第8話 見えざる手

「ほら。言っただろう? ココットさんのポーションは売れる、と」


 金貨7枚と銀貨50枚を前にして俺とココットちゃんは、ぽかんとした表情を浮かべていた。銀貨に換算すると全部で750枚。凄い額だ。


「問題は買い手の有無だな。しかし、買い手が来ないなら、こちらから向かえば良いだけの話だろう?」


 そういってソフィアは笑う。


 本当に、彼女の目論見通りだった。

 しかし、まさかこんなに上手くいくとは。


「い、今まで全然売れなかったのに……」

「質は良いのに、それを知っている者がいないからな」

「す、すごいです。ソフィアさん」

「別に大したことはしてないさ。これくらい、誰でもできる」


 そういって、彼女はココットちゃんに入れてもらった紅茶を飲んだ。


「ハザルさんも、ありがとうございます」

「なんかしたか?」

「お金を狙ってた人を、みんな追い払ってくれました」

「あぁ、そういえば」


 治療院から銀貨を貰って外に出たら、たちの悪い奴らに絡まれたので軽くひねったら泣きながら逃げていったのだ。


『怪我をさせて治癒ポーションを売ったら儲かったのに』と後からソフィアに言われたのだけ記憶に強く残っている。それで良いのか。


「さて、これから大事な話をするぞ」


 そんなことを話していたら、ソフィアが紅茶を置いてそう切り出した。


「大事な話、ですか?」

「あぁ、このお金の取り分だ」


 そういってソフィアは机の上に置かれた銀貨を指差した。


「わ、私はポーション代分が貰えればいいです! 1本銀貨10枚で売ってるので、50本分の銀貨500枚貰えれば」

「それは最初から君のものだ、ココットさん。そうではなく、残った金貨2枚と銀貨50枚の話だよ」

「わ、私は必要ないです!」


 そういって首を横に振るココットちゃん。


「このお金は、私たちとココットさんで1:1にしたいんだが」

「だ、だから要らないですって!」

「駄目だ。受け取ってもらう」


 あまりに金を受け取らせようとするものだから、見かねて俺が口を挟んだ。


「怖ぇぞ、ソフィア」

「対価はちゃんと支払うべきだ。この治癒ポーションを作ったのはココットさん。私たちはそれを売ったに過ぎない。だとすれば、それだけのものを受け取るべきだ」


 しかし、ソフィアは一歩も引かない。

 だが、その気持ちもわかる。


 このお金はココットちゃんも受け取るべきだしな。


「で、でも金貨2枚に銀貨50枚もあるんですよ!? こんなたくさんのお金受け取れませんよ……」


 それをソフィアが短く否定した。


「治癒ポーションの売上のうち純粋な利益として手元に残るのは、売上価格の1割から2割。ポーションの利益なんて1本あたり銀貨1枚から2枚ほどだ」

「そんなに儲かんねぇの?」

「治癒ポーションだと50本売れてようやく銀貨50枚から100枚ってところだ」

「平民の1日あたりの稼ぎと同じじゃねぇか」

「薄利多売と言っただろう。儲からないと経営者なんてそんなもんだ。逆に儲かれば青天井なのだが」


 ソフィアはそういうと金貨5枚に加えて、金貨1枚と銀貨25枚をココットちゃんに受け渡した。差額の半分だ。


「だから、利益は半分だ。私たちはこれからも良いビジネスパートナーでいたいんだ。禍根かこんは残せない」

「わ、分かりました……。でも、1:1ではなく、1:1:1にしてください。私とソフィアさんとハザルさんで均等になるように」

「分かった。君がそういうなら、そうしよう」


 ココットちゃんも、そこからは引かずにそういうものだから今度はソフィアが折れた。

 計算しなおして、差額を受け取る。


「さて、ココットさん。治癒ポーションの残りはどれくらいある?」

「まだ、150本ほど残ってます」

「1日200本も作っているのか?」

「は、はい! 最初は500本作ってたんですけど……。全然、売れないのでちょっとずつ減らしてて……」


 そう言って、困ったように笑うココットちゃん。


「……なるほど。それで、1日に平均して何本くらい売れているんだ?」

「0本です」

「なに?」

「いや、その……全然売れなくて……。えへへ」

「笑ってる場合じゃないだろう……。それだと、借金を抱えることになるはずだ」

