体を燃やす。
簡単な……それこそ、子どもでも使えるような魔法だが、強力な魔法だ。
スライムはすぐに倒れると、ゼリー状の体が地面に溶け込むようにして消えていき……あとには、小さな魔石と呼ばれる宝石が残った。
「ほら! どうですか!」
「おぉ、凄いじゃん」
ぱちぱちと気の抜けた拍手を送れば、満足げにココットちゃんは頷いていた。こういうところはまだまだ子どもだな、と思う。
「この
「そうだな。もっと潜るか」
商売は問題解決だとソフィアが言っていたことを思い出す。
このダンジョンでの問題は治癒ポーションが足りない、あるいは切らした状態だ。それを解決するために俺たちはポーションを売る。うん。目的はしっくり来たな。
「道中にいるモンスターはちゃんと倒します!」
「うん。それが効率的だな」
幸先の良いスタートを切れて、ココットちゃんは気合充分なのかぎゅっと握りこぶしを掲げるとダンジョンの奥へと向かっていく。
突如、ココットちゃんの背後からスライムが飛び出して――。
「…………」
パァン!!!!
一瞬で大きな力に押しつぶされて、破裂した。
「あれ? ハザルさん、なにかしました?」
「いや、何も」
「じゃあ、空耳ですかね?」
「そうじゃないかな」
久しぶりに《重力魔法》を使ったのが、力加減をミスって魔石ごと潰してしまった。まぁ、もう何度か使えば感覚を取り戻せるだろう。
そのまま突き進むこと1時間。
ちょうど5階層に到達したときに、目の前に4人組の冒険者パーティーがいた。
チャンスだ。
「ポーション買わねぇか?」
「は?」
そう話しかけたのだが、俺に返ってきたのは疑問の声。
投げてきたのはリーダーと思われる青年だ。顔には「?」が浮かんでいる。
そうなるのも当たり前か、と思いながら俺は現状説明。
「俺たちゃ、ダンジョンの中で治癒ポーション売ってるんだ。1本どうだ?」
「ポーション? ダンジョンで? なんで?」
「ここが一番売れると思って」
「……まぁ、そうか。そういう考えもあるのか」
そういうと、青年はメンバーを振り向いた。
「治癒ポーションの残りってどれくらいあるっけ」
「十分すぎるほどある」
メンバーからそう返ってきたのを前にして、青年は肩をすくめた。
「残念ながら今の俺たちはポーションにゃ困ってない」
「そうかい。そりゃ良いことだ」
「また今度利用させてもらうよ」
青年はそういうと、メンバーを引き連れてダンジョンの奥へと消えていった。
後にぽつんと残されたのは俺とココットちゃんの2人だけ。
「う、売れませんでしたね」
「最初はこんなもんだろ」
「割り切ってますね、ハザルさん」
「足で稼げって言われたしな」
そもそも治療院だって1回目で上手く行っていないのだ。
試行回数を稼ぐもんだろう。
「もっと潜るぞ。ココットちゃん」
「は、はい! でも、私……この先のモンスターは倒せません」
「じゃあ、俺が倒すよ」
そして、俺たちも青年のパーティーの後を追った。
5階層の階層主は、巨大なオークだった。
「お、おっきいですね」
「ちょっと下がってな。ココットちゃん」
「は、はい!」
俺の指示どおり、後ろに控えるココットちゃん。
うん。それが良い。じゃないと、
「《圧潰せよ》」
返り血で綺麗な服が汚れることになる。
ドォオオンンッッッツツツツツ!!!!!!!
詠唱することで、コントロール力を上げた魔法により魔石を破壊せずに一撃で絶命させる。よし、調子が戻ってきたな。
「おっ! こいつの魔石けっこうデカイぞ」
俺が死体から魔石を拾い上げて、ココットちゃんに振り向くと……彼女は目を丸くして、俺を見ていた。
「……は、ハザルさんって、すっごく強いんですね」
「まぁ……昔ちょっとな」
俺はそういって誤魔化すと、魔石を手渡す。
だが、ココットちゃんは首を傾げると興味深そうに尋ねてきた。
「昔なにかされてたんですか?」
――勇者をやってた。
なんて言えるはずもなく、
「冒険者になりそこねただけだよ」
「ほぇ……。ハザルさんなら、冒険者として有名になれそうですけどね!」
「ありがとよ。ココットちゃんも良い
「がんばります!」
なんて、そんなことを言いながらドンドン潜ること1時間。
19階層にたどり着いた俺たちが目にしたのは……。
「さ、下がれ! このままだと全滅するぞ!」
「俺が
死神のような黒いフードをかぶったモンスターと戦う、満身創痍の6人パーティーだった。
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