第10話 勇者、ダンジョンに潜る

「は、ハザルさん! あれって……!!」

「リッチ……かなぁ? 昔戦ったことがあるような気がする」


 ココットちゃんに聞かれたので、俺は目の前のモンスターを見ながら――おぼろげな記憶を引きずりだした。

 

 リッチは不死アンデッドモンスターであり、物理攻撃が全く通じず……放っておけば無限に下級のアンデッドモンスターを呼び出してくる厄介な敵である。


「り、リッチって……!? 神聖騎士団が相手にするようなすごいモンスターですよね!? なんでこんなところに!!?」

「ダンジョンだからじゃね?」

「いや、絶対ダンジョンにこんな敵でてこないですよ!!」


 そうなのか……。

 ダンジョンの仕組みが全然分からん。


『WoooooOOOOOO!!!』


 その瞬間、リッチが吠えた。

 ぐっと、体感温度が下がったような錯覚。


 足元を冥界の冷気が駆け抜け、凍りついたかのような違和感を覚える。


「く、くそ! また召喚しやがった!」

「キリがねぇ!!!」


 そして、目の前にいる冒険者たちが口々に騒ぐように……地面の底からスケルトンたちが這い出てきた。


「あ、足が……」

「ん」


 高位のモンスターが使う“威圧”だろう。

 それに怯んだ人間は……身動きが取れなくなる。


「大丈夫だ、ココットちゃん」

「……え?」


 俺がココットちゃんの肩に手を置いた瞬間……ぱっ、と彼女の身体が〝威圧〟から解き放たれたのが、分かった。


「え、な、なんで……」

「コツがあんだよ」


 〝威圧〟とは、簡単に言ってしまうと高位のモンスターにビビった結果である。

 なら、それより強い者が側に寄り添って安心させれば良い。


 


「は、ハザルさん! 逃げましょう! こんなところにいたら死んじゃいます!」


 そう言って血相を抱えるココットちゃんの声を聞きながら俺は――静かに、戦場を俯瞰ふかんしていた。


 敵はリッチ。

 それによって召喚されたスケルトンが15体。


 あれだけ戦うことが嫌だったのに、トラウマだったのに――。


「不思議なもんだ」


 戦場のど真ん中にいると、むしろ安心感を覚える自分がそこにいる。


「《浄化せよカタルセス》」


 俺が詠唱した瞬間……眼の前にいたスケルトンたちがまとめて消し飛ぶ。


「スケルトンたちが消えたぞ!」

「足が動く……。なんで!?」


 チャンスに乗じて、冒険者たちは逃げ出そうとして――。


『ShaaaaAAAAAAA!!!』


 リッチが、激怒した。

 次の瞬間、影の中から巨大なデスサイズが跳ね上がってきてその手に収まると、冒険者たちに振り下ろして――。


「《消し飛べカタルセス・トニトルス》」


 バズッッツツツツ!!!


 世界を駆け抜けた真白い雷によって、貫かれる。 

 《神聖魔法Ⅴ》に位置する高度な魔法であるそれが直撃したリッチは内側から爆ぜた。


 巨大な魔石だけがそこに残って……全てのモンスターはそこから消え去った。

 

 そして、舞い落ちる沈黙。

 それを打ち破るように俺は言葉にだした。


「案外覚えてるもんだな」


 2年ぶりに使う《神聖魔法》の感覚を取り戻すように手を握ったり離したりしている横で、 ぽかん、と隣にいたココットちゃんが口をあけたまま固まる。


「う、嘘……」


 固まったのはココットちゃんだけではなく、目の前にいた冒険者たちも同じだったようで……。


「あ、あんた……。助けてくれたのか……!」

「リッチを一撃で……?」

「どんな魔法だよ……」


 口々と俺の魔法を褒めてくれた。照れるな。


「あ、あんた。何者だ!? 俺たちと同業か!?」

「いや、違う」


 目の前にいた冒険者にそう聞かれた俺はすぐに首を降った。


「俺たちは、商人だ」

「わ、私は錬金術師アルケミストです!」

「……、商人だ」


 ココットちゃんに言われて俺はすぐに訂正。

 ポーションを売りに来ているんだから商人で間違いはないだろう。


「商人と錬金術師アルケミストがなんで迷宮中階層こんなところに……」

「治癒ポーションを売りに。ここなら高く売れると思ってな」


 俺がそういうと、目の前にいた冒険者たちがぱっと顔色を変えた。


「ほ、本当か!? 今すぐに買いたい!!」


 その言葉に俺とココットちゃんは思わず目を合わせて……ハイタッチ。


「お、お買い上げありがとうございます!!」

「在庫はどれくらいある……? 見たところ、そんなに持ち合わせていないようだが……」


 そう言いながら、男は俺たちの腰についているポーチを見た。

 残念ながら、そこにポーションは入ってない。


「150本だ」

「……は?」


 意味がわからない、と言わんばかりに尋ね返してくる冒険者。

 だが、本当なのだから俺は繰り返した。


「在庫は150本ある」


 俺はそういって、手元にポーションを呼び出した。


「く、《空間魔法》の使い手なのか!? なんで商人に……」

「ポーションを売るために」

「な、なるほど……?」


 理解したのかしてないのか分からないと言った表情で男は頷くと、


「1本いくらだ? 命の恩人だ。値段は言い値で……」

「銀貨20枚だ」


 俺の言葉に冒険者の男は固まった。

 値段は相場の2倍。確かに高いと思うが、価格設定はソフィアによるものだ。


 それがダンジョン内のポーションの適正価格だと言うものだから、俺はそう言ったのだが。


「ほ、本当に? そんなものでいいのか? たった銀貨20枚……?」


 冒険者はまるで俺のことを神でも崇めるかのように、そう聞いてきた。


「あぁ、20枚だ。これ以上は安くできねぇ」

「い、いや。逆だ……。だが、あんたがそう言うなら……買わせてもらおう」


 そう冒険者は漏らすと、指を2本たてた。


「20本だ。20本売ってくれ」

「まいどあり」


 俺は《空間魔法》で作った展延空間に手を入れて、瓶を20本取り出す。

 それを彼らは「ありがとう。ありがとう……!」と涙を流しながら受け取ると、金貨4枚を渡してくれた。


「す、凄い飲みやすいポーションだな……」

「私、ココットって言います! 街の外れで錬金工房アトリエをやってますので、ぜひお越しください!」

「あ、あぁ……! そうさせてもらう。この恩は忘れないよ。本当にありがとう……!」


 そういって頭を下げる冒険者たちを見ながら、俺はふとソフィアの言ってたことを思い出した。


 商売というのはWin-Winであり、双方が喜ぶものなのだと。

 互いが互いに利益を得るものだということを。


「……そういう、ことか」


 俺はその言葉の意味を、わずかながらに理解した。





「あの、ハザルさん」

「ん?」


 冒険者パーティーが去っていった後、ココットちゃんは俺の方を見ながら感心したように尋ねてきた。


「ハザルさんって、昔『神聖騎士団』にいたんですね!」

「…………いや。まぁ……近いところにな」


 どう否定しても上手く着地できる未来が見えなかったので、俺はそう誤魔化した。

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