「あ、あの……。独立したときにお師匠から、お金を貰ってまして。今はそれを切り崩してます……」

「…………」


 ココットちゃんの言葉に、ソフィアは目を丸くすると……大きく息を吐いた。


「その貯蓄がなくなったらどうするつもりだったんだ」

「そ、それまで頑張れば……お客さんが来てくれるかなって……」

「……甘すぎる」


 ソフィアはそう言うと言葉を失ったまま……何も言わずに紅茶を飲んだ。


「なら……残った150本も私たちが売って構わないだろうか」

「ま、まだ売れるんですか!?」

「あぁ。そもそも私は最初から治療院に売るつもりはなかったんだ。ここからは、ハザルに活躍してもらう」

「え、俺?」


 お茶菓子を食べていたら急に呼ばれて驚いた俺がソフィアを見ると、彼女は首を縦に振った。


「ハザル、君は物の値段がどうやって決まっているか知っているか?」

「値段? 値段は店主が付けるもんだろ」

「なら、ポーションに金貨1枚をつければ売れると思うか?」

「いや……。それじゃあ売れねぇよ」

「なぜだ?」

「高ぇだろ。普通、ポーションは銀貨10枚なんだから」

「では聞くが、戦時ではポーションは幾らで売れる?」

「変な質問すんなぁ。魔王との時は、国が買い上げてたから正確な値段は知らねぇけど一時期は金貨2枚まで上がったって聞いたことがあるな」

「そうだな。それは、なぜだ?」

「ポーションが買えねぇからだよ。……ん? あぁ、そういうことか」


 そこまで説明されて、俺は手を打った。

 ソフィアの言いたいことが理解できたからだ。


「俺にポーションの売り子をやれってことか」

「そうだ。よく分かってるじゃないか」


 ソフィアが頷く。


「ど、どういうことですか!?」


 しかし、分かってないココットちゃんが聞いてきたので、俺は口を開いた。


「良いか、ココットちゃん。魔王との戦争中にポーションは高級品だった。前線に送られ続けて、数が足りなかったからだ」

「そ、そうだったんですか?」

「まァな、希少だったんだよ。ポーションは」

「ほえ……」


 終戦は2年前だが、魔王との戦いが激化し始めたのは今から5年前。

 ココットちゃんはまだ子どもだったから、それを知らないのも当然だ。


「だから、物が希少だと値段は高くなる。そしてポーションが必要だけど、今すぐに買えない時がこの街の近くにあるんだろ?」

「……ダンジョン、ですか」

「そうだとも。正確にはその中だが」


 頷いたのは俺ではなく、ソフィア。


「物の値段は需要と供給で決まる。ならば、その需要が高くなる場所に自分たちが売りに行けば良い」

「で、でもポーションを売るなら、たくさん持ってダンジョンに潜らないと行けないですよね? そんなに荷物を持ったら危険じゃないですか!」

「そうなのか? ハザル」


 ソフィアは俺にそう聞いてきた。

 だから俺はそれに首を横に振った。


「《空間魔法》を使えば問題ねぇ」

「……何?」

「だから、《空間魔法》だよ。誰でも使えるだろ?」

「私は使えんが」

「わ、私も使えませんけど」


 二人とも一瞬で首を横に振った。

 そんなに難しい魔法じゃねぇんだけどなぁ。


「空間を拡張させて、そこにポーションを入れれば荷物にはならねぇと思うが」

「私には何を言っているのかさっぱり分からないが、ハザルが言うならできるのだろう」

「わ、私も何を言っているのかさっぱりです……」


 とは言っても俺も上手く説明できる気がしないので、肩をすくめた。


「とにかく、足を使って稼げってことだろ? ソフィア」

「そういうわけだ」


 ソフィアはこくりと頷くと、


「物は良いんだ。自信を持って、売ってこい」

「なんでお前がそんなに自信満々なんだよ」


 と俺はツッコミながら半分笑うと、ココットちゃんがおずおずと手を上げた。


「だ、だったら私もご一緒してもいいですか!?」

「ん? あぁ、問題ないけどどうした?」

「ダンジョンの中で欲しいものがあるんです」

「欲しいもの?」

「モンスターが落とす魔石です。それが欲しいんです」

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