第5話 勇者、錬金術師を探す

「んで、良い考えってなんだよ。お前、何でもかんでももったいぶる悪い癖があるぞ」

「まぁ、聞け。まず銀貨100枚は金貨1枚。これは知ってるな?」

「流石に馬鹿にしすぎだ」


 子供でも知ってる常識だ。


「では平民の1日の稼ぎは?」

「……銀貨50枚とか?」


 分からないから適当な数字を言うと、ソフィアは肩をすくめた。


「違う。定職についている平民の稼ぎは1日あたり、銀貨80枚から120枚だ」

「そんなに稼いでるのか?」

「だが、私たちがこれから働くとなると簡易労働アルバイトになるだろう。こうなると稼ぎは銀貨60枚から80枚になる」

「急に減るな」

「だがこれは純粋な収入の分だ。宿代や食費、税金などの支出に加えて何より金貨200万枚を貯めようとするにはあまりに心許ない」

「そりゃそうだな」

「だから、錬金術師アルケミスト工房アトリエだ」

「いや、そこだ。なんで、『だから』になるんだ」


 俺がそういうと、ソフィアは1つ聞いてきた。


錬金術師アルケミストの主な稼ぎ柱はなんだと思う?」

「ポーションは1本あたりが安いから魔導器具とか?」


 魔導器具というのは、錬金術の力で魔法を使うことなく魔力を消費して動く特殊な器具のことだ。


 火を使わずに周囲を明るくできるランプや、魔法陣の上に鍋を乗せると薪を燃やさずに料理をすることができる台、水を入れなくても常に新鮮な水を提供してくれる水差しなどがある。


 魔王を倒しに行くときにどれも重宝したものだ。


「残念ながら、魔導器具ではない。魔導器具はたしかに1つあたりの単価が高いが、。だから、日常的に売れるものではないし、それを稼ぎ柱になんてしない」

「じゃあ何を売ってるんだよ」

「いま自分で言ったじゃないか」

「ポーション? いや、でもポーションなんて高くても銀貨10枚だぞ」

「安く作って多くを売るんだ。これを薄利多売という」

「なるほど……?」

「だから、原価はなるべく抑えたい。ポーション瓶を洗って使い回すのはそういうことだ。いちいち新しい瓶を買ってたら、ポーションの値段は跳ね上がる」

「……うん?」


 分かったような、分からないような。


「これはあくまで仕組みの話だ。じゃあ、その瓶を洗っているのは誰だと思う?」

「あぁ、それは流石に知ってるぞ。住み込みの弟子だろ」

「そうだ。瓶洗いは下積みの仕事だ。だが、ポーションを作るにはそう難しい技術を使わない。だから、ポーション作りも基本的に弟子がやる」

「え、そうなの!?」


 衝撃の事実に俺は思わずデカい声を出してしまったが、流石は一国の首都。

 街を歩いている人たちは俺のことなんか気にせずに通りすぎていく。


「なんだ。それは知らなかったのか?」

「いや、俺はてっきりポーションづくりはその錬金工房アトリエ主人マスターがやるもんだと」

「彼らは経営者だ。基本的に錬金術は触らない」

「じゃあなんで弟子たちは独立しないんだ? 雑用なんて楽しくないだろ」

「もちろん、弟子たちにもメリットはある。マスターの看板を使って、金をもらいながら実践的な錬金術を学べるんだからな」

「あぁ、なるほど。住み込みの見習いってことか」

「そういうことだ。やけに理解がはやいな」

「剣術でもよくあるからな」


 と、俺がそう説明してやるとソフィアは「へぇ」と納得していた。

 彼女になにか知識で勝てたのが少し嬉しい。


「んで、錬金術師アルケミストの仕組みは分かったけどよ。それで、どうして金稼ぎなら瓶洗いになるんだ」

「ポーションは安いから瓶を洗う速度がそのまま生産量に直結する。つまり、そこが弱点ボトルネックになるわけだ」

「ん? あ、あぁ。そうなのか?」

「ポーションは大釜で作る。だが、作ったものを入れる容器がなければいくら作っても売れんだろう」

「そりゃそうだ」

「ちなみに今のはポーションのボトル弱点ボトルネックをかけた高度なシャレだ」

「滑ってるぞ。……で、ボトルネックがなんだって?」


 俺が納得すると、ソフィアはにこりと笑った。


「君、《水魔法》は得意だろ?」

「あ? 急にどうしたんだ? 使えるっちゃ使えるけどよ」


 そこまで言って、気がついた。


「お前! まさか!」

「酔っ払っている状態で一晩にして王城の堀の水を全て蒸発させるようなレベルの《水魔法》は『使えると言えば使える』レベルではない。そんな卓越した《水魔法》の使い手が瓶を洗えばどうなると思う?」

