第6話 勇者と錬金術師
起きるのは日が登る前。まだ薄暗いうちから冷たい井戸の水を汲み上げて、大釜に入れます。
「おっとと……」
私は背が低いから水を入れるときにバランスを崩しかけることが何度かあります。
最初の頃はこけてしまって、水をなんど床にぶちまけたか分かりません。
「……うん。いい感じ」
大釜いっぱいに水を入れると、それを沸かします。
もちろん温度計は忘れません。なるべく釜の水の温度が一定になるようにかき混ぜながら、温度計で水温を確認します。
錬金術はこういう地味な動作の積み重ねなのです。
「ふぅ……」
大釜の大きさは私の身長ほど。
その中にある水をたくさんかき回すから、これは重労働です。
私の汗が入ってしまうとそれだけで劣化してしまうので、汗を拭きながら温度が上がるのを待ちます。
「よくできた、かな!」
温度計がぴったりになったら、前日のうちに下処理しておいた薬草を刻んだものの汁を温度の調節を始めます。ここからが
薬草の煮汁、と思われるかも知れませんがここだけではそうです。
でも、本当は釜そのものに加工がしてあり薬草が水に混ざる過程で微量ながら魔力が溶け込むようになっています。魔力の水溶液を作るのは難しいのです。
お師匠だったら何も使わずにできるのですが、私は未熟だからこうして釜の力を使わないと出来ないのです。
「うん。いい感じ」
ポーションをすくい上げて、目で見て確認します。
どんな優れた道具があっても、最後には人の手で決めるのです。
あとはこの水へ飲みやすいように果汁を入れたり風味付けの香料を混ぜて、ポーション瓶に移す作業を経て……完成です。実はこれは私が考えた
「……まだ、昨日の分が残ってるけど」
そう言いながら私が手にとったのは、まだ中身が残っているポーション瓶。
もしかしたらお客さんが来るかもと思って残していたけど、結局誰も来なかったから捨てるしか無い瓶です。
「もったいない、けど……。捨てなきゃ」
それはお師匠の教えです。
冒険者や狩人、兵士や騎士団のように治癒ポーションが必要な職業は買ってから、しばらく持ち歩くことが当然だと。だから、なるべく鮮度の高いものを提供するのが
「うん。大丈夫! いつか、きっと……。たくさんお客さんがくる
自分に言い聞かせるためにそういうと、私は中身を捨てて水で洗うことにしました。
一等地にお店を構えている
そして綺麗になったら、乾いた布で拭き取って今日作ったばかりの治癒ポーションを入れて、完成です。
「諦めなければ夢は叶う……。そうだよね、お師匠!」
全ての準備が終わったら、私は鏡の前に立って笑顔の練習をします。
朝の作業で疲れた顔をお客さんの前に見せるわけには行かないから、ここで練習するのです。
「今はお客さんが来なくても……諦めなければ、いつか、きっと……」
そういって私は朝のルーティンを終わらせると、ぎゅっと手を握りしめてポーションを綺麗に並べると…・…お店の外にある『CLOSED』の看板に手をかけます。
頑張って独立資金を貯めて、それでも土地代が安いこんなところしか買えなくて……一街外れでも一生懸命宣伝すれば誰か来てくれると思って――それでも誰も来てくれなかった私の
「……うん、大丈夫。頑張れば、報われるから……」
私は微笑むと、看板をひっくり返して『OPEN』にしました。
いつか、お店が繁盛するその日を夢見て。
――――――――――――――
「うん。良い店だ」
「本当にいい店か? 客が全然いないように見えるが」
街外れの
ようやく見つけた店は、
「だから良い店なんだ。儲かってない店は困りごとだらけ。解決することも多しだ」
「なんでそれが良い店になんだよ」
「ハザル。君は商売というものが何かわかってないみたいだな」
「あ?」
「商売というのは
「……つまり?」
「もっと分かりやすく説明してやろう。八百屋というのは、『野菜が欲しい』という問題を解決するための手段だ。肉屋は『肉が欲しい』という問題の解決だ。世の中の商売は全てそうしてなりたっている」
「てことは、問題が多いほど……商売に向いていると?」
「そういうことだ」
ソフィアはそう言うと店に向かって歩いていくので、俺もその後ろを追いかける。
扉をあけると、カラン、ときれいな鈴の音が耳に入ってきた。
そして、店の奥に座っていた少女がぱっと顔を輝かせる。
売り子だろうか?