「いや、お前。瓶は洗えるだろうけどよ。だとしても、1日あたりの稼ぎは……」

「まぁ、聞け。それだけだと大手の錬金工房アトリエは私たちを雇わない。いくら速く洗えても、住み込みの弟子の方が安いんだ。私たちを雇うメリットがない」

「じゃあ駄目じゃねぇか」


 俺がそう突っ込むと、ソフィアは再び笑った。


「どの錬金工房アトリエにも弟子がいると思うか?」

「……お?」

「独立したばかり。店を構えたばかり。そんな錬金術師アルケミスト、街を探せば1人や2人はいるだろう。何しろここはスルト新興国。出来たばかりの国だぞ」

「……ふむ」

「1人で工房を切り盛りしている人間は全て自分の手でやらないと行けない。だが、錬金術師アルケミスト錬金術師アルケミストだ。自分の仕事に専念したいと思うのが普通なんだよ。何しろせっかく夢を叶えて工房アトリエを建てたんだ。雑用になんかに手を取られたくないと思うのは一般的な感情だろう?」


 ソフィアの言葉に俺は思わず息を飲んだ。


「勇者、君が瓶を洗う。錬金術師アルケミストはポーションを作る。そして私は、それを高く売る。その差額分を折半する。それが、秘策だ」

「めっちゃ簡単に言うけどな……。そう上手くいくもんでも」

「よく考えてみろ。私たちが手伝うことで錬金術士は自分の仕事に専念でき、より稼げる。私たちは元手が0で金を稼げる。どうだ? Win-Winを通り越してWin-Win-Winだ」

「お前、最後の言いたかったんだろ」

「悪いか?」


 やけに勿体ぶりやがったのでそう突っ込んだら、真顔で逆に問い返された。


「とにかくまずは店を構えたばかりの錬金工房アトリエを探すぞ。人を雇えるほど金を持ってなさそうなところが良い」

「あてがあるのか?」

「あるわけないだろう。こういうのは歩いて探すんだ。金も伝手もない私たちだが、体力と時間はある。無論、闇雲に探しても意味がないからある程度の検討はつけているがな」


 ソフィアはそのまま周りを見渡した。

 俺も釣られて周囲を見る。


「普通、こういう大通りは土地代が高い。だから、独り立ちしたばかりの錬金術師アトリエが買えるような値段じゃないんだ。駆け出しは少し街の外れか、路地裏の土地を借りる。しかも中古の物件だ。それが最も安く済むからな」

「でもこの国ってできたばっかりなんだろ? 中古の物件なんてあるのか?」

「あるぞ。中古というのは、つまり他の人間から買った物件のことだ。そういう場合、看板のデザインと錬金工房アトリエのデザインに差があるから見つけやすい」


 ソフィアはそこまで一息に言うと、さらに続けた。


「さらに言うと、私たちが探すのは街の外れにある錬金工房アトリエだ」

「え、なんで」

「大通り沿いの錬金工房アトリエは基本的に。分かりやすい場所にあって、それなりに腕をあげた錬金術師アトリエが看板を掲げてるからだ。君もポーションを街中で買おうと思ったら、お気に入りの店でもない限り近くの店に入るだろう」

「そりゃな。ポーションなんてどこで買ってもそんなに変わらねぇし」

「そうだ。少し考えればそこまでは誰でも分かる。なら、路地裏に店を構えた連中はなぜそんな分かりづらいところに店を構えると思う?」

「土地代が安いから?」


 俺の推測にソフィアは首を横に振った。


「違う。自信があるからだ。大手とやりあっても勝てるという底抜けの自信があるから、店の場所が分かりづらくても勝てると思っている。この手の連中は強いこだわりがあるから、一緒に働くと衝突する可能性がある。そういうのはなるべく避けたい」

「パーティー組むなら気の知れたやつが良いってことか?」

「そういうことだ。だから、この街の外れの錬金工房アトリエの中で中古物件かつ店を構えたばかりの場所を探すぞ」

「いや、そうは言うがそんな簡単に見つかるものなのか……?」

「見つかるまで探すんだ」

「えぇ……」


 理知的な説明から急に根性論になったことに困惑しながらも、ソフィアと街外れをぐるりと歩くこと30分。


 そこには小さな看板を出している……客が1人もいない錬金工房アトリエがあった。


 それもそのはず。

 看板と建物のデザインがちぐはぐなのだ。上手く噛み合ってない。いや、看板を無理やり建物に揃えようとしたのだろうが……微妙に合わなかったのだということまで想像できる。


 サイズの合わない服を着たときのような違和感を覚える……そんな錬金工房アトリエがあった。


 それを見るなり、ソフィアは意気揚々いきようようと振り向いた。


「ほら、見つかったぞ」

「ほんとにあった……」


 それは、俺が想像していたよりも簡単に見つかった。

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