「い、いらっしゃいませ! お客様ですか!?」
「いや、俺たちは……」
「当店は様々なポーションを取り扱っております! 治癒ポーションも他のお店よりも安く売っております! いかがでしょうか?」
女の子は亜麻色の髪の毛を後ろでまとめて、翡翠のような瞳を持っている小柄な少女だった。その子は俺たちのことをポーションを買いに来た顧客だと思っているのか、
「教の朝に作ったばかりの新鮮なポーションです。ダンジョン攻略、モンスター討伐。どこでも活用できますよ」
「ダンジョン? この近くに?」
女の子の説明に、ソフィアが尋ねた。
「は、はい! 先月見つかったばかりのが!」
「ふむ……」
「い、いかがでしょうか?」
差し出されたポーションをソフィアは手に取ると、目を通した。
「ハザル、君はどうみる」
「どうって……」
俺はそれを受け取って、目を通した。
魔力の純度は悪くない。成分の溶け込み具合も悪くないとは思うが、
「治癒ポーションなんて飲まなきゃ分かんねぇよ」
「試飲されますか?」
「そういうのもできんの?」
「はい! 可能です!」
女の子は元気に
受け取って、口に運ぶ。ポーションを飲むのなんて数年ぶりだから、ちゃんと判断できるか不安だったが……。
「ん? 飲みやすいな、これ」
「あ、はい。治癒ポーションは不味いって言われてたので、香料とか味付けのために果汁を入れてるんです」
「へぇ、これはすげぇや」
効果はともかく今まで飲んできたポーションの中では一番飲みやすい。
俺が感心していると、その横にいるソフィアが物欲しそうに眺めてきた。
「そんなにすごいのか?」
「これなら子どもでも飲みやすいと思うぞ」
「いただこう」
俺はソフィアに治癒ポーションを渡す。
彼女も同じように一口飲むと、「ほう……」と面白そうに笑った。
「これは行けるぞ、売れるぞ。思わぬ収穫だ」
「……は、はい?」
「この
ソフィアがそういうと、目の前の女の子がおずおずと自分を指差した。
「あの、私が……
……マジ?
まだ15歳くらいだけど。
そう驚愕している俺の横で、ソフィアは気を取り直して挨拶していた。
「これは失礼した。私はソフィア。こっちは兄のハザルだ」
「こ、これはご丁寧にどうも。私は
さらっと本名を名乗ったソフィアは流れるようにココットに尋ねた。
「ココットさん。このポーションを私たちに売らせてくれないか?」
「え、瓶洗いは?」
当初の目的とずれたので突っ込むと、
「その話は後だ。とにもかくにも、これは思わぬ収穫だぞ。ハザル」
ソフィアは熱を浮かべた瞳で俺を見た。
「う、売らせてくれって……ど、どういうことですか!?」
「このポーションは売れる。だから、私たちにその販売のお手伝いをさせて欲しいんだ」
「そ、そういうのって……ありなんですか?」
「もちろんだとも」
ココットと名乗った少女は明らかに困惑した顔を向けてきた。
そりゃそうだ。急にこんなこと言われりゃ誰だって怪しむわな。
「失礼だが、このお店は見たところあまり繁盛していないように見える。だが、このポーションが埋もれるのは勿体ない」
「その……そう言ってくださるのは嬉しいんですけど、どこに売るのでしょうか?」
「もしかして、君。気がついていないのか?」
「え、な、何をですか?」
「このポーションは格段に
そういって、ソフィアはポーションを掲げた。
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